疑問
書いたそばからアゲてますので、ちょくちょく追加されるか訂正されるかしてると思います。
⑤
口頭で大体の説明はあったが、ウドリシテは、なかなかしっかりした紙の資料も作っていてくれた。それは、灰病についての元々ミノワールが持っている数少ない知識を上書きしてくれるものだった。
まず、灰が降ってくるのは、必ず日中であり、日没後に降ったことは一度もない、ということ。
次に、降る時間帯は、毎日数分の違いはあるが、1日3回、朝・昼・夕方、という風に、わりと規則正しいこと。雨が降っても灰は変わらず降ってくる。
灰は、降り始めてから、大体30分ぐらいで止む。
大量に降るわけではないからか、灰が降っていない時に外出しても病気になることはほとんどないこと。
また、過去に自治体から出された「灰を被ってしまったときの行動マニュアル」を見せてくれた。これはミノワールにとっては全くの初見で、彼が牧師に見せてもらうまで存在自体知らなかったものだった。
そのマニュアルには、たとえば、
1.灰を被った際には玄関先で上着を脱ぎ、灰を被った衣類は必ずビニール袋に密閉し
2.灰を被った人はそのまま、出来るだけ人や物と接触せずにシャワーで頭から全身を洗う
3.上着等は必ず他の洗濯物と分けて別に洗濯する
等書いてあった。
灰病の感染経路は、鼻と口で吸い込んだとき、手で触れた灰を知らずに口に運んでしまったとき、目の粘膜からの侵入による感染であり、皮膚からの感染は、今のところ確認されていない。
人と人との間の感染…すなわち飛沫感染等の可能性も、今のところ確認されていない。ウィルスや細菌らしき物も、今のところ検出されていない。
「というか、わからない…と言った方がいいですかね。」
ウドリシテはミノワールに渡した紙片の該当箇所に指を滑らせながら言った。
「なにしろ寝たきりの病人以外、表を歩く機会なんていくらでもありますから、なかなか確認できないんですよ。今のところ、病院での院内感染や、高齢者施設等での感染は報告されていません。
「『報告されていない』というのは、実は、違った意味である可能性はありませんか。例えば、…隠蔽されている、とか。」
と、ミノワールが訊くと、ウドリシテはうーん、と小さく唸り、
「実はですね、私もその辺は、気になって調べてるんですよね。…でも、私の知る限りでは、全く掴めないんです。」
彼は週に一回ずつ、高齢者施設、病院、養護施設に慰問に行っていることをミノワールに伝えた。
「信者の方とお話ししに行ったりね、子供たちにピアノを弾いてあげたりね…そこでも医師や看護師などと話したり、患者さんたちからそれとなく話を聞いたりしてるんですが…全くそういう話は聞かないです。」
ウドリシテは困ったように微笑んだ。
「もっとも、病院でも高齢者施設でも、灰病の患者さんには会えていないんですけどね。」
「会えてない…」
「そうなんですよ。…たとえ軽い症状の場合でも、数時間で重症化することもあるっていうんで、多分完全看護の病棟にでも移るんじゃないでしょうか。…まぁ、灰をかぶる機会が、施設の高齢者や患者さんにあるかどうかは疑問ですけど。」
ふと思い立ってミノワールが尋ねた。
「病室が変わるとかで急に会えなくなったりはするんですか?」
「うーん…今までにそういうケースにあったことは…あるけど、それは本当にICUに入ったとか、という理由でしたね。」
牧師もしばらく考えていたが、やはり思い当たらないらしい。
そもそも一般的に、面会謝絶の患者には、血縁者でもない限り牧師が訪問することなど不可能である。
彼等はしばらく、灰病が伝染病である可能性について話した。だが、話は堂々巡りとなり、ウドリシテは休憩を提案した。
「ミノワールさん。ちょっと休んで、チョコチップクッキーの続きでも摘みましょうか。…コーヒーはいかがです?ハーブティーもありますよ。」
「あぁ、ありがとうございます。コー…」
と言いかけて、ふと彼は言葉を途切れさせた。そしておもむろに口を開いた。
「ねぇ牧師さん…いきなりなんですけど、灰って…どうして日没後は、降らないんだろう。」