15.聖心蔵のもとへ
神凪とセリッサは、神社の裏手にある階段から、地下へと降りていく。
長いという一言では済まない、それほどまでの階段の先には、ここが地下深くとは思えないくらいの大広間が広がっていた。
「これが《聖心臓》、でしょうか?」
「……他にめぼしい物もないし、そうなんだろうけど……」
となれば、あの中に上鳴御削が。
視線の先には、巨大なガラス張りの水槽の中で、ぷかりと浮かぶ心臓。しかし、それはあまりにも巨大だった。人の身体にあるもの、その数百倍はあるだろう。ドクンと脈打つ度に、奇妙な悪寒が二人を襲う。
「それならアレをぶっ壊しちゃえば、アタシたちの方の問題は解決なんだけど」
あの《聖心臓》の中にいる上鳴を助け出すのが、神凪ら四人の目的だ。だが、セリッサは違う。
元々は興味本位だったが、今はそれだけじゃない。セリッサの体内には今も強引に魔力が注ぎ込まれている。このままでは彼女の命が危ういのだ。
「ワタクシの方も、魔力自体はこの《聖心臓》から生み出されている物のようなのですが……壊すのは最終手段とした方がよろしいかと」
「え? どうして?」
「アレですわ」
セリッサが指をさしたのは、水槽の側面に取り付けられたモニターと箱型の機械――つまり、パソコンだった。
こんな所に、意味ありげに置かれているのだから言わずもがな、あの心臓とつながり、操作するための物なのは間違いない。
強引にではなく、正攻法で止められるならそれに越したことはないだろう。無理やり心臓を壊して、どうなるかなど誰にも想像できやしないのだから。
「ワタクシ、機械には多少ですが心得がありますので。何とか止められないか試してみますわね」
「でも、パスワードとか掛かってるんじゃ……?」
しかし、セリッサはそのままパソコンの電源に触れて起動しながら。
「そんなもの、ワタクシの力を前にすれば足止めにもなりませんわ。過去に誰かしらが、パスワードを入れているところを覗き見れば良いだけですから」
金色の目を輝かせながら、過去に映ったパソコンの使用者……ついさっき対峙した巫女服の女性が、慣れた手つきでキーボードを叩く様子を視る。
指先が触れるキー、その一文字ずつを記憶して。やがて現在に戻ったセリッサは、カタカタと見た通りにタイピングする。
「開きました。あとは《聖心臓》へアクセスできれば良いのですが……」
「どう、セリッサさん。何とかなりそうかしら?」
「なるほど、ええ、ええ。はい、思っていたよりも楽にアクセスできそうです。全世界のインターネットに接続していない、その上こんな森の奥の、誰も見つけられないような場所ですから、わざわざセキュリティを強固にする必要もないのでしょうけれど」
と言いながらも得意げなセリッサが、カチカチとマウスの操作を進めていった所で――突然。
『イレギュラーな操作を検知しました。《聖心臓》はこれより、防衛プログラムを起動します。繰り返します――』
背中に突き刺さるような激しいアラート音と共に、機械音声がそう告げる。
「は、はあ!? これ、罠でしたの!?」
「まあ、それなら……元々ぶっ壊そうとしていたんだし、遅かれ早かれ同じ結果にはなってたんじゃない? それよりセリッサさん、気を付けてッ!」
アラート音が収まった頃、《聖心臓》の入っていた水槽が、ガシャアッ! と音を立てて割れる。流れだした若干ドロドロとしている無色の水が、部屋を埋めて二人の足に絡みついてくる。
天井から太い管のような物で吊り下げられた《聖心臓》は、その鳴動が回数を重ねるごとに強く、速くなっていく。何かが起ころうとしている前触れであるのは間違いない。
「防衛プログラムだかなんだか知らないけど、動き始める前に終わらせるッ!」
神凪が、足を引っ張る水にも構わず、その真紅の翼でひと飛び。右手の黒い爪で、心臓を引き裂こうとした――が、何かによって受け止められる。
見れば、《聖心臓》のあちこちから生えるように現れた触手だった。それぞれが別の意思を持ったかのように蠢くのが、妙に恐怖を煽ってくる。
神凪の爪が突き刺さり、その触手一本は萎れて消えていくが……今更一本消えた所で、既にどうしようもない数にまで増えてしまっている。
だが、今の衝撃で神凪と《聖心臓》の間に再び距離が生まれる。使い捨ての触手を一つで、この結果を残せれば十分だと言わんばかりに。
「ちっ、あと一歩遅かったか……」
「神凪さん、一旦こちらへっ!」
「いや、ここまで来て――今更後戻りなんてアタシはしないッ!」
そう言い切ると、神凪は向かってくる触手を次々に左手で薙ぎ払い、再び《聖心臓》の目前まで辿り着く。
「――はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
燃え上がる左足を、鞭のように振るい渾身の蹴りを放つ。確実に狙いは壊すべき心臓を捉えていた。が、その直前で。見た目とは裏腹に、足へ金属のような硬い物を蹴った感覚が走る。
「防がれた……ッ! これも防衛プログラムってやつなのかしら?」
神凪の攻撃を防いだのは、水色で、蜂の巣のような見た目の障壁。普段は展開されていないが、《聖心臓》本体に危険が迫った際には最後の防衛手段として展開されるものなのだろう。
「強引に突破が厳しいとなると……やはり、あの端末からどうにかして止めるしか方法はありませんわね」
物理的に突破するのは不可能だろう。神凪は絡め手や戦術、応用ではなく、純粋な戦闘力だけでその場を突破するのを得意としている。そんな彼女が全力を出して、それでも突破できず軽く防がれてしまったとなれば。
「神凪さん、もう一度あの端末を触ってみても宜しいですか? その間、あの触手からワタクシを守って頂けると助かるのですけれど……」
「それならお安い御用よ。セリッサさんはそっちに集中して。向かってくる攻撃はアタシが全部振り払って見せる」
「頼もしいですわ。それでは、申し訳ありませんが……頼みましたわよ!」
言うと、セリッサは再びパソコンの元へと走り、赤色の警告画面が危機感を演出しているその画面を凝視して、再び操作を始める。
そこへ、二本の触手が襲い掛かるが――直後、バシガシグシャアッ! と、神凪が右拳と左足による強烈な打撃で吹き飛ばす。
「セリッサには指一本も触れさせない。攻め切るのはムリだろうけど……守り切るだけなら、いくらアタシでも余裕すぎるわねっ!」
その言葉を《聖心臓》は『挑戦』とでも受け取ったのか。触手による猛攻はより一層激しさを増していく。