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あの日、あの時 1

 船体監視モニターを切り替えながら、アランは船体各部位のPSI-Link 波形を確認していく。

 

「間違いない……これは……」『ああ、そうだ! アラン』

 

 アランが、モニターから顔を上げたその時、メインモニターに現れたのは、アルベルトだった。彼は、<アマテラス>のメンテナンス区画で、ミッションの様子を窺っていた。

 

「部長? アラン? ……いったい何が起こっているの⁉︎」カミラが、焦りを露わに問う。

 

「この船のPSI-Link系統のほぼ全てが、<セオリツ>と同調している」アランは、低く抑えた声を上げた。

 

「まさか……そんな事が⁉︎」『いや、アランの言うとおりだ』目を丸くするカミラに、アルベルトが告げた。

 

『<アマテラス>は、<セオリツ>をベースに設計された船。PSI-Linkシステム、PSIバリアの殆どは、<セオリツ>の其れを受け継いでいる。いや、コピーに近い』

 

 アルベルトによれば、このままPSI-Linkシステムの同調率が高まれば、<アマテラス>が、<セオリツ>から基本設計を引き継いだ、Psi-Linkシステムを介在する機器は尽く、<セオリツ>の"コントロール下"に置かれてしまうとの事だった。

 

『カミラ! 一刻の猶予もならん! <セオリツ>は今、"過去の、直人の無意識"へと突入しようとしている』

 

 その言葉に、<アマテラス>ブリッジに戦慄が走る。

 

『<セオリツ>にコントロールを奪われたまま、時空間転移すれば、どこの時空間に出るともわからん! 最悪、帰還できなくなるぞ! 何としても、<セオリツ>との同調を断ち切って、すぐに戻れ!』

 

 アルベルトは、激しくまくし立てた。

 

「アラン! 同調カット五〇! 急いで‼︎」

「……くっ、ダメだ! コントロール、受け付けない!」

 

『止む終えん! PSIバリアとの接続回路以外の、物理回路を遮断するんだ! ブリッジ後ろの緊急遮断器を落とせ!』アルベルトの指示に、アランの身体は、即座に反応した。

 

 アランは、ブレーカーボックスの蓋を、引きちぎらんばかりに開け放つと、露わになったブレーカーレバーに取り付く。錆一つ無いレバーにも関わらず、アランの、渾身の力にも微動だにしない。

 

「アラン!」カミラは、キャプテンシートから飛び降りると、アランの加勢に加わる。

 

「皆! 手伝って‼︎」カミラの声に、サニとティムも二人の元へ駆けつける。しかし、四人の力を持ってしても、遮断機のレバーは動かない。<セオリツ>の意志が、それを妨げている。

 

「時空間歪曲反応確認! <アマテラス>座標位置との相対歪曲率六十二パーセント!」報告をあげるアイリーンの声は張り詰めている。

 

 IMCのモニターに映るブリッジ内では、遮断機に取り付いた四人が息を合わせて、レバーを引き下げようと何度もトライしているが、一向に動く気配はない。

 

「センパイ! 何やってんの! 手伝ってよ!」

「ナオ!」直人は呆然としたまま、ブリッジのモニターに見入っている。周りの様子も、仲間の声も、直人には届いていなかった。

 

『カミラ、急げ! この時空間歪曲率では……』

 

『……なにやってるんですか⁉︎ 風間さん‼︎ ……』

 

 言いかけた東の耳を聴き慣れた声色が通り抜けていく。紛れも無い、自分自身の声。"あの時"の自分自身の声だと、東はすぐに気づいた。

 

『……東、すまん! ……これしか、これしか手が無いんだ。頼む、行かせてくれ! ……』

 

「父さん……」直人は、父の声にハッとなって、顔を上げる。<セオリツ>の、棺桶のように密閉されたコクピット内の、小さなモニターに、若き日の東の姿が、ぼんやりと浮かんでいる。

 

『……無茶言わないでください! 有人稼働のセッティングは、まだ完璧じゃありません! それに、さっきの地震による、設備やシステムへの影響も、確認しきれてないんですよ! 死にに行くようなものです! ……』

 

『……ざっとチェックしたが、お前達が地震後すぐに復旧に当たってくれたから、大した影響はなさそうだ。あとは、飛びながら調整する……』

 

 ごおごおと唸る水流の音に、小刻みに震える<セオリツ>。時空変異場を形成する為のPSI精製水が、刻々と注水されている。その音と振動が次第に強まりながら、<アマテラス>に伝わってくる。

 

『……お願いです! 戻ってください! 風間さん‼︎ ……』

 

 二人の会話に、インナーノーツらも耳を奪われる。アランの時空間転移コントローラのモニターに、転移座標のコードが浮かび上がり、時空間転移のカウントダウンが始まったことには、誰も気づいていない。

 

「風間さん……」二〇年前の記憶がありありと浮かび上がってくる。あの時、東は風間を止めようと、管制室から何度も、システム停止を試みたが、<セオリツ>のインナースペース突入プログラムは全て、直哉によってロックされていた。

 

『……急性PSI中毒症だった……まだ四歳なのに……俺の……俺のせいなんだ……』

 

 直哉が絞り出す声に、若き日の東は、咄嗟にモニターを切り替え、隣室のアクセスルームで、静かに横たわる直人を確認する。

 

『……直人君‼︎ ……くっ……そんな……』

 

 PSI 精製水処理区画で、直人を救出した時に薄々予感はしていた。そうであっては欲しくない……その一縷の望みは、儚くも消え去っていた。

 

『……東! ……』

 

『……センター長! ……課長! ……』

 

 その声に直哉は、東の映るモニターの奥に、当時、JPSIO最大研究拠点、水織川研究開発センターのセンター長であった藤川、開発課長のアルベルト、そして藤川に付き添う藤川夫人の姿を認めた。直人救出時、負傷した左太腿に巻かれた包帯に、血を滲ませた藤川は、車椅子に乗り、アルベルトが、そのハンドルを握っている。

 

『……お怪我の方は⁉︎ ……』

 

『……心配するな、それより直哉は? ……』

 

『……センター長、課長、申し訳ありません。船を借ります……』

 

 直哉は、東が答えるより先に、モニター越しに呼びかけた。

 

『……バカヤロウ! お前一人で行っても、何もできんだろうが! ……』

 

 アルベルトは、モニターに直哉の姿を認めて怒鳴りかけるなり、直哉が施していた突入プログラムのロック解除にかかる。

 

『……センター長、直人君が……風間さんは、直人君のために……』

 

 拳を握りしめ、肩を震わせる東。

 

『……わかっている……アル、どうだ? ……』

 

『……くそっ! 既に『あの世』へ、片足突っ込んでやがる。もう手遅れだ! ……』

 

『……許してください、センター長、課長、東。これからなんです、直人は……直人の人生は……行ったところで何が出来るかもわからない……でも、万に一つの可能性があるなら! ……』

 

『……直哉……』

 

 藤川は目を伏せ、直哉の覚悟を胸に刻みこむ。

 

『……アル……直人君のPSI パルスデータをリアルタイムでトレース、精密座標を直ちに算出。<セオリツ>に転送してくれ……』

 

『……いいのか? コーゾー……』

 

『……今、あの子を救える可能性は確かに<セオリツ>だけだ……』

 

『……直哉……』モニター越しに、藤川が呼びかける。

 

『……直人君を救おう! ……そして、必ず帰って来るんだ……』

 

『……セ……センター長……』

 

『……お前の帰りを待ってる……誰よりも直人君が……』

 

『……直人……』

 

 全身の血流が一気に流れ出し、心臓が脈動する。その熱に、直人は我を取り戻す。それは己の血ではない。父の直人を救い、必ず生きてまた、息子を腕の中に抱きしめる……その決意の血潮なのだと、直人は直感した。

 

 直人がふと顔を上げると、そこには、管制室で見送る二十年前の藤川、アルベルト、東、貴美子のシェルエットが、小さなモニターに見える。直哉の記憶とシンクロするように、直人は、モニターを見据えた。

 

『……行ってきます……』

 

 直哉のその声が聴こえるのと同時に、<アマテラス>のモニターに映る画像が歪曲していく。

 

「時空間変異パルス確認! <アマテラス>、時空間転移に入ります‼︎」アイリーンが、張り裂けんばかりの声を上げる。

 

「何やってんだ⁉︎ くそっ‼︎」アルベルトはいきり立つと、コンソールに拳を叩きつけていた。

 

 IMCの一同は、成り行きに言葉を失う。

 東は、拳を固く握りしめ、肩を震わせている。

 

「直哉……」<アマテラス>から送られてくる、時空間転移により歪められた直哉の心象映像を、藤川はただ見守る。その彼を支える左の脚が、再び疼き始めていた。


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