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混濁の柩 1

 車窓に流れる日本海は、南中の日差しを浴び、水面に無数の宝玉を散りばめている。

 

 日本海沿岸をひた走る観光列車は、小気味良くくり返される、レトロな列車の振動を"演出"(慣性制御された車内は、停車時のままの慣性系を保っており、乗客は思い思いに車内を歩き回っている)しながら、時速百キロメートル程度の、ほどよい低速度で南下していた。西側の窓は全面ガラス張りとなっており、目の前に広がるオーシャンビューの大パノラマに、乗客らは思わず息を飲む。

 

 IN-PSIDを出て二時間半程、風間勇人は、車中の人となっていた。二階建車両の展望デッキに上がり、そこに設えられた車内レストランで、少し早めの昼食を取り終え、車窓に流れる日本海を眺めながら、運ばれてきた食後の紅茶を一口啜る。習慣で、たっぷりと砂糖とミルクを混ぜ込んだ紅茶は、何とも味気ない。

 

 今朝、貴美子が淹れてくれた紅茶の味が、舌の上に蘇る。

 

「あれくらい、濃い目に出してもらわんとな」勇人は苦笑しながら、カップの中の白濁した紅茶を見つめる——

 

 

「直人の無意識が……望んている?」

 

 椅子に深く腰掛け、軽く瞑目していた勇人は、藤川の言葉にそっと目を開く。ティーカップの中で、褐色の液面を、乳白色の靄が覆い隠しながらゆっくりと舞を舞っている。

 

「どういう意味だ、コウ?」訝しみながら、勇人は問いただす。

 

 藤川は口を閉ざすと暫し俯き、それから再び顔を上げた。藤川の口から、静かに言葉が流れ出す。

 

「……直人の深層無意識には、根深い闇が横たわっている」

 

 藤川は、勇人の視線から逃れるように、空になっていた自身のカップに、コーヒーを注ぎ込む。

 

 白いカップは、滔々と流れ込む深い闇で満たされていく。藤川は、その液面に浮かぶ、自身の写し身を見つめながら、言葉を繋いだ。

 

「インナーノーツには、職種柄、いくつもの心理検査を、日々受診してもらっているな」カミラとアランは、相槌を打ちながら、藤川の言葉に傾聴する。

 

「個人差はあれど、皆、心に色々と抱えているのはわかっている。それについては各々、日々のメンタルケアやトレーニングでコントロールできるよう、プログラムも組んでいる。だが……」

 

 藤川はコーヒーカップを手に取り、軽くカップを二、三度揺する。液面に映る自分の顔が、無様に掻き乱される。

 

「直人の抱える問題に対しては、十分なケアをしてこなかった。……いや、私が、それを留め置いてきたのだ……」

 

「なに……⁉︎」勇人は身を乗り出して、色めき立つ。カミラとアランも、初めて耳にする話に驚きを隠せない。対照的に東、アルベルト、それに貴美子は、押し黙っている。

 

「チーフも知ってて? どういう事……ですか?」カミラの問いかけに、東は、藤川を窺い見る。

 

「コーゾー。先日の、PSI波動砲テストの件もある。いい加減、もう話すべきだろう」

 

「うむ……」藤川は、コーヒーを一口含むと、カップを皿に戻し、そっと顔を上げて、その場の一同を見据える。

 

「……直人の心の、闇の深さ……それはインナーノーツ適性検査の時点で、明らかだった。そして、その要因も、おおよそ察しがついていた」

 

 訊き返す言葉もなく、一同は、藤川の言葉を待つ。

 

「二十年前……JPSIO水織川研究所一帯を襲った地震……あの地震は、多くの死傷者を出したばかりではない。当時はまだ、広く認知されていなかった『PSI シンドローム』を、世に知らしめる事となった。未だに、その症状に苦しんでいる人々は、数え切れない……」

 

 藤川の言葉に貴美子は、真っ先に愛娘、実世の顔が思い浮かぶ。

 

「……直人も、あの地震で『PSI シンドローム』を発症した一人だ」

 

 息を飲むカミラとアランの頬を、テラスから部屋に舞い込む風がそっと撫でていく。

 

「直人は、地震直後から急性症状を引き起こし、二日ともたない状況だった」

 

「急性PSI シンドローム……ですが彼は…………まさか、PSI クラフトを⁉︎」カミラはこれまでの話から、藤川の話の核心に、気付き始めていた。

 

「ふん……察しが良いな、カミラ」アルベルトは言葉を挟みながら、藤川に先を促す。

 

「そう……二十年前、JPSIOでは、既にPSI クラフト試作機、<セオリツ>を完成させていた。そして、直人は、PSIクラフトによる対人インナーミッションの、最初の対象者となった」

 

「直人が……最初の……」カミラから震え溢れる声に、藤川は静かに頷き返す。

 

「テスト段階にあった<セオリツ>を、その開発主任であった直人の父、直哉が自ら操縦し、直人の深層無意識へと向かった」

 

 藤川は、コーヒーの液面を見つめたまま、言葉を切る。左脚の古傷が、鈍い唸り声をあげているかのようだ。その痛みに藤川は、一瞬顔をしかめるが、すぐに呼吸を整えると、再び口を開いた。

 

「……直哉の処置はなんとか成功し、直人は再び目を覚ました……だが直哉は、帰ってはこなかった」

 

 沈黙が、部屋を包む。

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