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時空交差点 3

 震えが止まらない。

 

 藤川の説明の言葉より先に、直人の表層意識に、モニターに映る、父の心象記録と交錯する、自分の無意識に蓄積されていた記憶が、次々と、鮮明に蘇ってくる。

 

 直人は、両の手で、自分の身体を抱きしめるようにして、震えに耐えていた。

 

 その時、突如、未確認PSIパルス信号の探知音が、<アマテラス>のブリッジに、甲高く鳴り響いた。アランは、自身のコンソールに向き直ると、すぐに信号の解析にかかる。

 

「信号、照合パターン判定! ターゲット信号に合致! カミラ、捉えたぞ」

 

「よし、すぐにIMCへ転送して」

 

 カミラは、震える直人の背に、視線を戻す。

 

「ナオ……」

 

 

「チーフ! ターゲット信号、来ました!」IMC<アマテラス>管制担当のアイリーンが、声を上げる。

 

「至急、片山さんに送ってくれ!」「はい!」アイリーンは、東の指示に従い、コード化した信号を片山に送信した。

 

 東は、続いて<アマテラス>ブリッジを映すモニターに向き直り、指示を送る。

 

『インナーノーツ! 解析に少し時間を要する。そのまま待機だ』「了解」

 

 

 その間にも、モニターに映る心象風景は、刻一刻と変化している。

 

『……直人……どうすれば……』

 

 先程から、集中治療室と、廊下らしき場所を、直哉の記憶は、行き来している。ベッドに安置された、幼い直人の姿を見つめながら、考え込んでは、部屋の外へと出て行く……その繰り返しだ。父の表層意識の声は、様々な思考が入り乱れ、部分的に音声再現された言葉も、意味不明なものばかりだ。

 

 インナーノーツのメンバーには、ただの映像、ただの音声であっても、当時の記憶が、意識に表出し始めた直人には、父親の苦悩、後悔、事態への怒り、そして愛情……その残留思念が、ダイレクトに伝わってくる。

 

「……うっ……ううっ……」

 

「ナオ、おいナオ‼︎ 呑まれるな!」「センパイ!」

 

 嗚咽を漏らし始めた直人に、居た堪れず、呼びかけるティムとサニ。だが、その仲間の声は、直人には届かない。

 

「……と……父さん……ごめん……父さん……」頭を抱えてうなだれる直人は、うわ言のように呟いている。

 

『インナーノーツ!』モニターから、東の尖った声が届く。

 

『もう少し、信号サンプルが必要らしい。まだ行けるか?』東も、モニター越しに、直人の様子は把握している。

 

「……」カミラは、判断を迫られる。前列のシート越しに、直人の肩が小刻みに震えていた。

 

「ティム、船のコントロールは?」先程、自動航法にロックされた操縦系統は、いつの間にか解除され元に戻っていた。

 

「戻ったようです」ティムは、自身のコンソールの全計器と、パネル類を確認しながら答える。

 

「よし。サニ、IMCから送られたマップには、この先に、信号密集領域があったはず。そこまでの航路を、割り出してちょうだい」

 

「えっ……?」サニは直人を一瞥し、戸惑いを見せる。

 

「早くかかって」追い討ちをかけるように、カミラはたたみかける。「は、はい」

 

 サニは、直人を横目に見ながら、作業にかかる。程なくして、サニが操作するコンソールの画面に、航路のプロットが浮き上がる。

 

「航路選定完了! PSI-Linkナビゲーションへセットしました」

 

「船を進めるわよ。ティム」毅然と指示を飛ばすカミラ。「りょ……了解」ティムも、直人を横目で気にしつつ、舵をとる。

 

「さっさと終わらせような、ナオ……」頭を抱え、うずくまる直人にそう呟くと、ティムは、スロットルレバーを引き倒した。

 

 <アマテラス>のメインノズルが、青白い閃光を放つ。

 

 

 ……あれか! ……

 

 徐々に速度をあげる<アマテラス>の上空から、一筋の黒い影が追ってくる。

 

 ……神子の思念を辿れ……異界船は、その先だ……

 

 主の言葉どおり、彼らが神子と呼ぶ存在の思念に、自己の思念を同調させていくと、玄蕃は、瞬く間に、その船を眼前に捉えた。

 

 ……何だ、この力場は? ……

 

 その船体に取り付こうと接近した玄蕃は、思念体である自己の身体が、急激に締め付けられるような重圧を感じる。主人によって、現象界に召喚される際の感触に、よく似ていた。

 

 玄蕃は、<アマテラス>の波動収束フィールドの中へと、足を踏み入れていた。その中は、「霊界」の只中に、仮初めの現象時空間を生み出している。

 

 ……なるほど……そういうことか……

 

 玄蕃は、自身の身に起こっている現象、そして異界船のカラクリの一部を理解した。だが、彼の霊体は、その場に於いても、完全には『実体化』していない。この場でも、彼は『幽霊』的な存在のままだ。<アマテラス>は、ミッション対象のPSIパルスと同調し、その対象に関わる事象は、波動収束フィールド内に現象化させることが出来るが、乱入してきた玄蕃は、その対象ではない。そのカラクリまでは、さすがの玄蕃も把握しきれなかったが、この状況は彼にとっては好都合だった。<アマテラス>に、彼の存在を、知られる事がないのだから。

 

 主人、神取によれば、神子の思念は、船の内部まで達している。だが、船の表面には、結界が展開されており、侵入は不可能らしい。

 

 確かに、神子と呼ばれる存在の思念は、何故か船の中から感じられる。

 

 ……結界か……はたして……

 

 玄蕃は、神子の思念を、さらに追いかけるようにして、その船の中への侵入を試みた。

 

 ……‼︎ ……

 

 <アマテラス>の船体上部に一瞬、青白い閃光が弾ける。

 

「ん?」アランは、突如船体監視モニターの、上甲板を示す部位に、黄色地に黒字で示された、『Caution』ランプが点滅しているのを認めた。

 

「何?」「上甲板に展開している第三PSIバリアに、微弱な位相変動反応だ。大したことはない」カミラの問いかけに、アランは淡々と答えながら、対応を進める。PSIバリアの出力を調整しかけたその時、ランプの点滅が消えた。

 

「誤作動かしら?」「いや……どこも異常なさそうだが……」アランは、ランプの消えたモニターを、訝しげに見据えていた。

 

 ……ふん、確かに、強固な結界だ……まあいい……

 

 玄蕃は、船から適度に距離をとる。この船の作り出す力場の中に、意識を集中していれば、見失うことはあるまい。

 

 ……異界船よ……お前の能力(ちから)、拝見させてもらうぞ…………んっ?

 

 玄蕃は、この力場の"空気"が、毛色を変える様を、霊体の肌で感じ取っていた。

 

 

 先程の船体監視モニターの、異常解析にかかろうとしたのも束の間、アランのコンソールパネル一面に、PSIパルス観測反応を示すログが、加速的に叩き出されていく。

 

「来たぞ! 例の信号の密集領域だ!」「サンプリングは⁉︎」「とうに開始している。そのままIMCへ転送するぞ」

 

 すぐにアイリーンのコンソールパネルに、<アマテラス>から転送された、サンプリングデータが流れ込んでくる。

 

「来たか!」アイリーンのシート後ろから、身を乗り出してパネルを覗き込む東。

 

「解析に回します!」アイリーンは、即座に対応する。

 

「これだけあれば……」東は、<アマテラス>のブリッジが映し出されたモニターに、視線を戻す。直人は依然、うずくまっていた。

 

 

 ……直人……少しの辛抱だ……

 

「‼︎」直人の意識に流れ込む……いや、無意識の内にあった記憶なのか……直人の心の中で響く、父の声。

 

 心臓を握り潰される感覚が、直人の腰を浮かせた。

 

「!」いきなり立ち上がった直人に、一同の視線が集まる。

 

 直人は先程から、もはや意味のある映像を映し出さないモニターを見上げ、立ち尽くす。

 

「……な、何を…………何をする気なんだ、父さん……」


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