厄災級の器
俺の手を取り意気揚々と歩き出したエルノアだったが、ものの数十秒でこちらを振り返りこんなことを言い出した。
「あの〜...帰り道はどちらでしょうか?」
「わかってなかったのかよ!」
「すみません。家から出ることもほとんど許されていない身なもので、外の世界に疎く...」
「箱入りお嬢様ってわけだ。この海は隔絶海と言って、俺たち人間が住む領域と魔物たちや魔王が住む領域を隔てている海なんだ。このまま海を進むと魔界に入っちまう。少し周って崖のない所から陸地を帰るしかないんだが...あいつが見逃してはくれなさそうだ」
そう言って見上げた崖の上には、レッドオークが獲物を見定める目でこちらを見ていた。
レッドオークは一度視界に捉えた獲物は視界から完全に消えるか自分の手で殺めるまで逃さないと聞く。
「魔物の相手であれば私にお任せください。先ほどの魔法で、要領は得ました。人生で魔法を使えるまたとない機会、自分の力を試してみたいのです」
「まるでこれまで全然魔法を使ってこなかったみたいな言い草だな...」
「はい。先ほどの魔法が生涯で二度目の魔法です。もっとも、一度目はほとんど記憶にありませんが...。」
「おいおいほぼ人生で初めて使った魔法があのバカげた凍結魔法だってのか?どんな才能値してんだこのお嬢様は...」
「お褒めにあずかり光栄です」
...返す言葉も見つからない。
そうこう話していると、陸地に繋がる砂浜が見えた。
「よし、あそこから行こう。だが必ずレッドオークが来るはずだ、気を抜くなよ」
「グゥウウオオオオオオオオ!!!」
「っと言ってるそばからお出ましか」
持っていた剣を構え、前に出る。
「俺がなんとか時間を稼ぐ!ノアはそのうちに詠唱をしてくれ!」
「詠唱...?すみません、詠唱とはなんでしょうか?」
「こんな時に冗談はよしてくれ!詠唱しないと魔法は使えないだろ?こいつを倒せる魔法となるとだいたい30秒〜1分ってとこか?」
「いえ、そんなことはありません。ん〜〜、えいっ!」
小さな子どものようなかけ声とは裏腹に、彼女の手から灼熱の業火を纏った球が放たれる。
ズコォォォオオオオオン...!!!
レッドオークはひとたまりもなく吹き飛び、木々を倒しながら奥にあった岩にぶつかった。
「な!?この威力の魔法を無詠唱!?しかも使えるのは氷だけじゃないのか?」
「そ、そんなにすごいものなのでしょうか...?火の玉を思い浮かべてこう...えいっと...」
「呆れたチートお嬢様だぜ...」
魔法は才能値の影響をかなり強く受ける。恐らく今までに見てきたどんな魔法使いよりも凄まじい魔法の才能値を持っているだろう。これがいずれ厄災級になる器か...などと考えていると
「グギョアアアアアアアア!!!!!」
「まだ生きてやがったか!...ん?いや、最後の断末魔ってやつか」
見るとレッドオークの全身は焼け焦げ、その場にバタりと倒れて動かなくなった。
「リアス様!やりました!」
「あ、ああ、そうだな...」
俺は今、レッドオークなんかより遥かに恐ろしいものを目にしているのかもしれない。