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混濁の柩 5

 直人の瞳は、赤黒く明滅する焔の群れに引き寄せられたまま、微動だにしない。その群れは、蠕動を繰り返しながら一つ、また一つと次第に大きくなりながら、下方より迫り来る。それに呼応するかのように、<アマテラス>を揺さぶる空間の震動も増幅されていく。

 

「データ照合、エレメンタル識別! ……やはり、あれは『サラマンダー』だ!」

 

 カミラは、モニターに映る焔の行列を睨め付けたまま、アランの報告を受ける。

 

「じゃ……じゃあこの辺りの水も、まさか……」ティムの問いにアランは空かさず答える。「ああ、それもデータが一致した。……例の『メルジーネ 』だ」

 

「メルジーネ……」サニは、先日『オモトワ』で感じ取った感覚を思い出していた。あの感覚は、気のせいではなかったのだ。

 

「って! なんで⁉︎ ここはセンパイの……なんでセンパイの心の中に、アイツらが⁉︎」

 

 サニは声を上擦らせる。

 

「エレメンタルは、人の集合無意識にある表象よ。だとしたら、PSIシンドロームのなかで、二十年前の直人が、彼らを感じ取っていたとしてもおかしくはない……けれど……」

 

 カミラは言いながら、アランの方に視線を送る。

 

「ああ、データ照合率が八〇パーセントを超えている。今、俺たちが見ているこの心象は、あの亜夢の心象と、ほぼ一致している!」

 

 直人がモニターに見入ったまま、インナーノーツ一同の視線を一身に感じたその時、更に強い震動が、<アマテラス>を包み込む。

 

 

 ……我は…………貴方を……

 

 …………貴方と……共に……

 

「両舷スラスター最大! ティム、船をキープして!」「やってますよ! 目一杯です‼︎」

 

 ブリッジ内にスラスター噴射音の悲鳴が鳴り響く。振動は、一向に終息しない。

 

「無駄だ! この衝撃は、<セオリツ>が受けたものが、そのまま<アマテラス>に伝わっている! 船体制御は、エネルギーを消耗するだけだ! PSIバリアにのみエネルギー供給を集中し、ダメージコントロールに徹するべきだ!」アランの状況分析に、カミラの顔をしかめる。<アマテラス>は、未だ<セオリツ>の影響下にあった。

 

「くっ……ティム!」「了解!」

 

 スラスターの噴射音が終息するにつれ、けたたましい警告音、倚音、爆発音が立て続けに<アマテラス>のブリッジに鳴り響く。モニターは閃光と共に像が乱れ、赤黒い飛沫がモニターに飛散する。

 

『……ぐぁぁぁ‼︎ ……』

 

「父さん‼︎」

 

 <アマテラス>に襲いかかった衝撃は、<セオリツ>の脆弱なPSI バリアの許容限界を凌駕していた。<アマテラス>が辛うじて耐え忍んでいる衝撃も、<セオリツ>には、致命的なダメージをもたらしている。苦悶する直哉に、直人は必死に呼びかけるも、その声は届くはずはない。

 

 一方、<アマテラス>からの光景は、IMC へも三十秒ほど遅れて届けられている。

 

「風間さん‼︎」東は思わず声を上げていた。二十年前、<セオリツ>との通信が途絶し、直哉によって封印されていた記録。そこには、通信を絶った<セオリツ>が、深刻なダメージをきたしながらも、必死に船を立て直し、活路を見出そうともがく、直哉の声、息遣い、生きようとする身体活動の全てが記録されていた。

 

「お……おじいちゃん……胸部、腹部、左腕一帯に外傷のサインが……脈拍も急激に上昇しています……この傷では……風間くんのお父さんは……」

 

 バイタルデータ化された直哉の身体情報をモニタリングしていた真世が、唇を震わせる。

 

「直哉……」脚の古傷の疼きが、藤川を当時の記憶へと誘う。

 

「馬鹿野郎め……」IMCと同期したモニターを<アマテラス>メンテナンス区画の制御室で見守っていたアルベルトにも、その様子に当時、直哉を生還させられなかった悲痛な記憶が、フラッシュバックしていた。

 

 <アマテラス>の状況データが、もう一つのモニターに随時更新されている。いく分、ダメージの報告は見受けられるが、<アマテラス>はよく耐えている。<セオリツ>と直哉の生体記憶データがあればこそ、<アマテラス>には過酷なミッションにも耐えうる性能を与える事ができたのだ。

 

「風間……アイツらはまだ、お前の元にはやらんぞ……」アルベルトは、奥歯を噛み締めながら、コンソールへ向き直り、<アマテラス>の脱出に向けた、行く通りものシミュレーション作業に戻る。

 

 

 ****

 

 午前十一時半を廻る頃、長期療養棟は、昼食時の賑わいを帯び始めていた。

 

 神取は、部屋の片隅に置かれた椅子に腰掛け、切れ長の両目を細めたまま、亜夢の息衝きを見守っていた。

 

 柔らかな寝息を繰り返す、亜夢の横顔は、穏やかだ。いっ時、目覚めかけていた、熱を帯びた気質は、鳴りを潜め、見開かれていた瞳にも瞼がおり、今は再び深い眠りへと落ちている。

 

 亜夢が眠りに落ちて間もなく、担当看護師が、病院棟の回診から戻った主治医を伴って、一度戻ってきたが、主治医は、亜夢の容態は安定していると判断、神取の申し出を了承する形で、引き続き、彼女の付き添いを、彼に任せていた。

 

 神取は、亜夢の意識下に潜んだ神子の意識を追って、異界へと向かった玄蕃からの思念伝達により、<アマテラス>の動きを追っていたが、亜夢の眠りに伴って、玄蕃からの思念を感じられなくなっていた。

 

「玄蕃……何をやっている……」

 

 神取の口から、抑揚の無い声音が溢れたその時、亜夢の、ほの紅く色付いた蕾のような、ふっくらとした唇が、微かに揺れ動く。

 

 何か、言葉を発しているようだ。神取は立ち上がり、亜夢の顔を覗き込む。

 

 亜夢の唇は、次第に動きを増す。どこか異国の言葉のように聞こえるうわ言を、仕切りに発していたが、神取が耳をそばだてているうちに、日本語も時折、入り混じって聞こえ出した。

 

「……どう……して……死ぬ……の……」

 

「……いや……死ぬ……のは……いや……」

 

 神取は、あの焔の揺らめきを、再び亜夢の中に感じ取っていた。

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