17.警報鳴り響く地下室で
あまりにも絶望的なこの状況下で、セリッサには、一つの考えがあった。
「……こういったシステムには、誤作動したときのために、何らかの手順を踏んで、止める方法が隠されているはずです。それさえ見つけられれば――」
と簡単には言うが、少なくとも初めてシステムに触る人間が、容易に見つけられる物じゃないのは当たり前だ。簡単に探し当てられてしまっては、『防衛プログラム』の意味もなくなってしまうだろう。その心構えを十二分に理解したうえで、セリッサは挑まなくてはならない。
「はあああッ、はあああッ、はあああああああああああああああああッッ!!」
ふと視線を横に向けると、今も神凪が、迫りくる触手の全てを一つひとつ殴り潰し、蹴り飛ばしている。
彼女にこれ以上の負担を掛ける訳にもいかない。一刻も早く、システムの抜け道を探さなくてはならない。
とにかくあちこちを触ってみれば、何かが見えてくるかもしれない。が、どこをいじってみても、画面のアラートが消えるような気配はないし、なんなら逆に増えていく一方だ。
(……増えていく?)
ふと、それがセリッサにとって引っかかった。今も増えていくエラーメッセージとそれを知らせるウィンドウの数々。もはや人の目で数えることすら不可能なまでに増えたそれを見て。
(古いウィンドウは、どうやら消えていない……。そう、そうですのっ!)
セリッサは、解決の糸口に辿り着く。
(多少強引ではありますが……システムの欠陥を無作為に探す、なんて宝くじのような確率に賭けるよりは遥かにマシですわね!)
そして、セリッサは……押すたびにエラー画面と共に戻されてしまう、管理画面へのボタンにカーソルに合わせると――。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッですの! ワタクシの連打を喰らいなさあああああああああああいッッ!!」
「ちょっ、セリッサさん!? アンタ、流石にこの状況でふざけてるならアタシも流石に怒るわよ!?」
「いえ、ふざけている訳ではありませんわ!」
セリッサは、絶望的な状況にトチ狂った訳でも何でもない。消えずに残る、どんどんと増え続けるエラー画面。それがカギだった。
「例え《聖心臓》なんて御大層なモノを管理する端末だとしても、機械である限りは絶対に逃れられませんの。……性能の限界からは」
「……ああ、なるほど。そのいっぱい出ているエラーを、逆に利用するって魂胆ね?」
それは特別知識も必要としない、機械の性質を最低限知ってさえいれば、誰もが行える術だった。厳密には違うが、似たような物に『DoS攻撃』という物がある。
サーバに同時に多くの接続を行い、物理的な負荷を掛けてサービスを中断させる。ナントカ砲とか言って、インターネット上ではかなり有名だが――それと似たようなことを、セリッサはエラー画面で行おうとしているのだった。
機械である限り、性能には必ず限界がある。仮にこのシステムがスーパーコンピュータで動いているなら話は別だろうが、制御するための機械にそこまで過剰なスペックを用意するとは思えない。
ならば、エラーメッセージを表示するだけの微々たる負荷だとしても、数さえ揃えばシステムを落とし得る脅威となる。
セリッサは、エラーメッセージを意図的に増やすその手を止めない。が、まだ性能の限界に近付いている気配はない。
完全にシステムが落ちる前に、動作がカクカクになったりといった予兆が現れるはず。ならば、それが現れるまでとにかく連打を続けるだけ。あまりに強引、しかし同時に防ぎようのない、強力な攻撃だ。
「よし、システムが落ちるまでの辛抱って訳ね。アタシに任せなさいっ! はあああああああああッ!!」
こちらの意図に気が付いたのか、こちらを狙う触手の数はより一層数を増す。しかし、その全てを神凪は拳と蹴りで吹き飛ばす。
しかし、神凪が触手を叩くよりも新たに《聖心臓》の本体から生み出される方が早かった。やがて、彼女一人では決して追いつけないであろう数の触手が、あらゆる方向からセリッサを止めるべく伸ばされる。
「プログラム如きで、このアタシを止められると、思うなあああああああああああああああああああああああッッ!!」
神凪の叫びに呼応するかの如く――右拳が、自分自身をも飲み込んでしまう程に大きく燃え上がる。
自身が焼けるのも厭わずに、放たれたその一撃は――向かってくる触手、その全てを消し飛ばした。
「んぐ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
ただし、代償として。神凪は再起不能までの焼け傷を同時に負ってしまった。
「か、神凪さんッ! ですが、ここまでして渡していただいたこのチャンスを無駄にしてはいけませんわ。この調子でしたらそろそろ――ッ!」
神凪が、自分自身を犠牲にして繋いでくれたこのバトンを、諦めて放り投げるなんてそれこそ失礼に値するだろう。セリッサは、今はとにかく端末に負荷を掛けることへと集中する。
やがて、再び《聖心臓》から触手が現れるが、狙いはやはりセリッサだった。
これ以上神凪が傷付かないのは幸いだが、しかし同時に、戦う術を持たないセリッサにとってはタイムリミットを告げられたと同義。
「――間に合え、ですのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
触手がセリッサに掴みかかろうと近づき、その体へ触れるまであと数センチにまで迫ったその時だった。
「……止まり、ましたの?」
触手の動きがピタリと止まった。やがて、いくつも生えた触手が萎れ、消えていく。そして、エラーメッセージだらけだった画面はすっかり真っ青に染まり、動く気配はない。
どうやら、防衛プログラムは停止したらしい。