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あの日、あの時 2

 深緑の山々が、青空に映える。

 

 日本海側から関東方面は、山間部を抜ける為、エア・ハイウェイは高度、安全面の問題から未だ完全開通しておらず、ほぼ旧来の高速道路を改修した、陸路となっていた。葛城は、運転をオートに任せたまま、運転席で寝息を立てている。連日の捜査と、この日も朝早くからの出発で、眠気が襲って来ても仕方はあるまいと、上杉は、移動中の仮眠を取ることを許していた。

 

 助手席側のマルチモニターに、捜査資料を広げた上杉は、『オモトワ』運営会社を支援しているらしい、いくつかの政治団体の情報を集めていた。

 

 この時代、国家は未だ存在しつつも、経済、交通、人的資源の往来は、既に国家の枠組みを超え、近隣諸国との緩やかな政治経済ブロック圏の形成を余儀無くされ、国家は地方行政区としての機能を有する程度になりつつあった。

 

 そのような時代の流れの中、彼らは"超保守"を自称し、ブロック圏化を批判、国家至上主義を掲げた一大勢力となっている。主宰者、支持層の違いでいくつかのグループに分かれているが、その根本思想は、息を合わせたかのように一致している。上杉は、その背景にある何者かの存在を感じずにはいられなかった。

 

「これといって……失踪に絡むような活動は無い……ですかねぇ」目ぼしい手がかりを見出せず、上杉が、モニターから目を車窓へと向けかけたその時、捜査本部からの緊急メールの受信通知が、モニターに浮かび上がる。

 

「葛城くん!」上杉は、葛城の肩を軽く揺すり、目覚めを促す。葛城は、咄嗟に目を開けると、上杉を見つめ返した。

 

「来ましたよ!」その言葉に葛城は、助手席側のモニターを、身を乗り出して覗き込んだ。すぐに例の解析結果を伝えるメールである事を葛城は悟る。

 

「やりましたね、上杉さん!」

 

「ええ。どうやら、いくつかの場所を示す信号だったようですね」地図に、光点が浮かぶデータマップが添付されていた。

 

「これは……何の位置を示しているのでしょう?」

 

「捜査本部で解析にあたってますが……ん、そうか! わかりました!」

 

「えっ?」「すぐに、本部に確認してもらいます。それと捜査員の緊急手配を……」

 

 上杉は、話しながら、捜査本部へメールの返信をタイピングしている。器用なものだと葛城は舌を巻く。

 

「……我々も、現場へ向かいましょう!」

 

「現場? ……かなりの数がありますが、何処へ?」

 

 葛城の質問に迷う事なく、上杉はモニターに表示されたデータマップの一点を、指で指し示す。

 

「ここです! 僕の予想だと、ここが重要ポイントの一つです」「えっ?」

 

「葛城君、急ぎますよ!」「りょ、了解っ!」

 

 上杉の"勘"には、確かな理由があることを、葛城は心得ていた。行けばわかるとばかりに葛城は、赤色灯をルーフ上にせり上げる。続いてハンドルを手にアクセルを踏み込むと、踏み圧を感知して、オートパイロットはマニュアルへと切り替わる。緊急車両用車線に入った彼らの車は、他車を憚ることなく、速度を上げていった。

 

 

 ****

 

 午前の回診、事務処理を済ませ、医院長室に戻った貴美子は、IMCとの通信モニターを開く。モニターが接続するなり、蒼ざめた孫娘の顔が映し出された。

 

「真世? ……どうなっているの、真世?」呼びかけながら貴美子は、真世の監視モニターと連動したバイタルモニターデータを自身の端末で確認する。バイタルモニターは、異常値を保ったまま、反応が途絶えていた。

 

『……おばあちゃん……わ……私がもっと早く異常に気づいていれば…………おばあちゃん……どうしよう……わたし……』「しっかりして! 何があったの?」『み……みんな……消えちゃった……わたしのせいで……』

 

『お前のせいではない……真世』藤川は、真世の震える肩をそっと包み込むように手を置く。『おじいちゃん……でも……』真世は不安げに、祖父の顔を覗き込む。IMCに満ちる、ヒリヒリとした空気を、貴美子はモニター越しに感じとっていた。

 

「田中? まだなのか?」「……そう簡単には…………おっ、来たか? アイリーン、もう一度ピングを!」「了解!」

 

 東と田中は、アイリーンの席後ろからモニターを覗き込む。黒一色のコマンド窓には、『応答待ち』とだけ表示されている。固唾を飲み、見守る三人。

 

「……来ました‼︎」

 

 応答信号パターンのテキストデータが流れ始めると、アイリーンは声高に報告をあげる。

 

「ふぅ……なんとか無事のようだな。田中、この時空間座標を片山さんに送信。サーバーの時空間起点データと再同期させれば、通信を回復出来るはずだ!」東の指示に、素早く応じる田中。

 

「よかった……」ほっと胸を撫で下ろす真世の瞳は、潤いを隠せない。

 

 <アマテラス>ブリッジは静まり返っていた。

 

 <セオリツ>のインナースペース突入に引き込まれる形で、時空間転移を強制された<アマテラス>の船内は、PSI バリアで保護されているとはいえ、その空間変動は、激しい揺さぶりとなってブリッジを襲った。何よりPSI-Linkシステムに接続しているインナーノーツらの意識も激しく撹拌され、緊急遮断器に取り付いていた四人は、その場に折り重なるようにして、倒れ込んでいた。

 

 直人も幾分、意識の攪拌を感じたが、早々に回復し、辺りを見回す。時空間転移明けにもかかわらず、モニターには、解像度が低いながらも、比較的確かな映像が映し出されていた。

 

 通信呼び出しのコール音に、アランは目を開ける。自身の胸元に、しな垂れているカミラに気づくと、そっと肩を揺すり目覚めを促す。

 

「……ア……アラン……」「カミラ。怪我はないか?」

 

「え……えぇ……」意識が回復しきっていないのか、カミラはアランに身を預けたまま、動かない。「どうした?」と怪訝そうに声をかけるアラン。そのアランの視線から逃げるように、俯向くカミラの顔を、ブロンドの髪が覆う。

 

「つぅ……っ! ちょっと! ティム、どいてよ!」覆い被さるように倒れ込んでいたティムを力任せに押しやり、サニが起き上がる。「……たく、もう少し……優しく起こせないのかよ」サニに押し上げられたティムも、すぐに身を起こした。

 

 その間に、カミラは二人に気付かれないうちに、アランから離れるようにして立ち上がり、乱れたブロンドの髪を掻きあげ、整える。

 

「なんとか……まだ無事のようね。みんな、持ち場に戻って」毅然と言い放ち、キャプテンシートへ戻るカミラ。その姿に、アランは、自分の余計な心配を吹き消し、自席へと戻る。コール信号を元に、乱れた時空間通信の再セッティングにとりかかった。

 

「大丈夫、先輩?」未だに固まったまま、立ち尽くしている直人に声をかけながら、サニの目は、モニターの光景に引きつけられた。

 

「って何よ……また、ここ……」

 

 

 モニターに映る光景は、彼女に嫌気を感じさせるのには十分であった。何度も繰り返し現れる、あのJPSIOのPSI精製水貯蔵浄水区画が、モニター一面に広がっていた。地震による崩壊はまだ無い。不気味なほど静寂を保っている。

 

「通信回復した! メインに投影する」

 

 アランの操作と同時に、メインモニターにIMCの一同が覗き込む顔が並ぶ。

 

「インナーノーツ、状況は? 全員無事か?」

 

 せっつくような東の問いかけに、カミラは無事を報告する。

 

 東によればIMC側は、片山のラボと協力し、時空間転移による座標遷移をパラメーター補正して、インナースペースサーバーの基準時空間情報に反映した。これにより<アマテラス>への通信、及び追跡は回復できているという。

 

「だが、お前達のいる宙域と、こちらの時空間ギャップが大きく、そこから引き揚げることが出来ない。こちらでも脱出経路を模索する。そちらも脱出見込みのある領域を探索してくれ」東は、顔をしかめて言葉を切る。

 

「わかりました。アラン」カミラは前方モニターに広がる貯水区画を睨めたまま、声を投げる。

 

「損害状況は?」「船体への損害は無い。だが……」

 

「PSI-Linkシステムね。全く使えないの?」「いや、一部は使えるようだ」

 

 アランは、<セオリツ>の影響下にない、<アマテラス>各部を列挙していく。

 

 姿勢制御スラスター、量子スタビライザー、PSI精製水増槽及びその制御系全般、高次元拡張レーダー、超時空間通信コントローラ、トランサーデコイ、誘導パルス放射機。<セオリツ>に搭載されていなかった新装備や、仕様が二十年前の設計から、大幅に変更された部位は、大きな影響は受けていないようだ。PSIバリアについては、干渉はあるが、船内時空間保持を司る第一層への影響は微弱であり、あと数時間は、問題無く活動できる。

 

「それと、あと一つ……PSI波動砲」

 

 アランは、カミラの方へ振り向き、抑揚を抑えて報告を挙げる。

 

「PSI波動砲……」にわかに、ブリッジに緊張が走る。

 

 直人は、背中に仲間達の視線のぶつかりを感じる。訓練の際の、我を忘れた、あの忌まわしい記憶が蘇り、直人は、静かにシートへ腰を落とした。

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