闇の中で光るもの 4
「わかりました。可能な範囲で結構です。続けてください」上杉は、丁寧に藤川の申し出を受け入れる。
『はい……まずひとつ、わかった事ですが、『二十年前の震災被災者』に対して、オモトワが何らかの働きかけをしている……という事です』
「確かに……我々の調査でも、失踪者の多くは震災被災者、親族である事は、判明していましたね」
上杉は、確認するように、葛城に投げかける。
「ええ。ちょうど今、オモトワで『震災二十周年キャンペーン』なるものを実施しています。失踪者の身辺調査や、ネット上の噂などから、我々も震災を介してオモトワと、失踪事件を結びつけるようになりました」
『……』片山は、二人のコメントが終わるのをじっと待つ。
「片山くん」藤川が、説明を続けるよう促す。
『あ……は、はい。そこで、我々の準備した、記憶……』片山は、口ごもる。『いえ……えぇと……合成した震災記憶を、アバターの無意識領域に再現し、そのアバターで、何度かアクセスをトライしてみたところ、なんとかオモトワ側からのアクションを引き出す事に、成功しました』
「おお! 本当か⁉︎」勇人は色めきだち、腰を浮かせる。
「我々の分析では、そこまで到達できませんでした。この短時間に……素晴らしいです」賛辞を送る上杉も、自然な笑顔を見せた。
「ですが……」彼らの反応とは裏腹に、片山の表情は硬い。一瞬、和らいだ空気は、再び一同の肩へとのしかかってくる。
『オモトワ側からのアクション……何らかの信号のようですが……』片山はそこまで言うと、言葉を濁らせる。かわりに、分析したアバターの無意識領域の活動マッピング図を展開して、モニターに映し出した。サーモグラフィーのようなマップ上に時折、光点のようなものが現れるが、即座に周辺に拡散し、馴染むように溶け込んでいく。それが、マップ上でいくつも確認できた。
「これは……何ですか?」困惑しながら、葛城が問うが、片山からの説明は無い。彼は、この現象を、うまく説明しうる言葉を持ち合わせていなかった。この画像だけで、状況を把握できるのは、藤川くらいなものであろう。
「うーむ……信号は無意識深くに浸透して、現象界、いや本人の表層意識にすら、感知されないようになっているようですな……」藤川が、片山に変わって説明する。
「つまり?」葛城は、さらなる説明を求めた。
「つまり、受け取った本人の無意識に、直接働きかける、何らかのサブリミナル効果を持った信号の可能性がある……そういうことでしょうか?」
上杉の出した結論に、藤川も大きく頷いて答える。
「なるほど! だったらその信号の内容を解析すれば!」声を張り上げる勇人を、藤川が制する。
「そう簡単にはいかんだろう……意識化されず、無意識領域に浸透した信号を、現象界に復元するのは、非常に困難だ……そうだろう、片山くん?」
『は……はい……』藤川の考えの通りであった。早朝から何度も信号の復元を試みていたが、尽く失敗を繰り返していた。
「……そ……そうなのか? そこまでわかっていながら……」落胆した勇人は、再び座席へと、深く腰を落とした。
「上杉さん、確証とまではいきませんが、少なくともオモトワ側からの、利用者に何らかの働きかけがあることは、確かめられました。こうなったら人海戦術です。捜査員をネットカフェに張り込ませて、利用者の足取りを追跡すれば!」
「葛城君、内容もわからない情報で、捜査員の動員はできませんよ。それに……」上杉は、紅茶を一口含む。そのゆったりとした所作は、その場の空気まで飲み込むかのようだ。
「セキュリティカメラなどの解析結果から、行方不明者の足取りを追えるものは、ほとんど出てきませんでした。生体認証方式、PSI パルス照合方式に関わらず……オモトワが関与していると思われる捜索願は、五千件を超えるというのに……おかしいとは思いませんか?」
葛城は、上杉の言わんとすることをすぐに理解した。彼も薄々、感じていた疑問を口に出す。
「まさか……警察内部に、事件に関わっている者がいると?」
「断定はできませんがね。ただ、この事件、背後に何か、巨大な組織的力があるとみて良いでしょう」
「くそっ!」忌々しい腹立ちを抑えるように、葛城は、右の拳を左の掌に打ち付ける。やはり決定打が欲しい……。重苦しい沈黙が、部屋を包み込んで行く。
「方法が、ないわけではない……」
藤川の一言に、その場の一同は顔を上げる。
藤川はゆっくりと腰を上げ、バルコニーの方へと向かう。朝日を浴びて輝く日本海の水平線を眺めながら、藤川は言葉をつなぐ。
「外から見ようとするからわからないのだ。
……ならば、無意識領域の内側で、その信号を捕まえればよい」
勇人は、その言葉にハッとする。片山も藤川の考えを、直ちに理解した。
「おい、コウ! まさか?」「しょ……所長」
「そのような事が、可能なのですか?」上杉は、平静を保ったまま問う。
「ええ……理論的には。ただ……」向き直った藤川は、そこで言葉を止めた。
「わかっております。『企業秘密』……ですね」上杉は、にこやかに微笑みを浮かべる。
「申し訳ない。……この件、もうしばらく、我々に預けては頂けまいか?」
藤川のその言葉に、上杉は、静かにティーカップを受け皿へと戻すと、すっと立ち上がる。
「大変美味しいモーニングティー……ご馳走様でした。我々も、解決の糸口が欲しい。恐縮ですが、引き続き、よろしくお願いします」
上杉は、藤川へ軽く頭を下げ、信頼の意を示した。
「えぇ。全力を尽くしましょう」上杉を真っ直ぐ見据え、藤川も、言葉に力を込めた。
「風間理事長、我々は、捜査があるのでお先します」上杉は、自分の荷物を手早くまとめ、席を立つ。
「ん? あ……ああ」
「葛城くん、行きますよ」「はっ、はい」コーヒーの残りを、一気に流し込む葛城。
「コーヒーも、ご馳走さまです!」慌ただしく席を立つと、小走りに上杉の後を追う。
二人は、所長室の入り口で向き直り、軽く会釈を送ると、そのまま、機敏な足取りで姿を消した。
「ちょっと行動が、突飛なんだよなぁ。上杉君は……。一昨日の晩も、唐突に呼び出されて、持ちかけられたのが今回の話だ」ボヤくように呟く勇人。
「突飛なのは、お前さんもいい勝負だろう」
藤川は自席へ再び腰を下ろすと、残っていた自分のコーヒーを静かに飲み干す。
「言ってくれるねぇ〜。こちらも色々あるんよ」苦笑いを浮かべながら勇人は、ティーカップを口元に運ぶ。
『所長……先ほどのお話は……』モニターに残っていた片山が、不安げな表情を浮かべながら問いかけてくる。
「うむ……やれそうかな?」
『はい。システム的には……ですが……大丈夫でしょうか? この無意識の情報は……』
勇人は、二人のやりとりを怪訝そうに伺いながら、紅茶を啜る。
「……いや、むしろ彼の導きやも知れん……大丈夫、私は、直人を信頼している」
「‼︎」思わず、紅茶を吹き出しそうになるのを、堪える勇人。
「な……直人だと⁉︎コウ、お前……一体何を⁉︎」藤川の口から飛び出した孫の名に、勇人は、身を乗り出して喰いかかる。
「片山君……構わん、準備を進めてくれ」
『……わかりました……』片山は、勇人へ一礼すると、通信を切った。
「コウ……直人に何かあったら、お前でもタダでは済まさんぞ」
藤川が、今回の問題解決に"インナーノーツ"を投入しようとしていることは、勇人にもおおよそ察しがついた。
世に明るみになったていない、IN-PSID最重要機密……勇人もまた、その関係者の一人である。インナーノーツとサイクラフト……これは亡くなった息子で、直人の父、直哉の残した事業であり、勇人もそうした縁で、陰から主に資金面などで協力をしてきた。だが、直人が危険を伴う、その隊員となると聞かされた時には、藤川とは大いに揉めたものだ。最終的には、直人自身の意思を尊重する、という事で、渋々了承したのではあったが……その時の想いが、勇人の胸の内にジワジワと込み上げてくる。
……コウ……お前は、直人をどうする気だ?
勇人の、まみあやあ見開かれた二つの血走る眼が、藤川をじっと見据える——




