8.過去を隠す影
「となれば、まずは過去を隠している『影』の正体を見破らないとなりませんわね」
「……それができれば苦労しないんだけど」
過去視の特性を知ったうえで、対策を講じて向こうから動いてきた。当然、そう簡単に見破れるような小細工ではないだろう。
だが、逆に言えば。それを見破ってしまえば、一気にセリッサの『島の秘密を解き明かす』、そして神凪たちの『上鳴御削を取り戻す』という二つの目標へ一気に近づけるのもまた事実。
超えられるかどうか、定かではない壁ではあっても、なんのアテもなくしらみ潰しに捜査を続けるよりはまだ希望が見える。
「とはいえ、過去を隠していた、あの影の正体への手がかりはゼロに等しいのですが……」
嘆くセリッサに対して、ふと口を開いたのは間倉だった、
「ちょっと安直かもしれないけれど……『魔力』とかはどうかなぁ、なんて」
「魔力ですか。ワタクシも知ってはいますが……なんでも、島全体に満ちている不思議な力で、ここまで島が発展した理由の一端を担っているとか」
「付け加えるとしたら、他の土地にも魔力自体はあるけれど、この島は特に豊富って所ねえ」
魔法文字の操作など、簡単なものだけではあるが、魔法を普段からちょこちょこ使っている神凪に、そもそも魔法で戦うのが本業である許斐の二人は薄々気がついていたらしい。
錬金術師である二人も、流石に言われるまでは気が付かなかったようだが、その大まかな概念は何となく理解ができる。二人もまた、錬金術を行う際には多少なりとも触れているものではあるからだ。
「ですが、魔力という概念自体は、ワタクシも知っています。やはり、あの影の正体は魔力ではないのではないかと……」
セリッサの過去視については、間倉にも話している。過去視では、知っている物や人物などは視えるが、自分が知らないと影になってしまうという性質を。
そのうえで、間倉は穏やかながらも芯の通った言葉を返す。
「……そうとは限らないんじゃないかなあ」
静寂の中、間倉は少し考えてから続ける。
「そもそも『知っている』っていう定義が曖昧だけれど、魔力というものはただ存在を知ったからって、安易に扱える物ではないんだよねぇ。今、私は錬金術と魔力の関係について研究しているんだけど、一口に魔力と言っても相当奥が深いんだって思い知らされた所だし……」
「つまり、もっと魔力に関する理解を深めれば、あの影の正体が視えるかもしれない、ということですの?」
「あくまで可能性の話だけどねえ。でも、魔力という言葉が頭の中に入っているだけじゃ『知っている』とは言い難いんじゃないかなぁ」
そんな間倉の言葉に、この場では一番魔力に触れているであろう、魔法少女の許斐が納得したように言う。
「確かに、どんな魔法や術だって、元を辿れば『魔力』に繋がるから。ピンポイントで魔法とか術の種類とかを探るくらいなら、その根源をしっかりと理解したほうが早いかもしれないね」
「まあ、簡単に言っちゃったけど、魔力そのものを理解するのは相当難しいとは思うわねぇ……。例えば、私は錬金術師だけど、許斐さんは魔法少女。同じ魔力を使っているといっても、その用途、効果をどう引き出すかは人によって全然違うんだもの。魔力の本質を理解するって、つまりはそういう事になるんじゃないかな」
魔法少女という括りの中で考えても、同じ魔法とはいえ攻撃魔法に回復魔法、細かい分類まで挙げるならば属性や射程、何もかもが変わってくる。
それら全て……は言い過ぎにしても、ありとあらゆる視点から見た『魔力』を知らなくてはならない。間倉が言っているのはそういうことだろう。
「つまり、ワタクシがやるべきことは変わらないと。『数撃ちゃ当たる』はワタクシの得意分野ですからねっ」
普段の捜査だって、過去視で目的の物が視えるまで根気よく探し続けるという単純な事の積み重ねで、数々の事件や謎を解決してきたのだ。
何なら、根気強く当たる先が分かっているだけ良心的とも言える。
「それではまず――皆さんにとっての『魔力』について、教えていただけますか?」
「っとと、その前にー。みんな、ご飯は食べてないんでしょう? これから一週間分と思って多めに作ったカレーが余ってるから、お腹を満たしてお風呂も済まして、全部終わってからでも遅くはないんじゃない?」
「……先生の普段の食生活、やはり大変な事になっていそうだ」
錬金術以外の事になると途端にズボラになってしまうのは変わりがないな、と七枝は純粋な心配と、記憶通りな先生の姿を見た安心を同時に感じるのだった。