厄災との邂逅
痛っ....!!!!...くない…?
まるで体が風に包まれて宙に浮いているような感覚。
散っていたのは、無数の花びらだった。
体は花びらに包まれ、宙に浮いていたのだ。
ああ、死んだのか。案外楽に死ねるもんだな。
苦しいどころか、どこか心地良くすらある。
そう考えていると、花びらが次第に体から離れ、ドサッと地面に落ちた。
何が起きたのか分からなかった。
手に熱さを覚え、ボヤけた視界の中で一瞬自分の左手が光っているのが見えた。
「ふぅ…何とか間に合いました…」
少し離れたところから、声がする。
コツコツコツ…
足音が近づいてくる。
顔を挙げた先には、目を疑いたくなるほど美しい景色が広がっていた。
氷で作られた白銀の世界。それなのに、花びらが散っている。
なるほど、ここが天国か。
その世界の中に、さらに目を疑いたくなるほど美しいものが。
一人の少女である。
薄紫色の長い髪に、整った顔立ち。
そして全身を包む白を基調とした可愛らしい衣服が、より一層彼女の眉目秀麗さを際立たせている。
俺は何か声を出そうとしたが、その美しさに呆気にとられるあまり息を飲み口をつぐんでしまった。
少女はその見た目に反して、どこか儚げな雰囲気をまとっていた。透き通った碧色の瞳でこちらを見つめ、その小さな口で言葉が紡がれる。
「あなたは…ご自分の命を絶たれたいのですか…?」
その容姿から放たれた、か細くも可憐で幼さすら感じる声に、一瞬意識をもっていかれた。
慌てて返す言葉は、なんとも情けない声色になる。
「た、絶ちたいも何も、もう絶っちまったとこだよ…」
「いいえ。あなたの命の灯は、まだ消えていません」
「は…?だって、俺はさっき断崖絶壁から飛び降りたんだ。で、ここが天国みたいなとこなんだろ?そうすると…君は天使か何か?」
「ふふ。天使ですか。そうであったら、とても素敵ですね。ですが死にたかったあなたからしたら、私は悪魔なのかもしれませんね...。周りを、よくご覧ください」
そう言われ、周囲を見渡す。
さっきまでなぜか散っていた花びらでよく見えなかったが、周りにある白銀の世界は"凍りついた海"だった。そして背後には...
「俺が飛び降りた崖...!?」
「やっと状況を理解していただけたようですね。あなたは死んでおりません」
「いや、ますます状況が分からないんだが...」
「僭越ながら、私が飛び降りたあなたを助けました。その...魔法を使って...。」
「魔法って...こ、これを、君がやったのか...?」
小さな川をそれなりの範囲で凍らせる凍結魔法なら、大魔術師レベルになると使えると聞いたことがあるが、荒波の立つ海、それも見渡す限りの大範囲が完全に凍りついている。
それをこの少女が1人でやったとは、到底想像もつかない。
「もう何がなんだか分からない状況で君が何者なのかも分からないけど...助けてくれてありがとう。死ぬ間際になって、やっぱり.....もう少し生きてみたいと思えたんだ」
「そうでしたか、それは何よりです。私も恩人であるあなたに死んでほしくはありませんでしたから」
「恩人?何の話だ?俺が君の?」
「ええ、つい先ほど賊の男たちから救ってくださいました」
「さ、さっきの黒いローブの子!?でも何でこんな禁足領域なんかに...?」
「常人とは思えぬ体裁きをしていらしたので、少し...興味が湧いてついて来てしまいました」
「興味が湧いたからって禁足領域について来るのはなかなか...いや、なんでもない」
「ふふっ、なんだか私、あなたを困らせてしまうばかりですね」
そう言い微笑む彼女は、周囲の白銀世界にも負けない美しさと可憐さを放っていた。