7.『王』の忠告
「ふう、やっと片付いたわね……」
そうこぼしながら、その場でへたりこむ神凪麗音。
それもそのはずで、錬金術関係の本や書類、材料はもちろん、同時に生活感も感じさせてくれるインスタント食品の残骸など。その全てを仕分けてゴミ袋へと詰めていく作業を、一日歩き通した後にやり通したのだから仕方がない。
この七枝の先生というからには、それはしっかり者なのかと思いきや、そんな幻想はみすみす打ち砕かれてしまったのだった。
「みんな、ありがとうー。来てそうそう、こんな事をさせてしまって……」
「はあ、間倉先生は本当に相変わらずで何よりですよ」
少し皮肉ったように七枝が言うが、それを意にも返さないマイペースな女性、間倉は。
「でも、この部屋って意外と広かったみたいねぇ。これならみんな、布団で眠れるんじゃないかな?」
先生が散らかしすぎなんだよ、という文句は言ったところで無駄に終わるのは分かっているので、七枝はぐっとその言葉を飲み込んで。
「改めて、紹介するよ。私が以前お世話になっていた錬金術師、間倉先生」
「間倉魅能です。よろしくねぇ」
間倉魅能と名乗った彼女はにこやかと微笑みながら、三人に向けて手を振る。
若々しくもあり、それでいて落ち着いた、大人の雰囲気も併せ持つ不思議な女性だ。
三人も各々、自己紹介を終えたところで。
「……あっ、電話みたい。セリッサさんから?」
ふと、許斐のポケットに入れていたスマホが鳴動し、着信を告げる。
セリッサからとなれば、きっと神凪や七枝、比良坂にも関わってくる内容だろうと思い、すぐさま電話に出る。
「はい、もしもし。セリッサさん?」
『ああ、許斐さん。あの……ですね。ワタクシの隠れ家なのですが……その――』
続いた言葉を聞いて、思わず許斐は驚きの声を上げてしまう。
「――も、燃やされた!?」
その声を聞いた一同、目を丸くして見合わせてしまう。
「うん、分かった。ちょっと聞いてみる。……あの、間倉さん。もう一名追加で泊まらせて欲しいってなると流石に厳しい、ですかね?」
「あと一人かぁ。……うん、もう五人も六人も今更変わらないし、もう何人でもいいから呼んじゃっていいわよ」
「やった、ありがとうございます! ……オッケーだって。住所は後で送るから。うん、それじゃ」
言って、許斐は電話を切る。
「まあ、聞くまでもなく……」
「燃えてなくなってしまったみたいだね、セリッサの隠れ家」
「ま、まあ、それはそれで。明日からのことも直接やり取りできる、って考えれば……」
と比良坂が言ってはみるものの、どう考えても良くはない。
***
「お、お邪魔しますわ……」
「流石に窮屈だろうけど、自分の家だと思ってゆっくりしてってちょうだい」
しばらくして、間倉の住むマンションの一室にセリッサがやってくる。
一同、なんと声をかければ良いか戸惑っている中で、間倉はいつもの調子で話しかけている。持ち前のマイペース力を意外な所で発揮するのだった。
そのおかげもあってか、続けて許斐が口を開く。間倉が普段通りの調子じゃなければ、こうも単刀直入には訊けなかっただろう。
「……その、セリッサさん。家が燃えたって、火の不始末とか?」
「いえ。ワタクシ、過去を視てきましたから。――誰かに燃やされたのです」
間倉のおかげで多少は和やかな雰囲気を保っていたのが、セリッサの一言によって完全に、ピリピリと張り詰めた空気感へ切り替わる。
「でもセリッサさんは過去が視えるんですよね? だとしたら、犯人なんて簡単に見つけられ……ますか?」
一瞬、比良坂の言葉が止まってしまったのは、過去を見たにも関わらず『誰か』と表現したからだ。だが、知らない相手であれば視えた姿は影となってしまうし、そう簡単に犯人を看破できるまでの便利な力ではない事を思い出す。
が、セリッサが返すのは、それ以上の内容だった。
「いえ、そもそも人影すら見えませんでした。ですが、人為的である事は間違いありませんわ。ワタクシの知らない『何か』で視界を遮られて、過去を通じて脳へ直接刻まれるかのように、言葉が残されていたのですから」
――この島について余計な詮索をするな。これ以上続けるというのならば「王」直々に罰が下るだろう。
セリッサが視た言葉を聞き、いち早く反応したのは神凪だった。
「『王』、ですって?」
「神凪さん? 王という言葉に何か心当たりが?」
その単語は紛れもない。失踪した上鳴を探す手がかりの一つだった。
「アタシたちが人探しの為にこの島に来たってのは話したわよね」
「ええ。神凪さんの彼氏さん……とおっしゃっていましたわね」
「そう。上鳴御削、彼がこの島にいるであろう理由。それが『ファンタジーを束ねる国の王』としての適性を、天使に買われたからなの」
王としての適性。より厳密には、ファンタジーな存在を惹きつける体質のこと。
「つまり……ワタクシの隠れ家を燃やしたのは、貴方がたの探している上鳴さん、という事に?」
「これはアタシが信じたくないだけってのもあるだろうけど。でも、アタシの知ってる御削は、そんな安い脅しをする卑怯者じゃない。だから、きっと違うって信じてる」
「わたしも、御削くんがやったとは思えないです。根拠はないんですけど……」
恋人関係である神凪と、幼馴染として長い付き合いの比良坂。この中でも特別、彼とは親しい二人がそう言ってのける。
「いえ、ワタクシもそこまで安直に犯人を決めつけるつもりはありませんわ。ですが、この一件に関わっているのは事実でしょうね。つまり、この放火事件の謎を追う事が自ずと、貴方がたの探し人に、そしてこの島の秘密に繋がる――のは間違いありません」




