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混濁の柩 4

 浄水タンクに覆いかぶさるように、その場に円形に整えられた、舞台のような巨石が浮かび上がってくる。貯水区画の像を残しながらも、あたりはいつの間にか、切り揃えられた巨石で組み上げられた、壁面に姿を変えていた。その壁面は頭上高くまで聳え、その表面を伝い、いく筋もの滝のような水流が、円形の舞台へと流れ込んでいる。

 

 水は清らかな光を放ち、磨き上げられた鏡面の如く、中央の円形の舞台を四方から映し出す。

 

「……これは……あの時の……」

 

 そこが、亜夢の深層無意識の中で見た、祭壇のような建造物とそっくりである事に、直人が気付いた時、その祭壇を取り囲む滝の水鏡には、いくつもの、人の影のような像が映り込んでいた。

 

「田中、<アマテラス>周辺のビジュアル再構成はまだか?」IMC中央モニターの歪みを伴いながら、断片的に映し出される<アマテラス>との通信映像に、東は苛立ちながら声を投げかける。

 

 つい今しがた、<アマテラス>からの単指向性通信で送られてきたデータが確認され、田中はIMC階下、PSIテクノロジー安全対策課の片山らと連携して、そのデータのマッピング、及びビジュアル再構成処理を急ピッチで進めていた。

 

「まだっす! ……って……そんな簡単にいかないっての……」トライアンドエラーを繰り返しながら、処理を進める田中は、東のせっつきに口を尖らせる。

 

「何か言ったか⁉︎」「い……いえ!」

 

 東はメインモニターに向き直ると、幾重にも現れるノイズに揺らめく、不鮮明な映像に目を凝らす。

 

「二十年……閉ざされていた直哉の最期の記憶……どうやら彼らは、そこに足を踏み入れたようだな……」

 

 藤川は、モニターに食い入る東の横に並び立ち、彼が見つめるモニターへと顔を上げた。

 

「ええ……。直人の固有PSIパルスが、解除キーだったようです」東の返答に、藤川は黙したまま頷く。

 

「なぜ……風間さんはこのデータを封じていたのか……所長……我々は、このままアクセスを続けても、良いのでしょうか?」

 

 東は視線をモニターに残したまま、藤川に問いかける。藤川は、その東の背に、軽く手を添えながら口を開いた。

 

「……受け止めよう、東くん。どんな事実でも……直人と共に」

 

 東は、その言葉を噛みしめるように、ゆっくりと頷く。

 

「ビジュアル再構成、時空間プロット完了しました! <アマテラス>船内時間との時差、三十秒程で再生します」

 

 田中の発した声にIMC一同は顔を上げた。

 

 

 ****

 

 早朝からの雨風は一段と勢いを増し、その荒声を、『御所』と呼ばれる屋敷に叩きつけている。その屋敷に住まう者が、いかに高貴な者であろうと、雨風の知るところではない。閑散とした自室の中央で、老翁は無垢なる自然の振る舞いに苦笑しながら、眼前に置かれた鉢植の五葉松に手を入れる。所々、不揃いに伸び始めた枝葉を、さ手にした鋏で淡々と落としていく。

 

「長、警察が動き出しました」

 

 閉め切った障子の向こうに、再び黒づくめの部下が報告に戻ってきた。

 

「そうか……」老翁は、手を休める事なく返事を返す。

 

「万事……抜かりあるまいな?」閉め切った障子の向こうから、軽やかな剪定の音に乗せ、老翁が問う。

 

「はっ、全て手筈どおりに」声の方へ、黒づくめの男は、恭しく頭を垂れたまま答える。

 

「なら良い。あとはお前に任せる。下がって指揮をとれ」「はっ……一つよろしいでしょうか?」

 

「ん?」「神取様の方は、如何様に?」

 

 返答は無い。

 

「……万が一、異界船を追って『刈り場』に入り込んでいるような事があれば……」男は続けた。

 

「あやつから、何か連絡は?」「いえ……」

 

「ふん……構う事はない。あやつなら、自身の身くらい、自分で守れようて」

 

「……し、しかし……神取様は……」

 

 バチンと、鋭く枝葉を断ち切る音が鳴り響く。その音に黒づくめの男は、瞬時に背筋が強張るのを感じた。

 

「くどい。もう下がれ」「はっ……」

 

 障子の向こうの気配は、音もなく消え去る。老翁は、落としたばかりの枝葉を手に取り、表裏と返しながらジッと見つめる。

 

 山峰の向こうで、雷鳴が低い唸り声をあげていた。

 

 

 ****

 

 ……あなたは言った……

 

 ……人は元々望まれぬ存在……

 

 

 ……あなたは言った……

 

 ……人は滅びるべき種であるのか……と……

 

 ……それが定めであるなら受け入れよう……と……

 

 ……人の世が滅びるなら滅べばいい……と……

 

 

 ……そしてあなたは言った……

 

 ……だから共に生きよう……たとえ僅かな時であろうと……

 

 

 ……なれど……

 

 

 モニターに映り込む、滔々と流れる四方の水流が手足を伝って身体の中に流れ込むような感覚に襲われながら、直人は、何度も意識の裡に反芻されるあの声が身体の隅々に拡がっていくのを感じ取り、ブリッジの仲間達を見回した。

 

「どうした?」隣席のティムと視線がぶつかる。

 

「い……いや……」直人は正面のモニターに向き直る。この声、仲間達には届いていない。

 

 彼が無意識のうちに『アムネリア』と感じ取った、あの者の穢れを知らぬ声音は、時に乱れ、あたかも暴風に煽られた高波のようになって、直人の胸の裡に打ち寄せてくる。

 

 

 ……なれど……

 

 ……半身とはいえ……人となり……人として……

 

 ……貴方と共に過ごした時間……

 

 ……人であらねば感じ得ぬ、情動……

 

 ……何もかも……皆、愛しい……

 

 ………………

 

 ……たとえ、限られた生であっても……

 

 ……我が身をもって……

 

 ……我は、貴方を……

 

 ……人を……

 

 

 身体の体液が波打つ。それが溢れ出ないように身を硬直させ、湧き上がるものを必死に堪えようと、直人が思わず胸を抑え込んだその瞬間、激しい警告音が、ブリッジに鳴り響く。

 

「波動収束フィールド縁辺域に高エネルギー反応! これは……次元震……来ます‼︎」

 

 サニが声を張り上げたのとほぼ同時に、巨石の壁面が波打ち、その表面を伝う四方の滝状の水流が、無数の蛇のように絡まり合い、のたうちまわる。

 

「PSIバリア、出力最大! 対ショック防御‼︎」カミラの発令より早く、<アマテラス>に、巨大な鳴動が襲いかかる。各々のコンソールにしがみつき、衝撃に耐えるインナーノーツ。

 

 ……我が身を……

 

「下方一帯、さらに現象化が進行、熱反応を確認! ビジュアル投影します!」

 

 サニが、ブリッジ前方のメインパネルの表示を切り替えると、<アマテラス>下方に広がる深い闇に赤黒く明滅する無数の光源が、彼女を取り囲むように、緩やかな回転を伴いながら、昇り来る様が映し出された。

 

「あれは……火? いや、マグマか!」モニターに目を凝らし、ティムが声を上げる。

 

「……水と……火の世界…………これは、まるで…………アラン!」「ああ、今やっている!」

 

 カミラとアラン、いやインナーノーツらは皆、その光景に、奇妙な既視感を覚えていた。

 

「どうして……なぜ……きみが……"きみたち"が……」


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