5.錬金術の師の元へ
その後も隠祇島を巡り、セリッサが視た過去に各々の知識、考えを補完して着色していく旅は続き。
陽は落ち、すっかり夜となった街ではあるが、過剰なくらいの照明が至る所から照らしており、そこまで暗さは感じられない。
「それでは、時間ももう遅いですし、本日は解散といたしましょうか。……と言いたい所ですが、皆さん、泊まる場所はありますの?」
「ああ。私の先生が住んでいるマンションに、お世話になるつもりだよ。少々狭いかもしれないけれど、まあその時はその時で」
「あら、それなら大丈夫そうですわね。もし泊まる場所がないのでしたら、ワタクシがこの島で使っている隠れ家がありまして、ご招待しようかと思いましたのに……」
「お心遣い感謝するよ。もし、先生のマンションじゃ私たち四人が入り切らないようだったら、その時は宜しくお願いするよ」
事前に連絡もしていないうえに、そのマンションがどれほどの大きさなのかも未知数なので、本当に四人、収容できるかは定かではない。
きっと大丈夫だろうとは思うが、そもそも七枝以外の三人は予定外なのだ。先生のことだし大丈夫だろうと七枝は考えているが、門前払いされても文句は言えない。
「それでは皆さまごきげんよう。また明日、ですのっ!」
高らかにセリッサが別れの挨拶を告げると、そのまま慌ただしく夜の街の雑踏へと消えていく。
「最初は少し警戒してしまったけど……」
「素直で良い子だったね。セリッサさん」
「ああ。最初、少しでも怪しいと思ってしまったのが恥ずかしいくらいだったよ」
今日一日、船からずっと行動を共にしていた中では、裏表もなく常に明るい、とても真っ直ぐで――常識人かと聞かれれば頷きかねるが――そんな少女だった。
「さて、私たちは反対方向だよ。それじゃ、今日の宿へと向かうとしようか」
今日、あちこちを歩き回ったおかげがある程度の土地勘は付いたように感じる。そもそも栄えてるとはいえ、島というだけあってか面積的にはそう広くはないのもあっただろう。
七枝の先生が送った手紙に同封されていた、マンションの住所と、周囲に何があるかが書かれたメモを確認しながら四人はその場所に向けて歩き出す。
***
「ここの部屋で合っている……はず」
表札はないが、書かれている部屋番号が示すのはこの部屋だ。
そもそも七枝の記憶にある先生とは、こういった表札を取り付けるくらいの事でさえも、興味の範疇から外れると面倒くさがってやらないような人物であり、らしいと言えばらしくもある。
インターフォンを鳴らしてしばらくすると、部屋の中からスピーカー越しに、どこか間の抜けた声が返ってくる。
『はい? 間倉ですけどお……』
「おお、間倉先生。七枝です」
『ななえ? うーん……ああ! 蓬ちゃんじゃない! もしかして、あの手紙を読んで来てくれたのね?』
「そんな所です。ところで、私の他に三人、一緒なんですけど」
『さ、三人!? つまり、私を含めてえーと、五人かあ……。流石に狭いかもしれないけど、まあとりあえず上がってちょうだい』
インターフォンとの通話が切れる。
「やっぱり、一人暮らしの人の部屋に四人は厳しかったかな」
「しかも突然でしたし……。もしかしたら本当にセリッサさんのお家にお世話になるかもしれませんね」
「ま、まあ何とかなるとは思うけど……多分」
『思う』と『多分』が重なる、あいまいな言葉を七枝が残しつつ。不安が残る中で、やがて玄関のドアが開く。
出てきたのは、長い黒髪に黒縁メガネの、背丈の小さな女性だった。
「お待たせー、って、本当に大所帯ねえ。事前に伝えてくれれば、少しは準備くらいしていたんだけど……」
「だったらいい加減スマホくらい持ってください、先生。結界を超えないと入れない島に手紙なんて、一体どう返せと言うんですか」
「うーん、面倒くさそうで、スマホは持つ気がしないのよねえ。まあ、とりあえず上がって。錬金術の材料とか、道具が散乱しちゃってるけど……」
七枝を除いた三人は、『散乱しちゃってる』とはいっても、それは軽い謙遜か決まり文句だろうと思っていた。
七枝を先頭に、挨拶しながら部屋を上がると――三人、息を呑む。
「こ、これは……」
「うん、何というか……作業感が溢れる部屋だね、あっはは……」
比良坂に至っては、声も出せずにただ部屋を見つめてしまっている。
一方の七枝は、相変わらずだなあと溜め息を吐くと、一瞬で気持ちを切り替え、突然やる気モードになったかと思うと。
「みんな、宿代だと思って――まずはこの部屋の掃除から始めるとしようか。手伝ってくれるよね」