6.探偵、セリッサ・エストコルト
セリッサ・エストコルトは、著しく発展した都市部から少し離れたところにある、隠祇島へと滞在する際に使っている隠れ家――いわゆるミニ戸建へと向かっていた。
「一ヶ月も離れていましたものね。まずはお掃除からになりそうですわ……」
なんて独りごとを呟きつつ、記憶を頼りにその隠れ家へと向かったのだが。
「あれ? ワタクシ、道を間違えて……いるはずもありませんわね。と、なると」
目の前に広がる惨状を見て、頭の中で理解してしまったが故に。彼女はただ叫ぶ事しかできなかった。
「も、もも、もももも……燃え尽きちゃってますのおおお――ッ!?」
黒焦げとなった残骸がバラバラに崩れ落ち、彼女の知っている隠れ家の、見る影もなくなってしまっていた。
***
それから、どれだけの時間が経ったかも定かではないが……やっと落ち着きを取り戻した彼女は。
「一ヶ月前は確かに、ここに建っておりましたわ。それまでの間に何かが起こったと。隠れ家を出る前に、火の不始末がないかどうかは何度もチェックしたはずですから、うっかりということはないハズですが……」
冷静に、声へと出して確認しつつ、彼女は今から一ヶ月前へと過去視を発動する。
ダイヤルを回すかのように時間を逆回しに遡っていき、やがて彼女の視界に映ったのは。
「夜、でもありませんわね。つまりこれは影? ワタクシの知らない『何か』で視界を奪っているということでしょうか。となれば、過去視の特性を把握されているということにもなるのですが……」
そうなると、セリッサのことをよく知る人物による仕業かとも思ったが、その可能性は低い。
何せ、この島に知り合いなどそう多くはない上に、知らない物が影になって視えるという特性について話した相手はさらに少ない。話したといえば、今日、一緒に行動する上で必要と感じたあの四人くらいか。
だが、そもそも今日で初めて隠祇島へとやって来た上に、接触を図ったのはこちらからであるため、まず彼女らがやったという可能性はゼロに等しい。隠れ家の場所だって教えていないのだ。
「他に手がかりはないでしょうか――んぐッ!?」
視界が黒い影で覆われた時間帯を、さらに細かく秒単位で遡っていくと、激しい痛みと共に、脳へと直接刻まれるかのような鋭い赤色で『文字』が伝わってきた。
『この島について余計な詮索をするな。これ以上続けるというのならば「王」直々に罰が下るだろう』
息は荒くなり、全身から嫌な汗が噴き出している。激しい悪寒と恐怖に襲われ、気づけばセリッサは過去視を中断していた。
だが、同時に。彼女の顔にはこれ以上ないまでの笑みが浮かんでいた。
「ふ、ふふ、はははは……。おーっほっほっほッ! 謎がわざわざ向こうからやって来てくれるとは、これはまた挑戦的ですこと。このセリッサ・エストコルトに挑んだこと、後悔させてあげますわッ!」
全身の震えは、探偵としてより一層奮い立つ物へと変わり、身の毛もよだつほどにおぞましい過去を覗いた直後であるにも関わらず、その顔はあまりにも晴やかであった。
……これが、探偵『セリッサ・エストコルト』なのだから仕方がない。