4.過去を視る探偵
「ううむ……、やはり見えませんわねぇ……」
「セリッサさん、何となく想像はつくけれど一応聞いておくわね。さっきから、何をしているのかしら?」
「それはもちろん、手当り次第に過去を見ているに決まっているでしょう? 捜査は足で稼ぐもの、と言うじゃありませんか」
「おおう、これは見事なパワープレイだね……」
人々の行き交う都市の隅にある公園で、金色の眼を鋭く輝かせ、その場で『何か』をじっと視ている金髪ツインテールの少女。
どうやら彼女には、この場所の過去が視えているらしい。そのうえで『視えない』と彼女が言っているのはおそらく、過去視という能力に課せられた制約によるものだろう。
彼女の過去視は言わずもがな便利なのだが、自分の知らない物や人物については黒い影にしか映らず、形や大きさ、シルエットくらいは分かるものの、それ以上の情報は得られないのだ。
「許斐さんから聞いた情報には、ワタクシも初耳の情報が多くありましたから。何か新しいものが見えるようになっていれば、と考えたのですが」
「……まずは一旦、見えないっていう情報を整理すべきじゃないかしら。できるかぎり、アタシたちにも今見ている情報をくれると嬉しいんだけど」
当然、その過去を視ることができているのは彼女だけだ。いつ、何が見えて、何が見えていないのか。それさえ分かれば、四人も考えを巡らせたり、この隠祇島に来て間もなく知識は少ないながらも出来ることはある。捜査を続けるセリッサにただ付いていくだけよりはマシだろう。
「そうでしたわね。ワタクシ、単独での捜査しか経験がありませんので……申し訳ございませんわ」
「まあ確かに、こんなに大人数で行動するなんて探偵っぽくはないけどね」
「ま、まあそういう訳です。それはそれとして、まず、時期ですが……とりあえず半年前、この島の発展が著しく始まった時期をアヤシイと視ています。当然、ワタクシは半年前のこの場所を見たことはありませんから、半年前にあった建物や、建設風景が影になってしまうのは当然です。ただ」
かなり不可解そうな面持ちで、セリッサは続ける。
「今視た中ですと、建設作業中と思われる場所の中で、棒のようなものを持って変な動きをしている子供がおりまして。と思えば、その子がどこからか建材を取り出して、作業員らしき人に渡している光景がありました。当然、これも何をしているのかは影になっていて分かりませんが……何らかの力を有した人間が集まる場所故か、普段よりも視えない物が多すぎるのですよね、この街は」
その口ぶりから、視えないのはそれだけではない――が、視えないものを全て挙げればキリがない、といった状況なのだろう。
こちらの力も借りて、少しでも知識を増やしていこうと考えたセリッサがかなり策略家に感じる神凪だった。
一方、七枝と比良坂の方は、その情報から何か手応えを掴みかけていた。
「変な棒をもって、いきなり建材を取り出した……」
「取り出した、ではなく作りだした、であれば、私たちが精通しているアレが当たりな気はするのだけれど」
七枝と比良坂、二人が精通しているアレ――と言えば一つしかない。
「セリッサさん。少し見せたい物があるんだ。楓、実演してくれるかな」
「はい、蓬先輩」
言うと、比良坂が腰に装備していた杖を持ち、一振りする。もちろん、これはただの杖ではない。白い金属製のその杖は『虚無世界行き鉄杖』という、彼女がその手で作りだした錬金術製の道具だ。
現れた黒い裂け目に手を伸ばすと、黒い大釜を取り出して、おもむろに空いているスペースへと置く。火がなくとも自在に温度調節が可能になった、これまた彼女お手製の釜。
「では、始めますね。適当にそこら辺に生えている雑草を入れて、この杖でかき混ぜる……」
ボタン一つで水が満たされた釜に、ぱらぱらと適当にむしり取った雑草を入れる。白い金属製の杖を釜に突き刺し、ぐるぐるとかき混ぜれば――。
***
「こ、これは驚きですよ。釜に入れて混ぜただけで、ただの雑草が薬になってしまうとは……」
「まあ、この土地自体が良いのか、雑草にしてもかなり品質が良いものだったので、その分効果も高い薬になったーって所ですけどね」
鼻高々に、比良坂は完成した薬をセリッサへと手渡す。彼女は薬剤師でもなんでもないが、そんな素人目でも『錬金術』の凄さがひしひしと伝わったようだった。
実際、比良坂の錬金術の成長は凄まじく、先輩である七枝でさえもついていけない領域を、変わらず勢いよく突っ走っている――そんなレベルの上達スピードだった。
「それに、さっき視たあの動き。あれが『錬金術』だったのですね。これほどまでに急激な発展を遂げた理由の一端を垣間見たような……」
その後、セリッサがさっきと同じ時間、場所の過去を視てみると――影の一部が視えるようになったらしい。つまり、工事現場の中で棒のようなものを持って変な動きをしていた子供というのはやはり、錬金術師だったらしい。
半年でここまで発展した要因に、錬金術が絡んでいるというのは、実際に錬金術師である二人も納得できた。実際にその術を扱っているからこそ、それほどまでのポテンシャルを秘めているのも理解している。
「……やはり、貴方がたと一緒に行動する事を決めて正解だったようです。ワタクシ一人では、一生を掛けてもこの島の秘密へ辿り着けそうにはありませんでしたが、皆さんが一緒でしたら、もしかすると――。探偵であるワタクシの勘が、そう訴えかけてくるのです」
「そうね。アタシたちも、御削――彼を探すのに、セリッサさんの力はきっと必要だから。その、改めてよろしく」
「ええ、ええ! こちらこそですのっ!」
その金色の瞳をキラキラと輝かせながら、セリッサは言う。