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「直人!」

 

 思いがけない祖父との対面に、直人は目を丸めた。

 

「じ……じぃちゃん……」

 

「えっ、マジ?」直人の隣で、サニも少し驚いた顔を見せる。年の割にハイカラな、その老紳士と、どこかあか抜けない、幼顔の"センパイ"を見比べた。言われなければ、血縁者とは気付かないだろう。

 

「せっかくいらしたのに、会わずに帰るのは……」「ふっ……そうだな。ありがとう、貴美子」勇人は、貴美子のささやかな計らいに、素直に感謝する。

 

「では、私はミッションの準備がありますので。ここで失礼します。風間さん、お気をつけて」真世は、事務的な口調で淡々と挨拶を述べ、一礼すると、今来た通路をスタスタと戻っていった。

 

 真世の残した冷ややかな空気に、その場の一同は、身動きを封じられる。

 

「ま……真世? ちょっと!」呼び止める貴美子の声も、真世には届かない。真世は、振り向きもせず、通路の先に姿を消した。

 

「どうしたの? あの子?」

 

 貴美子の問いかけに、答えられるわけもなく、直人は、彼女が消えた後方の通路を、茫然と眺めていた。「センパイ……」直人に寄り添うように近寄ると、サニは心配げに見上げる。

 

「はっはは、直人!」突然、力強い重みが、肩にのしかかる。勇人は、そのまま何度か、直人の肩をポンポンと叩く。

 

「いやはや……これは恐れ入った。流石は我が孫! はははは」言いながら勇人は、直人の隣に立つサニに、ウィンクを投げる。「初めまして、お嬢さん。インナーノーツのお仲間かな?」

 

「はっはい。サニです」「うん、うん」

 

 勇人は、孫の肩に手を回すと、そのままグッと引き寄せ、直人の耳元で囁く。

 

「両天秤か?」「⁉︎」

 

「あのクールな真世ちゃんも美しいが、こっちのサニちゃんの健康美もたまらんのう。全く、楽しくやってるみたいじゃないか、えぇ?」齢七十を超えてなお、男女の秘め事への嗅覚鋭い祖父は、直人、真世、サニの関係を、直観的に見抜いたようだ。直人の、顔中の血管が拡がっていく。

 

「そっそんなんじゃ‼︎」「じゃあ、なんだ?」「……‼︎」言葉を失った直人は、肩に置かれた祖父の腕を、払いのけるのが精一杯だ。

 

 藤川、貴美子、サニの3人は、二人のやりとりを怪訝そうに窺う。

 

「ふん。……まあどっちでもいい。それはお前が決める事だな」

 

 腕を直人に払いのけられた勢いで、ズレた帽子を正すと、勇人は、白のユニフォームに身を包んだ孫の姿を、正面から見据えた。

 

「インナーノーツか……立派になったもんだ」

 

 勇人は、愛用の帽子で目元を隠すようにして、俯き加減で続けた。

 

「直人よ、"インナースペース(あっちの世界)"はどんなだ?」

 

「えっ?」

 

 帽子の陰から覗く、祖父の口元からは、笑みは消え去っている。

 

「俺には、この世界しかわからん……。だが、人を想い、人と繋がり、喜び、悲しむ……それはこの世界で、命あるものだけが知り得る、素晴らしいものだ……」

 

 藤川も貴美子も、勇人の言葉は、彼の孫だけでなく、自分達にも向けられたものである事を、即座に理解した。

 

「……俺は、それで十分だ……」独り言のように溢れたその言葉は、ここには居ない誰かに向けられているかのようだと、直人は思った。

 

 祖父は、顔を上げてもう一度、孫の顔を見つめる。

 

「お前達のミッションは、時に辛く苦しい事も……"受け入れ難い真実"を知る事もあるだろう」

 

「?」直人は、祖父の言葉の真意を受け止められず、キョトンとした顔で見返すばかりだ。

 

「風間!」声を上げる藤川を手で制すると、勇人はもう一度、今度は、直人の両肩に手を乗せ語りかける。

 

「だが、どんな事があっても、必ず帰ってこい! 俺は……俺は何度でも、この世界でお前に会いたい」

 

「……命を粗末にするな」肩に置かれた祖父の腕から、熱い血潮が流れ込む。

 

「いいな?」

 

 瞬き一つない祖父の、両目から覗く、大きな瞳は生命の力に満ちている。

 

「わかった……必ず、帰ってくる。約束するよ」気圧され気味に、直人は答える。

 

「……」祖父の目元が、ふっと緩む。

 

「お嬢さん」勇人は、サニに視線を向ける。

 

「は、はい!」「コイツのこと、よろしく頼む。どこかへ行ってしまわんように、しっかり捕まえててくれ」

 

「!」昨日の一件があるだけに、勇人のその一言が引っかかるサニ。

 

「わかりました! 必ず!」サニは、言いながら直人の腕を、後ろからそっと掴んでいた。そんな二人の様子を見て、貴美子は、真世の不機嫌の原因を理解すると、顔を綻ばせる。

 

 ……ほんと、あの子。よく似てるんだから……あの頃の私に……

 

 勇人は、直人の肩から腕を下ろすと、その場の一同に背を向けた。

 

「ではな。直人、コウ」

 

 背を向けたまま、勇人は愛用の帽子をとり、頭の上で二、三度振ると、そのままロビーを一人後にした。

 

「風間さん、お一人で?」「うむ……今回は、あくまでプライベートだそうだ……」

 

「そう」一人、去って行く勇人の背中に、一抹の寂しさを覚える貴美子は、そのまま彼の姿が見えなくなるまで見送る。

 

「ふん……彼女がアイツを選んだ理由……今更わかったような気がする。……」「えっ?」

 夫の独白を、思わず訊き返す貴美子に、藤川はただ、優しく微笑み返す。

 

「だいぶ時間を押してしまったな。直人、サニ、我々も上(IMC)にあがろう」「はい!」

 

 藤川は二人を引き連れ、反対側のIMCへと昇るエレベーターの方へと向かう。

 

 ……ほんとうに……必ず帰ってくるのよ……

 

 通路の先に姿を消す直人の背に、貴美子も祈るような、声にならない言葉を、胸の内で呟いていた。

 

 ……みんな、あなたの帰りを、待っているのだから……

 

 

 ****

 

 朝の回診が終わり、神取は療養棟の医局で一息ついていた。病院棟での回診、その後、立て続けの外来や、オペの対応に比べ、こちらは、入居者の異常対応が主な仕事。容態急変などの事態がなければ、落ち着いた職場だ。

 

 療養棟の医局に、交代で詰めている医師も、神取を含めて三人ほど。この時間帯は、病院棟の応援などもあり出払っている。常駐で、療養棟での研修に入る事になった神取は、その留守を預かっていた。

 

 朝の回診のデータ入力処理を終える頃、神取は秘匿メールの受信を感知する。御所の特級秘匿回線であり、結界領域内やPSI 現象化などで、時空間異常を伴うような領域でも、ある程度の交信を可能としている。IN-PSIDの監視網にかかる事もないが、神取は、さらに玄蕃に命じて細工を施し、万に一つも、IN-PSID側に通信を傍受される危険を排していた。

 

「……」軽く目を閉じ、脳内に浮かび上がる密書の文面を確認する。

 

「……ふっ……我が師は、実に簡単に仰せだが……どうだ、やれそうか?」

 

 人気の無い、医局の片隅にできた影溜まりに、声を投げかける。

 

 ……彩女が見たという、あの船か? ……

 

 玄蕃は、施設内の警戒網の穴を調べ尽くし、神取と連絡を取るポジションを、既に特定していた。医局内にも警戒網にかからないポジションを三箇所ほど確保している。

 

 ……そうだ……その存在は、御所も既に掴んでいたようだが、更なる情報を欲している……今日あたり、動きがあるやもしれんと……

 

 ……どこからそのような情報を? ……

 

 御所が掴んでいる情報を、現場にいる自分達が掴みきれていない事に、違和感を示す玄蕃。彩女から報告を受け、その船に関する情報を、可能な限り、この施設のネットワークにアクセスし調べたが、トップシークレットとなっているその船に関する情報は、一切引き出せなかった。

 

 ……さあてな……して、策はあるか? ……可能な限り霊界で直接、その船を観測したい……

 

 ……うぅむ……活動中の、その船の時空間座標だけでも捉えられれば、いくらか手はあるが……

 

 ……彩女を使って、その情報だけでも送ってよこさせるか? ……

 

 ……あやつが、あの船を見たという場所……あの一角の結界網は、容易く破れん……騙せたとしても、ほんの一瞬だろう……その間に、彩女の思念を辿れば、あの一角に入り込める可能性はある……だが……

 

 ……タイミングを誤れば、彼らに察知されるリスクがある……

 

 ……それだけではない……防衛措置を取られた場合、最悪、現象界への帰還すらままなくなる……

 

 ……なるほど……だが、他に手もあるまい……我が師の命は、絶対だ……

 

 ……心得た……手は尽くそう……

 

 ……うむ……

 

 影溜まりは、壁に溶け込むように、スッと消えてゆく。

 

「……異界を渡る船……か……」

 

 神取は、椅子の背もたれに、深く身を預ける。

 

 ……こちらの手の内に引き込みたい……

 

 師の言葉が想い出される。

 

「……異界船……神子……いったい何を成そうというのだ……御所は……」

 

 見上げた先の天井は、その問いに白く無機質な静けさで、答えるのみであった。

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