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眠れる少女 4

「……そうか。ありがとう、真世」

 

 防護服の腕部に組み込まれた端末のモニター越しに、藤川は真世に『眠り姫』の状況報告を求めていた。

 

「……貴美子は?」

 

 防護服に備え付けられているインカムでの会話であり、藤川の声は外部に聞こえない。

 

「……う〜ん……」

 

 真世は、コンソールのモニターをジッと見守る祖母の背中を見つめながら答える。

 

「……たぶん、おばあちゃんもわかってると思うけど……」

 

「真世!」

 

 貴美子は孫娘と夫の会話を聴いていたかのように口を挟んだ。

 

「コソコソ話してないで、こちらにつないで」「はっはい」

 

 端末に映る藤川は渋い顔で真世を見つめている。

 

「おじいちゃん、ちゃんと話してね」

 

 インカムでコソッと伝えると端末の通信情報を貴美子の操作するコンソールへ送信する。

 

 バツの悪そうな藤川がコンソールのモニターに出る。

 

「貴美子……」

 

「孫娘をダシにするなんて」

 

「すまん……」

 

 二人の脳裏に昨晩の一悶着が思い起こされる。

 

 

 ****

 

 鳴り響く警報音。

 

 球体の水槽の中の水流が激しく撹拌され、大量の気泡が散る。『眠り姫』は突然、何かにうなされるように苦しみ、もがき始めた。

 

 これまで水槽を漂う人形と化していた『眠り姫』に異変が見られたのは、昨晩のことであった。

 

 <アマテラス>がかろうじて生還し、所内がその対処でごった返していたその頃。『眠り姫』の深層無意識域からの不特定PSIパルス(個、あるいは事象を特定できる一定量を有したPSIの波動情報)が感知され、数時間後には表層意識、及び脳内活動が覚醒レベルに達しようとしていた。

 

 昏睡に落ちた彼女が五年程前にIN-PSIDに保護されて以来、一度も眼を覚ますことはなく、このような事態は初めてである。

 

 しかし、その「目覚め」は明らかに異常を伴っていた。

 

「ダミートランサー一番、二番解放! エネルギー誘導開始!」

 

「PSI 現象化抑制を最優先して! このエネルギー量、身体がまともに受け止められるレベルではないわ」

 

 突然の監視システムの警報発生に応じ、貴美子は専門医療スタッフとともに、この重要管理区に駆けつけ、対処にあたっていた。

 

「貴美子……どうなっている?」

 

 モニター越しに、事態の知らせを受けた藤川が、現場で指揮をとる妻に確認をとる。

 

「……わからない。PSI 現象化をエネルギー拡散、抑制してもたせてはいるけど……」

 

「このまま、こんな発作が続いたらこの子の心身は……」

 

「そうか……」

 

 しばし思考を巡らせる藤川。モニターから姿が消える。

 

「……アル。『船』の復旧はどの程度かかる?」

 

 別の回線で話す声が聞こえる。

 

「コウ! まさか……」

 

 しばらくして、モニターに藤川が戻る。

 

「あと九時間……九時間もたせてくれ」

 

 夫の決断は早い。その真意を妻は即座に理解した。

 

「しょ、正気なの!? さっきあんなトラブルがあったばかりなのに!?」

 

 <アマテラス>起動試験の経緯は貴美子の耳にも届いていた。

 

「他にその子を救う手立ては無い」

 

「待って! まだ通常療法でもやれる事はある」

 

「院長! トランサー、限界いっぱいです!」

 

「三番から四番も全て解放! それから結界水を全入れ替えよ。急いで!」

 

「は、はい!」

 

 状況は芳しくない。対処は一時凌ぎにしかならないことを貴美子も理解していた。

 

「貴美子、心配なのは私も同じだ。だが、やらねばならん時はある」

 

「あの子たちを死ににやるようなものだわ! それに……この子にだってどんな影響が出るかもわからない。……命がけで人体実験やるようなものよ」

 

「責任は私がとる」

 

「責任のことじゃない! あの時のような事は二度と……」

 

 そこまで言って貴美子は口を閉ざす。

 

 ……あの時のような想いを貴方にまた負わせられないじゃない…….

 

「……とにかく、あと九時間はこちらのフェーズね。その間に何とかしてみせる」

 

「……わかった。すまん、貴美子」

 

 

 ****

 

「どうやら、タイムアップのようね」

 

 水槽に浮かぶ彼女を見つめながら、貴美子は呟く。

 

「……できる事はしたわ。先程、ノンレム睡眠ステージ4に移行して、今は落ちついているけれど……」

 

「一度始まった覚醒は止めようがない……か」

 

「えぇ。……それに最悪の場合……」

 

「この施設一帯にも影響を及す」

 

 そう語る夫の目は幾分充血し、口髭以外にも薄っすらと白い無精髭が見てとれる。

 

 夫のことだ。この状況からシミュレーションし、起こりうる事態、数パターンに及ぶ解決策の検討を夜通し行なっていたに違いない。もちろん、そこには通常療法のみの検討もあったことであろう。

 

「コウ……ごめんなさい……」

 

「何を言う……ここまでよくやってくれた」

 

「……貴方の言うとおり、他に手はない……」

 

 貴美子の決意も固まっていた。

 

「私も一緒にやらせてもらうわ」

 

「貴美子……ありがとう。頼りにしている」

 

 モニターから藤川が消える。

 

「おばあちゃん……」

 

 真世の声に貴美子は振り向く。普段の優しい微笑みを浮かべた、真世の大好きな祖母の表情に戻っていた。

 

 ……おじいちゃんにそっくり……

 

 その笑みを浮かべる祖母の表情に祖父の姿が重なって見える。

 

「……あの人だけに背負わせられないでしょ」

 

 真世だけでなく如月、斎藤もその言葉に安堵する。

 

「それに……」

 

 再び、水槽の少女に視線を戻す一同。

 

「私だって……こんな水槽から早く出してあげたいの……」

 

 

 IMCでは、藤川、東ミッションチーフが初のミッションプランを詰めている。運行管制担当アイリーン、ナビゲーター田中は既に自席に着座し、それぞれシステムの立ち上げ準備にかかっていた。

 

 自動ドアの開く音が聞こえ、一同がそちらに視線を向けた。

 

「遅くなりました!」

 

 カミラに続いて、直人、サニ、アランが入室してくる。

 

「よっ! 検査はバッチリか?」

 

 まっ先に声をかけてきたのは、一足先にIMC入りしていたティムだ。

 

「ぜーんぜん……先パイが"眠らせて"く・れ・な・かったからぁ」

 

 甘ったるい声で直人に擦り寄るようにしながら応えるサニ。

 

「えぇぇぇ!? お前ら検査室で何を!?」

 

 ティムはいつものサニの直人イジリとわかってながら、作ったオーバーリアクションで会話にのってやる。

 

「……もぅ……勝手にやってろ……」

 

 さすがに直人も呆れてきた。

 

「ふん、先パイはバッチリよね!」

 

 面白くないサニが嫌味っぽく直人に毒づく。

 

「ハイハイ、すみません……」

 

 そのじゃれあいにティムは心配の必要は全くないことを悟った。

 

「……再検査結果……異常ありませんでした……」

 

 カミラが恥ずかしげに報告する。

 

「……見ればわかる」

 

 生真面目な東も、この時ばかりはカミラに同情した。

 

「うっ! 何……これ……」何かに気づいたサニが声を上げる。


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