13.天罰、夾竹桃
セリッサが視る過去に映っている魔力の流れを追って、森の中を走っていた五人。
そこへ、横から銃弾のように白い何かが向かってくる。
「危ないっ、と。ついに敵のお出ましってところかな?」
そう言いつつも、危なげなく左手から展開したピンク色に光り輝く魔法陣で、それらを受け止める。
どうやら御札らしい。金色へと変わったそれは、攻撃対象に突き刺さらなかったことを確認すると、その場で霧散し消え去った。
「私の『キョウチクトウ』が止められるとは。天津河神様のおっしゃった通り、一筋縄ではいきませんか」
木々の間から姿を現し、一人でぼそぼそと呟いているのは、白い着物と緋色の袴姿の、黒い髪を長く伸ばした女性だった。
「こうして向こうから出てきたという事は、セリッサさんの推理がやはり正しかったという事の証明になる訳だけど」
「それさえ分かれば十分よ。アタシたちの邪魔をするってなら、こっちは全員叩きのめすだけッ!」
神凪の言葉を皮切りに、これ以上の対話もなく再び戦いの火蓋が切られる。
まず動いたのは、いつの間にか片腕と両足が赤く変わり、真紅の翼を広げていた神凪からだった。
左足で強く地面を蹴ると、その勢いを更に加速させ、一気に巫女との距離を詰める。同時に、もう一方の足で下から突き上げるような蹴りを放つ。
ここまでの動きは、左手を失った神凪がその分を補うべく、密かに練習していたものだった。今までも戦闘中に蹴りを使うことはあったが、それはあくまでメインの戦法ではなかった。
しかし、左手を失くしてしまった以上、その分を補う必要がある。そこで、右足を絡めた戦術を練習したのだ。
そうやらその成果はちゃんと出ていたらしく、たったの約半年間で、戦闘において手を片方失くした分のハンデを取り戻したのだった。……もちろん、今の神凪に左手があればもっと幅広い戦いができるのだろうが、たらればの話を今更した所で特に意味はないだろう。
そもそも、左手を失くしていなければ、ここまで躍起になって練習もしなかっただろうし。
……だが、相手も当然のようにその蹴りを素手で受け止めると、冷淡な声で続けて。
「天縛・サラソウジュ」
受け止められた神凪の右足に、虚空から現れた白い鎖が巻き付き、思いっきり縛り上げる。
しかし、神凪に焦りの表情はない。その瞬間、ゴオオオオオオオオオオオッ! と巻き付いた鎖ごと、その足が炎上する。
鎖はどろどろに溶け、自由を取り戻した神凪はその足で再び地面を蹴り、炎を避ける為に一歩下がった巫女の元へと再び間合いを詰める。
鋭利な黒い爪で巫女を引き裂くように、今度は左腕を振るうが――。
「天壁・ミツマタノハ」
ガラスのように透き通る盾を展開し、あと少しの所で受け止められてしまう。
しかし、こちらは神凪一人ではないのを忘れてはならない。
「――スウェート・ブロッサム」
ドゴオオオオオオオオオオオッッ!! と、魔法少女姿に変身していた許斐が右手に握るステッキの先から、盾を避けるようにしてピンク色の砲撃が轟音と共に放たれる。
流石に威力が桁違いで、受け止める事を諦めたであろう巫女は、その攻撃を高く飛んで回避する。森の中に生える一本のがっしりとした木の枝へスタリと着地をすると、白い着物の内側から御札を取り出して。
「――天罰・キョウチクトウ――ッ!」
ババババババババババババババババババッ! と、白い御札が木の上から雨のように降り注ぐ。
その攻撃が許斐の魔法陣で防げるのは実証済みだが、砲撃の反動によって隙が生まれてしまって対処が間に合わない。
そこで横から飛び出したのは、黒髪ショートにローブを羽織った錬金術師、比良坂楓。
「――《虚無世界行き鉄杖》っ!」
言いながら、白い鉄製の杖を全力で大きく横薙ぎ二振るう。開いた黒い空間は吸い込むように、巫女の放った御札を次々と飲み込んだ。
「ありがとう、これで決めるッ!」
その間、神凪はただ突っ立っていた訳ではない。木の上から見下ろす巫女は、普通の相手ならば有利な立ち位置だろう。……だが、翼を持つ相手に対しては、自ら足場の狭い場所へと向かうだけの自殺行為でしかない。
つまるところ、神凪はその真紅の翼をはためかせて、巫女の真後ろへと飛んでいた。
「くっ、ここは一度――」
巫女は枝から飛び降り、地面に着地する。……と同時、少し間の抜けた声が飛んでくる。
「はい、どーん……と」
そんな声とは裏腹に、確かな威力の爆発が、巫女の着地点にて巻き起こる。
錬金術師はもう一人。爆風によって暗い緑の長髪をなびかせながら、その様子を見つめるのは七枝蓬。
「……す、すごいとしか言えませんわね……」
そんな四人と巫女による戦闘を見て、セリッサは思わず息を呑む。
彼女も彼女で、過去視という力があるのでファンタジーと全くの無縁という訳でもない。が、こうした激しい異能同士の戦いを目の当たりにする事はそう多くもない。
そもそも、竜の血を継いだ少女に魔法少女、錬金術師二人に相対するのは、それらの攻撃を何とか凌ぐ巫女。どこからどう見てもハイレベルな戦いであることは違いない。
そんな戦いの渦中に、自分も力になれるとするならば。
セリッサは、過去視の中であれば『魔力』をも見通せる。そこで、コンマ一秒にも満たないごくごく僅かな過去を視る事で、現在起ころうとしている魔力の流れをも視認できる。
そして、セリッサは捉えた。七枝の爆発、その余韻の中で魔力が確かに動いたことを。
「……まだ仕留めきれておりません! 神凪さん、来ますわよ!」
直後、爆発によって舞った土埃の中から、白い御札がセリッサの言葉通り、神凪に向けて放たれる。
しかし、来ると分かってさえいれば対処のしようはいくらでもある。白い御札を軽々と避けると、再びその右足で土埃の中を全力で蹴り上げる。
だが、一歩遅かったのか、足に巫女を蹴った感覚は走らない。それでもセリッサの警告がなければ不意を突かれて危なかっただろう。
「助かったわ! でも、取り逃がしちゃった」
「構いませんわ、また攻撃があればワタクシが捕捉できますから。……思い付きですが、案外上手くいくものですね。流石はワタクシ、天才かもしれませ――うおっと!?」
次に巫女が現れ、再び御札が放たれたのはセリッサの頭上、再び木の上からだった。
攻撃の位置や向きがバレるのは確かに厄介で、それを視認できる彼女を先に潰そうというのはセオリー通りではある。
魔法少女故の戦闘経験の豊富さから、そこまで考えを巡らせていた許斐が、再びピンク色の砲撃でその御札を軽く消し飛ばす。
「セリッサさん、戦闘中に油断は禁止っ!」
「わ、ワタクシとしたことが……。助かりました、許斐さん!」
仕留め損なった巫女は、一度後ろへ引いて五人と距離を取り、態勢を立て直す。
仕切り直し――といった所で、七枝がふと思い出したかのような演技をしながら、計画通りと言わんばかりに巫女へと声をかける。
「ああ、巫女さん。もう遅いと思うけど……足元はしっかり注意しないと。二度目なんだし」
その瞬間。――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!! と、鼓膜も破れてしまいそうなほどの激しい轟音と共に、少し離れた巫女の立つその場所、地面が大爆発を巻き起こす。
あまりの衝撃に、周囲の木々は容赦なく薙ぎ倒され、バチバチとあちこちが燃え上がっている。
「ちょっ、蓬先輩!? 流石にやりすぎなんじゃ……」
「さっきの爆発を直に食らって平気な顔をしていたんだ、どうせ生きているよ。せいぜい意識を失っている程度かな」
「攻撃は……もう来ないようですが……」
しばらくして、煙が晴れた先には激しく抉られた地面と、その中心にすっかり気絶して倒れている巫女の姿だけが残されていた。