表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/232

交錯 3

「もぅ! センパイ! 早くってば!」「えっ⁉︎サニ、もう着替えたの⁉︎……って覗くなよ‼︎」

 

 IN-PSID地下一階フロアは、スタッフらの厚生施設フロアとなっており、その一角にインナーノーツ専用の更衣室(PSI-Link システム連携特殊仕様ユニフォームの保管のため、また緊急対応の備えとして、専用となっている)もある。更衣室の中は、更に<アマテラス>クルー人数分の五部屋と、予備一室の六つの個室となっていた。

 

「いーじゃん、今さら、恥ずかしがるもんでもないでしょ……あっ、パンツ見〜えた〜」

 

 サニに覗かれ、個室の鍵を閉め忘れていたことに気づいた直人は、動揺した片手で、ボトムスをたくし上げながら、もう一方の手で、ドアを強引に引き戻し、鍵をかけた。

 

「お、お前……なんで、そんなに、着替えんの、早いの⁉︎」「ふふん。遅刻の常習犯は、伊達じゃないのよん」ドアの外に追いやられたサニは、そのドアにもたれかけながら、不敵な笑みを浮かべる。

 

「はぁ……それ、自慢するとこかよ。……だいたいサニが……朝っぱらから……」そこまで言って、言葉を詰まらせる直人。

 

「朝っぱらから何よ?」

 

「……せっ……迫ってくるから……」

 

「えぇ〜っ? イヤだったの?」「いや……そうじゃないけど……じゃ……じゃなくて……」

 

「じゃあ、どうだったのよぉ?」意地悪く、訊き返すサニ。

 

 真世は、インナーノーツの更衣室の前を横切ろうとした時、賑やかな声を耳にする。

 

 母の居る療養施設から、IN-PSID中枢区画へ戻ろうとしていた真世は、その連絡通路に繋がるこのフロアを、小走りに通り抜けようとしたところだった。

 

 真世は、扉が開いたままの更衣室入り口から、ふと中を伺う。

 

「良かったんでしょ? ねぇ、センパイってばぁ?」「……」「ねぇってば、どうなの……」

 

「おはよう、サニ」

 

「あっ! 、お……おはようございます!」

 

 真世は心配そうに中を覗き込んでいる。突然声をかけられたサニが目を丸くして真世を見返した。

 

「早く行かなくて大丈夫? 集合かかってたんじゃ……?」真世も、呼び出しを受けたようだ。

 

「だ……大丈夫です!」その時、背中をドアに押される。咄嗟にサニは、その圧迫を背中で押し返す。「おい、サニ! 何してんだよ! 開けろよ」

 

「どうかした?」サニの妙な様子に、真世は、様子を伺うように近づきながら問いかける。

 

「な…….何でもないよ! 先に行ってて……」

「う……うん……」

 

 ドン! ドン! と、サニが押さえ付けていたドアが、音を立てている。

 

「?」不審に思い、覗き込む真世。

 

「へへへっ……ぅわ!」サニが、ドアに跳ね除けられるようによろけると、勢いづいたドアに引き摺られるようにして、直人が飛び出してきた。

 

「ったく、何の悪戯だよっ! もう時間ないんだから……」言いかけたその時、刺さるような視線を感じる。気配の感じる方へ、目を向けた直人は、一瞬のうちに凍りつく。

 

「お……おはよう……風間くん」「ふ……藤川……さん……」

 

 朝からサニと揃って、遅刻間際……更衣室にサニと二人きり……

 

 そ……それより……今の会話、どこまで訊かれたぁぁぁ……

 

 サアァァァァァァ……血の気が引き、背中に冷たいものが、滑り落ちていく。

 

 硬直した首をそのままに、視線を横に移すと、開けたドアの反対側から、サニの呆れ顔が覗いていた。……気づけよ、バカ……と言わんばかりの顔でこちらを窺っている。

 

 真世は、二人の様子をジッと見詰めている。

 

 直人は、何か言いたそうに口をモゴモゴさせた。

 

 ……直人くんの方は、どうなのかしらね……

 

 ふと先程の、祖母との会話が、真世の脳裏をよぎった。

 

 ……付き合ってはいない……

 

 祖母の言葉に答えるように、先日の直人の言葉が蘇る。真世は、それらを吹き消すように、小さく一つ溜息をつく。

 

「お邪魔しちゃったね。それじゃ、ごゆっくり」

 

 微かな微笑みを、口元だけに浮かべ、真世は踵を返すと、ツカツカと更衣室の外へ、足速に去っていった。

 

 ……おやおや……

 

 真世の心に巣食う彩女は、面白いものが見れたと、ほくそ笑んでいた。

 

「……! ……!」メルジーネ の凍てつく波動をも堪えた直人も、真世の微笑の前には、為すすべもない。

 

「はぁ……ったく……ほら!」ふいに、どんっと背中を押され、直人はよろけながら、凍結から解き放たれた。

 

「追いかけたら?」ジト目のサニが、口を尖らせ気味にせっつく。

 

「えっ……」「いいから!」ためらう直人の背中を押しながら、駆け出すサニ。

 

「ちょ……ちょっと!」

 

 二人が廊下に出ると、直ぐ近くのエレベーターホールで、真世がエレベーターに乗り込もうとしている姿が見えた。

 

「あっ! 待ってくださぁ〜い!」サニが呼び止める。駆け寄る直人とサニに気づいた真世は、一瞥すると、何も言わずにエレベーターへと乗り込んでいった。

 

 ……が……ガン無視⁉︎……

 

 直人の胸に、その一瞬のうちに、重い刃がのしかかる。

 

「どうぞ……」

 

 だが、直人の動揺とは裏腹に、真世は、ドアを開放したまま、二人をエレベーターの中へ招きいれた。

 

「ありがとうございます!」サニは、軽く礼を口にしながら、直人を押し込むようにして、エレベーターに乗り込む。

 

「なんか、今朝、あたしの車、調子悪くて……センパイに乗せて来てもらったんですよぉ。ゴメンね、センパイ。あたしのせいで遅くなって」「??」キョトンとしている直人の背中を、軽く小突くサニ。

「あ……あ、うん」ここは、サニの口車に乗るのが無難そうだ。

 

「そう……大変だったね」真世はそう言い放つと、言葉を続けるでもなく、エレベーターを操作する。

 

 エレベーターの扉が、沈黙の密室を作り出す。インナースペースの時空間断層に堕ち込んだ、あの時の感覚を、直人は思い出していた。

 

 エレベーターが静かに上昇を始めようとした時、頭の中に響くテレパス・メールの受信音に、真世は、ふと顔を上げる。

 

「もう……お婆ちゃんったら……」いくぶん頬を膨らませながら呟くと、真世は、素早く操作盤の『1F』スイッチを押した。

 

 

 時刻は朝九時に差し掛かっている。職員や来客でいくぶん賑わっているIN-PSID中枢区画の一階ロビーに、エレベーターの到着音が響く。

 

 言葉も無く、エレベーターから降りてくる勇人。その後に、藤川と貴美子が続く。

 

「風間さん、私達はここで」エレベーターの中に残るカミラとアランは、軽く頭を下げて勇人を見送った。

 

「あぁ……ではな」勇人は、愛用のイタリアンハットを軽く持ち上げて応える。カミラとアランを乗せたエレベーターは、そのまま地下へと下りていった。

 

「……」勇人は、無言で帽子を深く被り直す。

 

「……風間」「何も言うな、コウ」

 

 手をそっと挙げて、藤川の言葉を遮ると、勇人はそのまま藤川に背を向ける。貴美子は、二人の間に入り込むことが出来ず、ただ彼らを見守っている。

 

「お前の言うことは、理解したつもりだ……」勇人は、胸の内に昂ぶるものを抑えるように、深く息を吐き出す。

 

「とにかく、そこまでするからには、必ず結果は出せ……。いいな」そう言い残すと、勇人は玄関の方へと歩み出す。

 

「ちょっとぉ、真世さん! どこ行くんですかぁ?」

 

 貴美子は、その声のする方に顔を上げた。

 足速に近づいてくる真世に先導され、その後ろを、サニと直人が小走りで続いて来るのが見えた。

 

「真世! こっちよ」孫を呼ぶ貴美子の顔に、笑みが戻る。勇人も、その声に後ろを振り返った。

 

「おお、真世ちゃん! わざわざ見送りに……」

 

 真世の姿に、顔が綻んだ勇人の視界に、久しく会っていない、孫の姿が飛び込んできた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ