悪役気取り
しばらく走った後、俺は行く宛てもなく街外れを一人とぼとぼと歩いていた。もう全てがどうでもよくなっていた。
少し前の横道から声が聞こえてくる。
「おいおいおねえちゃん、よく見たらかわいいねぇ。どうだ、俺たちとイイコトしねぇか?」
「おっと、大きな声を出そうとしたらこれであんたの綺麗な身体に傷につけなきゃいけなくなっちまうぜぇ?」
短刀をチラつかせ下品な笑みを顔いっぱいに貼り付けた三人の男たちが、黒いローブを全身に纏った一人の少女に襲いかかろうとしていた。
本来ならここで「その子から離れろ!」なんていうかっこいいセリフと共に、男たちを颯爽となぎ倒すのが最高だろう。
しかし、あいにくそんな気力は持ち合わせてはいなかった。
どうせ俺は、無才の負け組。もう他人の心配なんてする余裕も、必要もない。
何よりも、ここで首を突っ込んで後々面倒ごとに巻き込まれるのは…
「めんどくせぇ」
口癖になってしまっている言葉を吐きながら、見て見ぬふりをしてその場を立ち去る。
───はずだった。
気がつくと、暴漢の前に立っていた。
「おい。その子から離れろよ、クズ野郎ども」
「あぁん?なんだあ?てめぇ。死にてえのか?」
「ああ死にたいさ。今一番死にたい男と言っても過言じゃないね」
「なんだこいつ?何をわけの分からねぇことを言ってやがる。そんなに死にてぇなら今ここで殺してやるよぉ!!おいてめえら、やっちまえ!!」
手に短刀を携えた2人が襲ってくる。
2人の安直な突進をひらりと横にかわし、そのまま手前にいた賊に空中回転蹴りをお見舞いしてやった。片方の賊が吹っ飛び、もう片方の男に当たって、2人が仲良く壁に打ちつけられる形となった。
「おいおい、俺を殺してくれるんじゃなかったのかぁ?まあお前らみたいなクソ野郎に命をくれてやるつもりはハナからねーけどな!」
もはやどっちが悪役か分からないような不敵な笑みを浮かべながら、ヒール気取りで最後の一人に近づいていく。
「う、うわぁぁくるなバケモノおお!!」
腰を抜かし倒れながら後退していく男に、全力のスピードで駆け寄り、男の前に顔を出した。
「ばあ!」
男はその場でぶくぶくと泡を吹きながら気絶してしまった。
男から見たら、瞬間移動した俺の顔が急に眼前に現れた形だろう。
「ちっ、叫び声をあげてくれたら周りの人が気づくと思ったのによぉ」
ボソッと呟きながら少女の方に向き直る。ローブの下からチラッと見えた整った顔立ちに一瞬目が奪われそうになる。
「あ、あの、助けてくださり、ありが...」
悪漢たちを使って憂さ晴らしをしただけの俺に少女は感謝の言葉を述べようとしていたため、慌てて俺は...
「ぎゃはははははは!!助かったと思ったかあ!今から俺がお前を襲ってやる!さあ大人しくしやがれえ!!!」
めいいっぱいの大声でそう叫んだ。
「えっ...?」
困惑する少女を前に、俺は聞き耳スキルを発動し周囲の声を聞いていた。
「おい、今の声聞いたか?女の子が襲われてるみたいだぞ」
「あっちの路地裏の方だ、行ってみよう」
「そこの人、向こうで女の子が賊に襲われてるみたいなんだ、手をかしてくれ」
すぐに彼らがここに来てくれるだろう。
「これでよしと」
「え?あ、あの...」
明らかに困惑している女の子を尻目に、残りの面倒ごとは近くの大人たちに任せ、俺は一目散に立ち去った。
なぜなら───森で修行しかしてこなかった俺は、女の子、ましてやあんな可愛い子とまともに話すのは慣れておらず、緊張しまくりだったからだ。