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想いは永遠に 1

『……優しく……してね』

 

 吐息混じりの嬌声に、男は、崩壊してゆく理性を留める事なく、無造作に手を伸ばす。

 

「ゆ……ゆりちゃん」「……やっぱり……だめ……」

 

 男の丸い指先は、空を切る。ゆりは、恥じらうように身を捩らせると、男に背を向け俯く。

 

「ゆりちゃん……大丈夫だよ、ゆりちゃぁん」

 

 男は、ゆりのその背に覆い被さるようにして、両腕で彼女を包み込む。ゆりは男の腕の中で小さく肩を震わせる。

 

『……あたしのこと……好き?』「あ……ああ、好きだ! 大好きだ!」

 

『……あたしも……』

 

 嗚呼、何度とこの瞬間を、夢見たことか!

 

 男は、強引にゆりの顔を自らの方へ向けると、儚げに震える薄い花弁へと、呼気を荒げ、唇を尖らせながら迫る。

 

 ゆりは、ゆっくりと目を閉じ、男の全てを受け入れようとしている。

 

 二人の唇が重なろうとした、その瞬間、男の無精髭に包まれた、四角い二重顎に、ゴッ! という鈍い音と共に、骨まで響く、強烈な衝撃が走る。その弾みで、尖らせていた唇は潰れ、舌には、自らの下歯が突き刺さっていた。

 

「ッツウウ‼︎ ゆ……ゆりちゃん‼︎」

 

 下顎に食い込んだ操作パネルを、怒り任せに引き離しながら、男は辺りを見回すが、ゆりはどこにもいない。灯の落ちた、狭く無機質な『オモトワ』セッションルームにただ一人、男は取り残されていた。

 

 ——只今、ネットワークエラーが発生しております。復旧まで、しばらくお待ちください。——

 

「お……おい……嘘だろ! おい!」

 

 操作パネルに大きく表示されたトラブル告知画面に、男は、肉厚な手を何度も叩きつける。

 

「ゆりちゃん! 出てきてよ、ゆりちゃん!」

 

 何度も、操作パネルの情報更新を試すも、一向に変化はない。

 

「ちくしょう‼︎」

 

 その小太りの男は、勢いのまま立ち上がり、椅子を蹴倒すと、セッションルームから飛び出す。

 

「おい! 俺のゆりちゃんを……」

 

 言いかけて、男は息を呑む。

 

 部屋の外には、既に人だかりが出来ていた。

 

 ここは、都内のオモトワ専門直営店であり、セッションルームも大小五十部屋を完備。平日であっても、利用者や待機者で溢れているが、どうやらその五十部屋、尽く一斉に通信エラーとなり、部屋から出た利用者らは、不満を露わに店舗従業員に説明を求めていた。

 

 従業員区画に雪崩れ込みそうな利用客らを、若い従業員二人と、数台のサービスアンドロイドが、必死になって押し留めている。

 

『たいへん、ご迷惑をおかけしております!』

 

 不意の館内放送に騒めきは次第に消えてゆく。

 

『現在、サーバー側で、何らかのトラブルが発生しております。状況を本社に問い合わせしておりますが、今のところ、復旧の目処は立っておりません!』

 

 驚愕と落胆に彩られた不満の声が、一斉に溢れ出す。一方、震災二十周年キャンペーンで長い順番待ちの末、ようやく亡き家族との面会にこぎ着けたのであろう、込み上げた感情のやり場の無いまま、泣き崩れる利用客もいる。

 

「冗談じゃねぇぞ!」「やっと順番回ってきたのよ! 何とかしてよ!」「す……すみません!」「早く直せよ!」「あっ! ここは入らないで!」

 

 館内放送は、不満を鎮静化させるどころか、一層焚きつけてしまった。直営店のホールは、再び混乱の坩堝と化してゆく。

 

 

 ****

 

「……ええ、ありがとう。こちらでも状況は察知しました」

 

『そうでしたか』

 

 IMC室内に上杉の落ち着き払った声音が響く。警察庁ヴァーチャルネットセキュリティ課より『オモトワ』サーバーの異変の報せを受け取った上杉は、捜査協力を仰いでいたIN-PSIDへ、急ぎその旨を伝えてきた。

 

「オモトワの運営側に、我々のアクセスを察知される事を想定して、こちらのサーバーにバックアップデータを構築していたのでな」

 

 藤川は、静かに返答する。

 

『流石です。では、そちらには特に影響は?』

 

「ええ……まあ……」藤川は言葉を切り、IMCスタッフらの顔を見回す。皆の表情は硬い。オモトワによって構成された情報空間より、未だ<アマテラス>は、帰還できずにいる。

 

「しかしこのタイミングでオモトワのサーバートラブル……やはり運営側に何か?」

 

『そうですね。詳しくは申し上げられませんが、どうやら我々は少々、後手に回っているようです』

 

 オモトワのサーバー異変にやや遅れて、移動中の上杉と葛城の元に、オモトワ運営会社と彼らが向かう"現場"、及びその関係施設への緊急家宅捜査の令状が、ようやく降りた旨の通達があった。

 

 口をへの字に固く結び、アクセルを踏み込む葛城が、横目で見た上杉の視界に入る。

 

 上杉は続ける。『これはあくまでも勘ですが。この事件、背後に何か大きな陰を感じます。オモトワ以外にも、何か動きがあるかもしれません。くれぐれもご用心ください』

 

「わかりました」

 

『それでは、失礼』「では」

 

 上杉と藤川は短く挨拶を交わすと、通信を切った。

 

「大きな……陰。所長、いったい……」

 

 事件の規模、そしてこのミッションを通して明らかになった、オモトワに関わる、高度な技術体系。

 

 インナースペース、及びPSIテクノロジーにおいて、世界最先端を行くIN-PSIDと同等か、部分的にはそれを凌駕する技術力は、一民間企業の範疇を超えていた。『オモトワ』のバックには何かある……東のみならず、このミッションに携わったスタッフは皆、その得体の知れない気配を感じとっていた。

 

「……さぁてな。それより我々はこっちだ」

 

 藤川の視線の先には、<アマテラス>から刻一刻と送られ、30秒遅れでビジュアル再構成された、インナースペースの風景が広がっている。<アマテラス>からの音声も、同時に送られてはいるが、IMCから<アマテラス>への通信は、先程から滞り、交信は未だ、回復していない。

 

「東くん。バックアップした『オモトワ』のデータだけで、あとどの程度、<アマテラス>の居る時空間を維持できる?」

 

「は、片山さんの試算では、三十分程度です。その間に彼らを」

 

 IMCスタッフらは、固唾と共に、東の言葉を飲み込んだ。

 

「うむ」藤川は、IMCスタッフらの方へと向きなおり、静かに口を開く。

 

「まだ時間はある。何としても、彼らを引き揚げるぞ」「はい!」藤川の言葉に、口を揃えて答えながら、IMC の一同は、自らを鼓舞していた。

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