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眠れる少女 5

 さっきまで直人をからかってはしゃいでいたサニの顔から急に血の気が失せている。その視線の先に、インナーノーツ一同も視線を向ける。一同は顔を強張らせた。

 

 IMC中央の卓状モニター(卓面がモニターになっている)には異様な光景が映し出されている。

 

 海……海底なのだろうか?

 

 しかし青く澄んだ海ではない。赤黒い水流のような流れが、とぐろを巻く蛇のように渦を巻く。その奥には海底火山のような隆起が次々と沸き起こり、噴煙を撒き散らし、その傷口から溶岩を垂れ流す……

 

 よく見ると流れ出す溶岩は人の手や足のような形を作っては溶け、また形作っては溶けを繰り返す。

 

 溶岩だけではない。とぐろを巻く水流の先端は人の顔のようなものを形成し、苦悶の表情、笑ったような表情、怒りの表情……様々な表情を作っては水流の中に引きちぎられるように溶けていく。その一つが、モニターの表面に向かって跳ね上がり、弾け飛ぶ。

 

「きゃぁ!!」

 

 驚いたサニは直人の腕に思わずしがみついてしまう。

 

 あまりの光景に、一同身動きがとれない。

 

 一つのウィンドウが割り込み、ある少女のカルテのデータが表示された。

 

「ここのPSI重管理区で保護している『亜夢』と呼ばれる少女だ」

 

 東が単刀直入に言葉の堰を切る。

 

「……呼ばれる?」

 

 東の言い回しに違和感を覚えたティムが尋ねる。

 

「本名、比嘉晴海。十九歳。……いくつかのPSIシンドローム発症者受け入れ施設を経て、五年前にこちらで保護することになった」

 

「……経緯はよくわからないが、何故か彼女は『亜夢』と呼ばれていた……」

 

 藤川が補足する。

 

「亜夢……」

 

 直人はその響きに不思議と引きつけられた。

 

「……約五年もの間、ずっと眠り続けていた……」

 

 モニターのカルテを見つめながら藤川は噛みしめるように語る。

 

「えっ!?」

 

 一同は驚きを隠せない。

 

「……」藤川の沈黙が東の説明を促す。

 

「それが昨晩から覚醒の兆しを見せている……」

 

「目が覚めるんじゃ……良かったんでない?」

 

 ティムが場を包む重い空気を嫌って、幾分軽い口調で問う。

 

「ところがそうもいかんのだ……彼女は……」

 

「有能力者……俗に言う『サイキッカー』だ」

 

 藤川の言葉にハッとなり、一同は視線を卓状の異空間に視線を戻す。

 

「で……ではコレは!?」

 

 カミラにはおおよそ察しがついたが、説明を求めずにはいられない。

 

「そう……彼女の心象風景だ」

 

 心象風景……まるで天地創造か、地獄の阿鼻叫喚か……亜夢の心はまさにカタストロフィを迎えているのだ。

 

「もっとも、これは我々が認識しやすいよう、膨大な意識化データをもとに現象時空変換プロットによって、端的にビジュアル構築したものにすぎない。……だが状況は理解できるだろう」

 

 インナースペースは多重に空間、時間の情報が交錯した超時空間であるが、それを把握するには、人間が認識しやすいように、もっとも現象界に近似した時空間情報に変換する必要があり、ここに見えているビジュアルはほんの一部の情報に過ぎない。

 だがその圧倒的なビジュアルは、一目で状況を把握するには充分過ぎる。

 

 東は続ける。「この火山群はおそらく、抑圧された深層無意識の噴出と考えられる。今はかろうじて燻っている状態だが、彼女の覚醒が進めばこの抑圧されたマグマは……」

 

「一気にドカァァン! ……そゆこと?」

 

 掌を上に向けて開きながら、サニが芝居じみたセリフを口にする。

 

「……そういうことだ」

 

「そうなれば彼女の心身は持たないだろう」

 

 東の顔はさらに深刻さを増す。

 

「だが、事態はそれだけではない。……PSIシンドローム発症者の症例は、個人差はあるが、拡散し二次、三次被害を招く……それが有能力者であれば、甚大な被害にもつながりかねん」

 

 インナーノーツ一同は言葉を失いながらも、自分達の使命をヒシヒシと感じ始めていた。それを確かめようと、カミラが口を開きかけたその時……

 

「行くんですね……この子の、『インナースペース』へ……」

 

 カミラの言葉を制したのは直人だった。

 

 言葉を奪われたカミラ。いつになく積極的な姿勢を見せる、直人の意外な一面を見た気がした。インナーノーツの仲間たちも同様に感じ、直人に視線を注ぐ。

 

「うむ……」藤川が短く応えた。

 

 ……ぞわ……

 

 ふいに直人は鳥肌が立つような感覚に襲われる。

 

 直人は自分を見つめる何者かの気配を亜夢の心象風景の映像の中に見た気がした。

 

 ……見ている!? ……俺を?

 

 ぐねっとビジュアルが揺らめいたようにみえた、その時。卓状モニターいっぱいにPSI HAZARDの警告が赤々と表示され、警告音が鳴り響く。

 

 IMCのモニター類も同様の警告で埋め尽くされる。

 

「アイリーン! <アマテラス>とエントリーシステム全区画結界防御最大! 今、あそこに影響が出てはまずい!」「はい!」

 

「田中、発生場所は!?」矢継ぎ早に東の声が飛ぶ。

 

「重管理区第一保護水槽室! 『眠り姫』です!」

 

「くっ! また始まったか!?」

 

「おじいちゃん!」卓状モニターに割り込む通信。ウィンドウが立ち上がり真世が現れる。

 

「真世か!? 何があった!」

 

「睡眠周期が異常変動してる! それに……」

 

「院長先生! 結界水温が上がり続けてます! 四十五度突破! どうなってるの!」

 

 貴美子を手伝う斎藤の焦り声が聞こえる。

 

「まただわ! 如月さん、そっちに冷却水と排水のコントロール弁がある! お願い!」

 

「了解っす!」

 

「フィードバックが追いつかないの! マニュアル操作で頼むわ!」

 

「任せろ!」

 

「真世、コウに伝えて! 現象化が抑えきれない! 長くはもたない!」

 

「おばあちゃんが急いでって! おじいちゃん!」

 

「うむ、聞こえている」

 

「所長!」カミラが藤川の最終判断を仰ぐ。

 

「アイリーン、<アマテラス>の復旧作業は?」

 

「先程、全て完了! 作業員の退避を確認しました」

 

「うむ」

 

 決意に満ちた十の瞳が藤川を見据えていた。

 

「昨日のトラブルから早々、万全とは言い難い状況で君たちを送り出すのは心苦しい限りだ……だが、事態は切迫している」

 

 藤川は一呼吸おき、インナーノーツメンバー一人一人の顔を見据え、静かに、だがはっきりとした口調で告げる。

 

「行ってくれるか?」

 

「はい!」

 

 一同、声を揃えて応える。

 

「ありがとう……」

 

 藤川は軽く目を伏せ、彼らの意志を胸の内深くに納めた。

 

 再び目を見開く。

 

「では、東くん」「は!」

 

 東は、姿勢を正してインナーノーツに向き直る。呼応して、インナーノーツは、踵を揃え、気を付けの姿勢をとり、東の号令を待つ。

 

「インナーノーツ、緊急出動!」

 

 <アマテラス>直通エレベーターに駆け込んで行くインナーノーツ一同。その背中を見守るIMCスタッフたち——

 

 ……頼んだぞ……インナーノーツ……

 

 藤川は彼らのその背に希望を託さずにいられなかった。

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