混濁の柩 3
渦を巻く、激しい水の流れは、螺旋を描きながら何処までも流れていく。
全身が引き千切られそうになりながら、それでいて、ありとあらゆる感情が入り混じり合う奇妙な感覚に、直人は身を任せていた。
心地の良い世界。意識が遠のいていく。
……再び一つに戻る……ただそれだけ……
……それだけなのに……何故……
直人の意識の内から、湧き出るように聞こえてくるあの声。
……アム……ネリア…………そうか、俺はキミと……
……キミと一つに……
直人の意識の瞳が、ゆっくりと閉じていったその時、閉ざされた視界の中で、一点の焔が揺れた。
……イヤ! ……
……死ぬのは……イヤ‼︎ ……
……生きる! ……あなたと共に! ……
焔が瞬時に燃え盛り、直人は、瞼を焼かれるような感覚を覚えながら、瞳を開けた。それと同時に、何者かに自分の腕を掴まれている感触を覚える。
……センパイ! ……
……サニ? ……
……こっちよ! 早く! ……
……もう……いいよ……なんか……もう疲れた……このまま……
……バカ! お爺さんの言葉、忘れたの⁉︎ ……
……じい……ちゃん……
掴まれた腕に、痛みと幾らかの温もりを感じる。
……命を粗末にするな……
今朝の祖父の言葉が蘇る。その瞬間、水流の中で、直人の腕を必死に捕まえていた、サニの意識体が浮かび上がってきた。
……お爺さんとの約束だから。絶対連れて帰るから! ……
……サニ……
サニを見上げた直人は、その後方で、チカチカと点滅を繰り返す光点を認める。
……隊長よ! 早く戻らないと、うるさいよ……
苦笑気味に語りかけてくる、サニの意識体。
その言葉と共に、ブリッジの光景が、直人の意識の中に拡がってくる。カミラ、ティム、アランが、深刻な面持ちで、ブリッジに残した自分の肉体を見守っているようだ。その感覚に、直人の意識体は、困惑したような笑みを浮かべていた。
……帰ろ、センパイ……
……ああ……
直人とサニは、光点の方へと意識を指向する。
その光点の方から発せられる、強い引力に引かれ昇っていく。その刹那、直人は自分の意識から、何者かの気配が離れたのを感じた。その気配は、反対の闇の方へと落ちていく。
……アムネリア⁉︎ ……
「……っ⁉︎」直人は全身にかかる肉体の重みに、全身を強張らせていた。
「大丈夫か? ナオ?」心配気に覗き込むティムに、直人は生返事で無事を伝える。後方で、サニもゆっくりと、身を起こした。
「お帰りなさい。ナオ、サニ」
カミラは二人の心身状態を確認しつつ、二人の回収に使用した、誘導パルス放射機を格納する。
直人の視界が肉眼に馴染んでくると、<アマテラス>のモニターに映る、仄暗い水底の光景が飛び込んできた。先程まで見えていた貯水槽区画は、まるでその水の中に溶け込んでしまったかのように、揺ら揺らと像を浮かべ、正面には<セオリツ>のPSI ブラスターによって、ぽっかりと口を開けた浄水タンクが、静かに佇んでいた。
「……ここは……」
同じだ、と直人は思う。
「亜夢……」
ファーストミッション、亜夢の深層無意識で見た心象風景に酷似した、あの海底の闇だ。
「アラン、どう?」カミラが問う。
「残念ながら……。時空間プロットは何とか出来たが、脱出経路はまだ……」直人とサニの変性意識アクセスにより得た、時空間情報の解析にあたっていたアランは、首を横に振り答える。
アランは続けた。「ここはいくつもの意識が重層的に折り重なった、一種の時空交叉特異点を形成している」
「いくつもの意識?」「ああ。直人の父親、過去の直人の意識、そしてそこに共鳴する現在の直人の意識……」直人は、俯いてアランの言葉を受け入れる。
「だが……どうもそれだけではなさそうだ……」
アランは、深く仄暗く閉ざされた<アマテラス>正面のモニターを見据える。
「アラン、そのデータ、IMCへ送れるかしら?」
「通信状況は芳しくないが、指向性送信なら何とか……」「送るだけ送っておいて頂戴」「了解した」自席のコンソールに向き直り、アランは淡々と、データ送信作業を進める。
『……やったのか? ……センター長! ……東! ……直人は⁉︎ ……』
<アマテラス>ブリッジに響く父の声に直人は顔を上げる。<アマテラス>は依然として<セオリツ>に取り込まれたままであった。
『……イ……ルス……反応……ベル……』
途切れ途切れに、<セオリツ>へと入電する、若き日の東の声が、幼い直人の、精神活動の反応に、回復の兆しがある事を伝えている。
『……<セオリツ>……活動限界……で、あと三十分……直哉……急いで……』
当時の藤川の声が、早急な帰還を促している。
『……了解。これより帰投し……』
言いかけた直哉の声音をかき消すかのように、ノイズ音が空間を歪める。
『……センター長! くっ……ダメか……』
『……ん? …………なっ……』
「なんだ、あれは⁉︎」モニターの様子を窺っていたティムの声が、直哉の声音に重なった。




