突入!インナースペース 1
「船体各部、最終チェック!」
「運行システム異常無し!」
「時空同調レーダー、波動収束フィールド展開機能良好!」
「PSI ブラスター全門、誘導パルス放射機、トランサーデコイ射出機、動作正常。船首装備への回路閉鎖を確認」
「第一、第二PSI パルス反応炉共に正常。PSI バリアジェネレーター起動。システムオールグリーン!」
カミラの指示に従って、ティム、サニ、直人、そしてアランが<アマテラス>船体各部のチェック結果を報告する。訓練どおりのプロセスで粛々と発進準備が整えられる。
「<アマテラス>各部問題なし。発進準備完了!」
<アマテラス>の発進準備が整った事を報告するカミラ。
「IMC了解した。これより発進シーケンスに入る」
「ガントリーローダー移動開始! <アマテラス>、トランジッションカタパルトへ! エントリーポート注水開始!」
格納庫兼メンテナンスエリアの側面扉が開き、<アマテラス>を繋留する搬入機が、ゆっくりとその奥へ彼女を導く。
つい先ほどまで、復旧作業にあたっていた作業員らは、メンテナンスエリアの最上層部に位置するメイン制御室に退避していた。
そのガラス窓越しに<アマテラス>のカタパルト搬入を見守っている。
「おやっさん……大丈夫っすかねぇ……」
作業員の一人が心配を口にする。
他の作業員も口にこそ出さないが、不安は隠せない。
「ばっきゃろぅ。お前らは、やる事きっちりやったんだろ? なら自信持て!」
復旧作業後、ロクにテストもできていない状況。不安になるのも無理はない。アルベルトは部下に言いながら自分にも言い聴かせる。
「無事に帰って来いよ……」
閉まり行く扉の向こうに消えていく<アマテラス>に精一杯の見送りの言葉を送った。
「<アマテラス>トランジッションカタパルトへ侵入」
「カタパルト電磁固定確認、磁気浮揚開始。ガントリーローダー解除!」
<アマテラス>を搬入してきたガントリーローダーが後退すると共に、<アマテラス>の船体は磁気により浮き上がる。船体両側面に展開されたカタパルト射出装置が、<アマテラス>の折りたたまれた4枚の翼の裏面に電磁力で接合し、浮揚した船体をホールドする。
この時代、PSI技術と共に開発されてきた時空間コントロールによる重力、慣性制御は異空間突入時の時空間情報に与える誤差が大きいため、この区画には旧世紀からのテクノロジーが生かされていた。
「<アマテラス>発進位置! 現時空座標同期開始します」
IMCのコンソールに設置された、<アマテラス>発進シーケンスモニターの中で、カタパルトを示すランプが黄色に点灯し、『発進待機中』と表示されている。それを確認し、藤川は<アマテラス>ブリッジのインナーノーツに呼びかけた。
「今回のミッションは、対象者『亜夢』の表層無意識のPSIパルスに同調、そのまま可能な限り個体無意識深層域に降下……彼女の覚醒の原因を特定し対処にあたる」
インナーノーツの面々はモニター越しの藤川に注視している。
<アマテラス>を射出するトランジッションカタパルトの電磁固定装置は、<アマテラス>の船首側を斜め下方に向けたまま彼女を抱きかかえている。その先は暗闇に閉ざされたトンネル状の通路となっており、内壁の上下に一直線に並んだ誘導センサーの微かな灯火が奈落の底へと誘う。
『天の岩屋』
誰が言い出したのか、技術者の間では<アマテラス>と対応させて、この空間をそう呼び習わしているらしい。
藤川は続ける。
「表層無意識層のPSIパルスとの同調を維持したまま、君たちが深層の無意識層と接触する事で、何らかの解決の糸口が見つかると考えているが……」
そこまで説明し、言葉を一度切る。藤川は一瞬、顔を曇らせ、しばし沈黙した。
『……所長?』訝しげに尋ねるカミラ。
「いや……とにかく原因究明をまずは優先してくれ。貴美子、そちらの状況は?」
<アマテラス>ブリッジのメインモニターにもう一つ通信ウィンドウが立ち上がり、亜夢が保護されている区画の映像が立ち上がる。
貴美子とIMSのメンバー2人、真世の姿が見える。皆、防護服のヘルメットを着用し直し、亜夢の生体維持に奔走している。更にもう二人の医師が応援に駆けつけていた。
通信の呼び出しに気付いた貴美子が、モニターに近づいてくる。
『先ほどの発作は幾分落ち着いたわ。でも、発作の間隔が夜間より短くなってきている……』
「これより亜夢への療法を対人インナーミッションに完全移行する。受け入れスタンバイは?」
『準備OK! 今なら……いけます!』
貴美子の後ろで、亜夢の結界水槽に備え付けられた、対インナーミッション設備を齋藤と共に操作しながら、IMSリーダー如月は答える。如月の言葉は、突入のチャンスは、この発作のわずかな合間しかないことを告げていた。
「うむ、ではこれより突入を行う!」
「現〇七四九、ミッションスタート!」
藤川に続けて、東がミッションの開始を宣言する。
「スロットル最大! 突入出力へ!」
カミラの発令に呼応して、ティムがスロットルを開放していくと、突入時用燃料タンクよりPSI精製水(PSIを現象界で物理作用させる情報がインプットされた水。現象界と隣接次元の狭間にあるような半現象化した物質ともいえるもの。現象界でPSI のエネルギーを保持したり、利用する為の媒体としてスタンダードに利用されている)が、PSIパルス反応炉に一気に流れ込み、炉内で青白い発光を伴いながらそのエネルギーを解放する。
<アマテラス>の体内に"血"が通い始めると、彼女は目覚めの脈動に全身を震わせた。
「第一PSI バリア展開! 現時空座標パラメーター入力!」
第一PSIバリアは、余剰次元空間インナースペースで<アマテラス>の船体及びその内部の時空間に現象界を保持する、いわば命綱である。青白い微かな発光が、<アマテラス>の船体を包み込んでいく。
「エントリーポート注水完了! 突入次元パラメーターLV1セット! トランジッションカタパルト射出速度設定、地球自転速度補正、マイナス一コンマ三!」
アイリーンと田中は、突入直前の設定を一つ一つ確認しながら的確に進めていく。
「最終シーケンスへ! カウントダウン、入ります」
ティムはカタパルトの操作レバーに手をかけ、その時を待つ。
『十……九……八……』
機関の唸りが高潮してくる。
<アマテラス>後部のバーニアから青白い発光が漏れ出す。
『七……六……』
カタパルトのリニアレールに稼働を示すライトが灯り、奈落の底を照らし出す。
『五……四……三……』
エントリーポートに注水されたPSI 精製水が球体状の時空変異場の形成を始め、それによって現象化した電磁場の発光が朧げに見え始める。インナーノーツ全員の視線はブリッジモニターに映るその光景に引き寄せられていた。
『二……一‼︎』
「<アマテラス>発進!」
カミラの発令とともに、ティムがカタパルトの操作レバーを一気に引き倒す。
約一キロメートルほどのトランジッションカタパルトを勢いよく滑り出す<アマテラス>。
この射出装置はリニアレールにより、時速約三百キロメートルまで加速する。(<アマテラス>が突入する、エントリーポートに形成される空間変異場は異空間側からも現象化により電磁場が発生し、抵抗となる。この場を突破するための推進力を得る為のエネルギーを運動エネルギーで補う)
加速Gがブリッジのクルーらをシートに押し付けながら数秒で奈落の底へと落ちて行く。
<アマテラス>の眼前に虹色に浮かぶ光球が瞬く間に迫ってくる。
その直前で電磁固定装置から解放され、その勢いのまま<アマテラス>は光球へと突き刺さって行く。
電磁場がプラズマ化し、激しい稲光に<アマテラス>が包まれると、一瞬にしてエントリーポート内は空になった。
わずかにプラズマ化した水分子がチリチリと発光を残しながらエントリーポートのドーム内を舞っている。
<アマテラス>ブリッジ内のモニターは全て白くホワイトアウトし、船体は激しい振動に包まれながら、前へ前へと『落ちて』行く……