面影 1
自動ドアの開く音に、IMCに詰めた五人の視線が集まる。
「サニ、直人! どうした、遅……」エレベータから出てきたサニと直人に、小言を言いかけた東は、その後ろに藤川の姿を認め、言葉を打ち切る。
「ご……ご一緒でしたか、所長」「すまんな、見送りに少々、時間をもらってしまった」
「いえ……」
「そ〜ゆ〜ことよ、へヘェ〜」サニがイタズラな、上目遣いのニヤケ顔で、東を見上げる。
「……」東は左眉をピクつかせると、サニから視線を逸らした。
「良かったね。"ちょうどいい"タイミングで、お婆ちゃんが呼んでくれて。"お二人"さん」
冷ややかな言葉の刃が、直人に突き刺さる。
直人がそちらに視線を向けるも、言葉の主は、振り返りもしない。
「よっ!」無言で背を向け続ける、真世の横に立つティムが、彼女に代わって、いつもながらの笑顔を向ける。何も知らない彼は、気楽なものだ。
「……」シュンとなって俯く直人の隣で、サニが呆れたような困惑顔を浮かべた。
「……ん? 何かあった??」ティムは、直人と真世の間の空気を感じ取ったのか、二人の顔を見比べながら、真世に問いかける。真世は、表情一つ変えない。
「あっ、そうだ……ティム!」唐突に、妙に明るい声を張り上げる真世。
「前にさ、使わなくなった小さいテーブルあるって言ってたよね。まだある?」
「んっ? あ……ああ」「良かったあ。ママの部屋にさ、そういうのがあるといいなって。良かったら、貸してもらえない?」無理やり話題を変える真世を、怪訝そうに見つめるティムに、真世は早口でまくしたてる。
「い……いいよ。ってか、やるよ」真世のテンションに気圧されながら、ティムは答えた。
「わー助かる! じゃあさ……」
「……」ティムと楽しげに、会話を弾ませる真世を、それ以上、見ていられない直人。
「あっちゃ〜。こりゃ暫く、放っとくっきゃないね」ニヤけ顔で、サニはこの状況を楽しんでいた。
「遅くなりました」追いかけるように上ってきたエレベーターから、カミラとアランが入室して来る。
「あー! 隊長、副長が揃って遅刻ぅ〜⁉︎」自分がお咎めなしとなったのをいい事に、普段からカミラに小言を言われているサニは、鬼の首でも取ったかのように、指をさしながらわめき立てた。
「着替えに、下りていただけだ」アランが短く返す。「ダメですよぉ、副長。遅刻は遅刻ぅ……」「いい加減にしろ、サニ。二人は了承済みだ」東は、苛立ちを隠さない厳しい口調で、サニを制する。
「で……ですよねぇ〜」一同の冷ややかな視線が、サニに注がれる。
「……へへ、へへへへ……」乾いた笑いで誤魔化すサニ。ふと隣を見やると、直人も呆れ顔で見つめていた。「エヘヘ」サニは、小さく舌を出し、軽く頭をかいてみせる。
「ではいいか? 今回のミッションを説明するぞ」
東の言葉に、一同が、IMC中央の卓状モニターを囲むようにして集まると、東は、モニターを起動させる。サーモグラフィーのように、赤から青で彩られたグラフィックが、モニター一面に広がった。つい先ほど、副所長の片山が、訪ねてきた警察官二人に示したものと、同じものだ。
「……何っすか、これ?」先の二人と、同じ反応を示すティム。
「最初から、順を追って説明する。まず……皆は、コレは知っているか?」東は言いながら、モニターの中に、ウィンドウをひとつ割り込ませる。
「っ‼︎」直人とサニが、揃って目を丸く見開いたのを、ティムは見逃さなかった。ウィンドウの中で、『オモトワ』のサイトトップページが、賑やかな色彩を照らし出していた。
「んっ、どうかしたか?」東の声で、目を丸くしたまま、直人とサニは、お互いの視線を交えていた事に気付く。
「まさか、貴方達……」カミラが、目を細めて窺い見てくる。
「さっ……さっき来る途中で、広告看板見て〜、何かな? ってセンパイと話ししてたから! 奇遇だなって!」
カミラの表情は、全く変わらない。だが、この場で追及する事でも無いと判断したのか、無言のまま、ジッとサニを見つめる。一方で直人は、顔をモニターに俯けたまま、もう一つの冷ややかな視線を感じていた。
「……で、で、コレがどうしたんですかぁ?」サニは、カミラの視線から逃げるようにして、東に説明を促した。東も怪訝そうに二人を一瞥すると、説明に戻る。
「『想いは永遠に』、通称『オモトワ』という、最近、人気のヴァーチャルネットサービスだ」
東は、ここ二週間程の間で、奇妙な失踪事件が相次ぎ、それにこの『オモトワ』が関連している可能性がある事、そして、その関連性を明らかにしてほしいとの、警察から要請を受けての今回のミッションである事を、淡々と説明していく。
「なんとか『オモトワ』の動作環境を、我々の実験サーバーに構築し、ダミーアバターによるアクセス検証から、利用者に、サイト側から何らかのアクションがある事までは突き止めている」
東は言葉を区切り、説明に展開したいくつかのウィンドウを後退させ、もう一度、最初に見せた画面に戻す。
「それがコレだ。……見てくれ」東は、その中に浮かんでは消える、小さな光点を指し示しながら、そのスナップショットを拡大してみせる。
「解析によると、無意識層に浸透するタイプの、一種のPSIパルス信号らしい。我々は、何らかのサブリミナル効果をもたらすものと、見当をつけている」
直人は、魅入られたように、その光点の明滅を見つめている。
「この光点の正体を明らかにできれば、『オモトワ』と事件の関連性を、明らかにできる可能性があるのだが……残念ながら、この信号の現象界への復元は、不可能という結論に達した」
「なーるほど、そこでオレらの出番、って訳ね」要点を得るのに長けたティムには、話の筋が見えたようだ。
「そうだ。君達にはダミーアバターの無意識層に潜航し、この信号の正体を探ってきてもらいたい」藤川が、ミッション説明を引き継ぐ。
「すでに、ダミーアバター無意識層への、アクセス準備は出来ている。対人ミッションと、ほぼ同等の活動が出来るよう調整済みだ。真世!」「は、はい!」東の唐突な振りに、真世の身体に緊張が走る。
「アバターの精神反応信号を、擬似的にバイタル値変換して、モニタリングを出来るようにした。アバターに異常があればすぐにわかる。君は、異常を見つけたら、すぐに知らせてくれ」「はい」
「特に、今回は、アバターという特殊な環境だ。仮に、アバターの心象世界が消滅した場合、肉体が無い分、最悪、<アマテラス>の帰還が即不能になる可能性がある。真世、しっかりモニターを監視し、些細なことでも逐一報告するように」藤川は、真世の今回の役割の重要性を強調する。
「頼むわよ、真世」カミラも、言葉を重ねる。思わぬ重責が、肩にのしかかる真世。対人ミッションであれば、貴美子のサポートも期待されたが、今回は調査ミッションのため、サポートの予定は無い。
「わ……わかりました」震える声で、返事を返す。「そう心配するな」藤川は少々、プレッシャーをかけ過ぎた事に気付き、付け加えた。
「私たちもフォローするよ。大丈夫!」アイリーンと田中が、優しい笑みを真世に投げかける。「アイリーン、ありがとう」
「よろしくお願いします」その場の皆に一礼して仕事を引き受ける真世に、一同の暖かい眼差しが集まる。
卓状モニターに、通信ウィンドウが立ち上がる。




