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あの日、あの時 3

「で……どうします? 隊長? このまま遊覧航海続けますかぃ?」姿勢制御以外のコントロールを奪われ、手隙のティムは、両手を枕にシート深く身を沈めながら、カミラの指示を仰ぐ。

 

「言っておくが、<セオリツ>にPSI-Linkシステムを奪われた状態で、脱出コード999(トリプルナイン)の使用は自殺行為だ。脱出経路の検出プロセスに、<セオリツ>の情報を十中八九巻き込んでしまうからな」カミラの考えを察して、アランが釘を刺す。

 

「<セオリツ>の時間軸に沿って、脱出経路が算出されてしまう……私達の現象界への帰還はまず無理……か」「そういう事だ」

 

 カミラは、シートに付属するコンソールパネルに両肘をつき、組んた両手にうな垂れ、思索を巡らせる。

 

「レーダーは無事だったわね。サニ、全周囲監視を徹底して」「はい」

 

「とにかく、脱出経路になりそうな時空間の歪みか何かを見つけられれば……」カミラも、すぐには打開策を見出せない。

 

「カミラ。さっきの話からすると、ここは<セオリツ>の突入した、幼少期の直人の心象世界。ならば……」アランの鋭い視線が、直人の背に突き刺さる。

 

「脱出の糸口は今、ここに居るナオ……」カミラは、アランの言葉の意図をすぐに理解し、言葉を返す。アランは黙したまま、深く頷いた。

 

 PSI-Link システムは、<セオリツ>にコントロールを奪われているとは言え、モニタリングは可能だった。直人が、PSI-Linkシステムにフルコンタクトし、『過去の直人』の心象記憶を『今の直人』が直接観測する。それにより、この時空間情報の全容をより鮮明に解析出来る可能性を、アランは指摘する。

 

 直人は、アランの言葉を、俯いたまま受け止めていた。アランの言葉に、身体が小さく震えだす。

 

「ナオ、聞いた通りよ。ここから皆で生還できるかは、貴方にかかっている」言い放つカミラの声は、冷徹だ。

 

 直人の精神は、徐々に追い詰められている。この先に起こりうるであろう"何か"に脅えるように……その事はインナーノーツ全員が、無論、カミラも感じとっていた。だが、今は進むしか、道はない。

 

「……やれるわね?」

 

 PSI-Linkモジュールが放つ、翡翠色の鈍い光が、直人を惹きつける。表層意識は全身の血の巡りを凍えさせ、その危険性を訴える。だが、直人の内側から湧きあがる衝動は、その光を欲していた。

 

 直人は、小刻みに震える左手を、もう一方の手で抑え、短く瞑目して、精神を左手に集中させ、再び目を開ける。

 

「やります!」

 

 そう答えると、直人は、左手をモジュールに叩きつけた。瞬く間に、心象空間の記憶情報が、次々と直人に流れ込んでくる。

 

「っ……サニ! ……トレースを!」「は、はい!」

 

 直人の表層意識の、必死の抵抗が、声色の端々に滲み出る。一つ間違えれば、急激な無意識への刺激によって、精神破壊、PSI シンドロームに陥る危険性もある。サニに出来る事は、一刻も早く、直人が観測し得た情報から、脱出ルートを見つけ出すことだけだ。意を決して、サニもPSI-Linkシステムに接続し、直人が得た情報の、ナビゲーションシステムへのプロットを開始する。

 

 ……センパイ⁉︎ ……

 

 システムに入り込んだサニの意識は、すぐにあの浄水タンクを正面に、立ち尽くしている直人の意識の背を捉えた。

 

 ……サニ……

 

 振り返る直人は、その瞬間、『オモトワ』の中で見た、小さな少年へと姿を変える。そう思った瞬間、再び青年の姿へと戻る。直人の意識は、過去と現在、二つの意識の間で揺れ動いているようだ。

 

 ……大丈夫? ……

 

 ……なんとか……

 

 サニは、直人の隣に並び立つ。

 

 ……今度は……ちゃんと捕まえてるから……

 

 ……サニ…………頼む……

 

 サニは心象イメージの中で、手を伸ばし、直人の手を取ろうとする。その指先に、異質な感触を覚えた。

 

 ……何、これ? ……

 

 幼少の直人は、いつのまにか、その手に、子供の手には幾分大きな、包みの様なものをぶら下げていた。

 

 ……これは…………うっ! ……

 

 直人の意識が、その手の先に向いた瞬間、彼らを取り囲むようにして、林立する貯水タンクが、直人の心の動きに共鳴するかの如く、打ち震え出す。

 

 ……パパに……お弁当……持ってこうよ……

 

 ……ダメ……待ってなきゃ……ママに怒られちゃう……

 

 貯水槽の水は、次々と形を変え、幼い直人の姿をした水柱が現わす。それらの語る言葉が、直人とサニにまとわりつくように、二人を包んでゆく。

 

 ……出たわね! ……センパイ! ……

 

 ……ああ、わかってる! ……

 

 二人は、これはオモトワでみた光景に、よく似ている事に気づいていた。

 

 ……けど、パパに会いたいよ……

 

 ……お弁当……せっかく、ママが作ったんだよぉ? ……

 

 ……やっぱり持っていこうよ! パパ、うれしいって、言うよ! ……

 

 ……うん! ……

 

 ……ダメだよ! 怒られちゃうよ! ……

 

 幼い"直人達"は、口々に心情を吐露していく。

 

 ……そうだ……あの頃……小さな地震が頻発してて……

 

 ……父さんはその対応で、ほとんどウチにいなかった……

 

 ……センパイ? ……あっ‼︎ ……

 

 直人の似姿を作る、水槽群の共鳴が高まり、甲高い金切声を奏で出す。サニの意識が、そちらに向くのと連動して、サニの席のレーダー盤に、<アマテラス>全周に次々と、光点がプロットされていく。

 

「……波動……収束フィールドに感! ……」

 

 サニは、トランス状態にありながらも、かろうじて報告を口にする。

 

「総員、第一種警戒態勢!」

 

 にわかに、<アマテラス>ブリッジに、緊張が走る。

 

 ……あの日は、休日で、久しぶりに家族みんなで出かける予定だったけど……朝から結構、大きな揺れがあって……それで父さんは、呼び出されて……

 

 ……せっかく弁当作ってたからって……母さんとお昼に、父さんに届けに行ったんだ……父さんも、手が空けば、一緒にお昼食べる約束だったけど……揺れが続いてたから、避難指示が出て……弁当は、預けて帰ることになったんだった……

 

 次々と蘇ってくる記憶は、滔々と、直人の意識から流れ出す。サニは直人の意識体に寄添い、水の動きに警戒を張り巡らせながら、その言葉に耳を傾けている。

 

 ……パパ、きっとお腹ペコペコだよ……

 

 ……ママと沙耶を待ってなきゃ……

 

 ……僕一人でも、パパのところまで行けるから! ……

 

 ……すぐに戻ればいいよね! ……

 

 ……パパ、僕が一人で行ったら、すごいって褒めてくれるよ、きっと! ……

 

 ……そうだね! ……

 

 ……パパ、驚くよ! ……

 

 ……ありがとうって、言ってくれるよね! ……

 

 ……きっと言うよ! ……

 

 ……絶対だよ! ……

 

 ……行こう! ……早く行こう! ……

 

 水槽群に蓄えられた精製水の中で、その小さな子供達が、大小多々な気泡を立てながら喜び舞う。

 

 ……本当? ……

 

 ……本当にそうなの? ……

 

 その暗く沈んだ声色に、サニは、思わず振り向く。振り向いた先の一つの水槽の中で、仄暗い影が蠢いている。シェルエットは、直人を形作りながらも、他の"直人達"のような表情は無い。

 

 ……パパ……いつもお仕事ばっかり……

 

 ……ぼくの描いた絵だって……忙しいって……ちゃんと見てくれなかったじゃん……

 

 嬉々として騒いでいた、幼子達の声が止む。仄暗い声は、続ける。

 

 ……沙耶は可愛い、可愛いって……嬉しそうなのに……

 

 ……ぼくはいっつも……後でねって、言われるのに……

 

 ……ママだって……いつも沙耶のことばっかり……

 

 その言葉が浸透していくように、直人の似姿達を納めている水槽群は、次第に光を失い、黒々とした泥水のように濁り始める。

 

 ……勝手に、会いにいったら……怒られるよ……

 

 ……なんで来たのかって……

 

 

 ……パパもママも……ホントは、ぼくの事なんか嫌いなんだ……

 

 直人の意識体は、胸の奥を鈍い刃にえぐり開かれる感触に、膝を折る。

 

 ……くっ……俺は……

 

 ……センパイ‼︎ ……

 

 咄嗟にサニは、直人の震える背を庇う。

 

 ……でも……それでも……俺は父さんに……


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