16.虚無を換言するならば
漆黒の翼を広げた錬金術師の少女、七枝蓬を中心としたオカルト研究部の三人と、金髪長身の天使が向かい合う。
「ま、アイツらに『防衛プログラム』を突破できるとは思えないしなー。最低限、オレがお前らを倒すまでの時間は稼いでくれるだろうし、そう焦る必要もないんだが」
「ほう? 私たちを相当舐めてくれているようだけど」
「ま、確かにウチらならすぐに終わっちゃうだろうね?」
「もちろん、わたしたちが天使を倒して――ですけどね」
三人が続けざまに言ってから、まず動いたのは堕天使の力を宿した七枝だった。
背中から伸ばした黒い翼の先端を、銃口のように天使に向けると、全てを『黒』に染め上げるレーザー……《ベンテローグ》を放つ。
しかし、天使はその白い翼を盾のようにして黒いレーザーを受け止める。が、七枝の攻撃はそれだけに留まらない。
「これがただの『ツァトエル』だと思わないでくれるかな、天使ッ!」
白い翼で防がれた黒いレーザーは、空中でバラバラになって消えようとした――その瞬間。ただの黒色に、色が現れる。
赤橙黄色に、緑と青。紫と藍色を加えた七色へと変貌したそれらが、再び勢いを取り戻して天使へと襲い掛かる。
「『完全なる虚無』は、換言すれば『無限の可能性』なんだよ。錬金術師である私ならば、どんな物でも生み出せる材料となる」
彼女が即興で生み出したのは、伝説の植物『優曇華の花』に実る七色の球体。つまり。
「これがこの私と堕天使による最高傑作。――『蓬莱の玉の枝』ッ!」
七色の球体が天使へと触れた瞬間、それらが大爆発を巻き起こす。しかし、その爆風は虹色で――何とか抜け出した天使の純白な白い翼は、七色によって一部分ではあるが侵食されていた。
天使の様子を見るに、微々たる物とはいえ確かなダメージが入っているらしい。
七枝の攻撃の手は止まらない。黒の砲撃がさらに二本ずつ、勢いも速度も増して天使へと放たれる。
それらをひらりと飛んで避けるが、あくまでそれは『ツァトエル』の攻撃でしかない。錬金術師、七枝蓬はそれらを素材にして、再び七色の球体を生み出し、彩りが与えられた二度目の攻撃を続けざまに放つ。
しかし、天使は受け止めれば更に虹色に侵食されてしまうだろうと、方針を変えて。その全てを自らが動いて避けきった先には、七枝の姿があった。
互いの翼が届き合う、それほどまでの距離まで近付いた天使が、その白い翼を槍のようにして二点の攻撃を放つ。
七枝もそれを黒い翼で同様にして受け止める。翼の先端と先端が触れ合った刹那、真逆の二つの力が同極の磁石同士のように互いを弾き飛ばす。
拮抗した力のように見えたが、あくまで人間である七枝を通して振るう力では、やはり天使の器として最適化された身体から振るわれる力には到底及ばなかった。
吹き飛ばされた後の反動による後隙が、七枝の方が若干長かったのだ。その僅かな時間も天使は見逃さない。
続けざまに、純白の両翼から金色に染まった圧倒的なエネルギー砲……破壊力、そのものが放たれた。それは純粋なる力であり、それ故に総力で遅れを取る七枝と堕天使の力だけでは防ぎ切れない。……だが。
「錬金術師は蓬先輩だけじゃありませんからっ! ――はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
七枝を押し潰そうとする金色の破壊に向けて、横から小さな、しかし莫大な力を宿した――真紅色の石が投げられる。
天使が放った金色のエネルギー砲と触れた瞬間、その破壊力は伝うようにして固形へと変わっていき、やがて金色の巨大な物質へと変わる。
「き、金になった……?」
「なるほど。楓が『無限の可能性』から生み出したのは、もしかして――」
「はいっ! 『賢者の石』です!」
賢者の石には様々な逸話がある。不老不死を実現するエリクサーとしての効能だったりもあるが、一番として挙げられるのはやはり『卑金属を金へと変える触媒』としての力。
その力を最大限まで引き出した比良坂の『賢者の石』は、あらゆる物質にぶつけるだけで、その全てを金へと変質させる。
「簡単に言ってくれるけど……見よう見まねで、『無』を『無限』の材料にしてしまうとはね。流石は楓」
「ありがとうございます、蓬先輩。――あっ、後ろですッ!」
しかし、天使は金色のエネルギー砲を撃っただけで満足せず。一瞬にして七枝の背後へと回り込んでいた天使が、その右手に生み出した金色の剣をその背中へ突き立てていた。
「――させないよっ!」
しかし、その一撃はピンク色の魔法陣によって受け止められる。……先んじてその動きを読んでいた魔法少女、許斐櫻が展開したものだ。
「すまない、櫻。私としたことが油断してしまった」
「ううん。……あの天使を倒せるのはきっと蓬だけだと思う。ウチと楓で、蓬を全力で守るから、とにかく蓬は天使を倒すことに集中して!」
「わたしたちに任せてください、蓬先輩っ!」
あの天使、天河一基を討ち滅せる可能性が一番高いのは、堕天使の力を宿し、さらに錬金術によってより強力な七色の力へと変換する術を持つ彼女だろう。現に、その力は天使に確かなダメージを与えていたのだから。
しかし、あの天使の猛攻を防ぎつつではそれも難しい。それらを二人が振り払えるとすれば、初めて希望の光が見えてくるだろう。
「……了解。二人とも、私の背中は任せたよ」
七枝は言うと、防御と攻めが半々の気持ちを切り替えて、攻撃一辺倒の猛攻、その準備へと入る。