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 予想した通り、夕食はカレーライスだった。

 冴子の母は倹約家で、貝や海老が安く買えた日は、大抵シーフードカレーを作る。少し薄味だが海鮮をたっぷり入れた母のカレーを、冴子はとても気に入っていた。

 父が帰宅して家族全員揃ったところで、冴子は切り出した。

「ねえ、お母さん。西田さん、知ってる?」

 娘の質問に、母は白米を盛る手を止めて冴子を見た。

「西田さんって、あの、スイカ畑の西田さんちでしょ? あの人がどうかしたの?」

「うん、この前、学校帰りに西田さんに会ったんだけど、最近は朝日村の居酒屋で夜に働いてるって。知ってた?」

「そうなの? そんな話、聞いたことなかったわ。ねえ、あなた」

 母はライスにカレーをかけて、食卓の前に座った父を見た。父はワイシャツのボタンを外しながら頷いた。

「うん、そうだな。西田さんはそれなりに貯金もあるって聞いてるし、副業するほど困ってるようには思えないけどなあ……」

 父の話を聞いて、冴子はまさかと思った。

 もし西田が居酒屋で働いていないのだとしたら、下校中に西田と会ったとき、彼はどこへ向かっていたのか。あの日、西田は朝日村の居酒屋へ行くと言っていたが、実は別の場所、例えば別のスイカ畑へ向かっていたとしたら。

「まさか……」

 目の前のカレーを見つめたまま、冴子はぼんやりと呟いた。

 下校中に会ったとき、西田は「自分の畑も被害に遭った」と言っていた。しかし、後日冴子が家を訪れたときも畑を見せてはくれなかった。つまり、彼の畑は被害に遭っていない可能性がある。

 それに、西田の家で話をした翌日、再び幸恵のスイカ畑が被害を受けた。帰る前、幸恵は割れたスイカについて、「腐ってて、ひどい臭いだった」と話した。つまり、前夜のうちに割られたのではなく、割られた後に劣悪な環境で保管され、後から畑に戻されたのだ。その理由は、おそらく西田の犯行を知る第三者が、西田の犯行をより際立たせるために偽装したのだろう。

 畑に落ちていた腕時計は、おそらくその第三者を倉持に見せかけるため、別の真犯人が時計を盗んで畑に放ったのだ。

 もしそうだとしたら、一体誰が二重に偽装したのだろうか。堤なら同僚である倉持の腕時計を盗んで畑に捨てることは可能だ。しかし、そもそも堤はスイカ畑荒らしに関与する理由がない。義之も同じく動機がないし、夜は大学にいるためアリバイもある。いや、それ以前に、真犯人が西田の犯行を強調させた理由は何なのか。それとも、真犯人などなく、倉持が畑を荒らした犯人なのか。

 何もかも、全く分からない。

 両親が訝しげな目を向けるのも構わず、冴子は「いただきます」とスプーンを手に取った。いつもなら舌鼓を打つシーフードカレーも、今日はほとんど味を感じなかった。


 翌日、冴子は学校の図書室へ足を運んだ。

 アブラゼミの声を聞きながら、改めて曖昧(あいまい)な情報を脳内でまとめる。腑に落ちない点は、スイカの種だけが抜かれていた理由と、幸恵のスイカ畑で割られたスイカが偽装されていた理由だ。

 前者については、義之の研究を知っている犯人が彼に濡れ衣を着せる目的で偽装したと推測できる。しかし冴子の把握する限りでは、周囲に義之の研究を知る人物は幸恵のほかにいない。後者については、手掛かりがなく推測できない。

 結局、どちらも明らかにならないまま、冴子は学校の駐輪場へ到着し、自転車を停めた。校庭には運動部の生徒が散見して、野球部員の掛け声が飛び交っている。

 冴子が図書室に入ると、机の上を拭いていた倉持が彼女の方を向いた。

「やあ、中村さん。今日もお勉強?」

「はい。でも、その前に先生へお渡ししたいものがあって」

 冴子は鞄から腕時計を取り出しながら、彼に歩み寄った。どうしたのかと言いたげな顔をしている倉持へ、銀色の腕時計を差し出す。

「幸恵の家のスイカ畑に落ちていました。先生の、ですよね?」

「ああ、これは確かに僕のだよ。ありがとう!」

「い、いえ……見つけたのは幸恵なので……」

 友人の手柄を自分のものにするのは気が引けたので、冴子は笑みを浮かべながらも正直に返した。顔が熱くなってしまい、彼と視線を合わせられない。

 倉持は穏やかな表情で頷いた。

「そうか、じゃあ生田さんにお礼を伝えておいてくれるかな」

「はい。あの、先生。一つ、訊いてもいいですか?」

「ん、何だい?」

 本当は倉持を疑いたくはないが、彼への疑念は拭い去らなければならない。私情を押し殺し、冴子はまっすぐ倉持の目を見据えた。

「先生は、西田さんを知っていますか?」

 倉持はほんの数秒黙って冴子を見つめ返したが、すぐに微笑んで返した。

「ああ、知ってるよ。波田町の外れに住んでる西田さんだよね。でも、どうして急に?」

「いえ、先生は西田さんとよく話すのかなと思って……」

「いや、あまり話すことはないよ。たまに帰宅するときに顔を合わせるぐらいだね。最近、夕方も居酒屋で働きだしたって聞いたけど」

「その話は、本人から直接聞いたんですか?」

「うん、そうだよ。何だか、奥さんの病気がひどいらしくてね。それで、自分が働かなくちゃいけないと言っていたよ」

 冴子の中で渦巻いていた疑念が解消され、胸がすっと軽くなっていく。やはり、スイカ畑を荒らしていた犯人は西田だったのだ。しかし、だとすれば彼が幸恵のスイカ畑を二度荒らしたように見せかけた理由、それと種だけを抜き取った理由は何なのだろうか。

 考え込んでいると、倉持が不思議そうな顔をしていたため、冴子は慌てて礼を言って席へ座った。

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