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闇の中で光るもの 1

「亜夢ちゃん‼︎」

 

 真世は、手持ちのオーラキャンセラー(PSIシンドローム患者によるPSI現象化を抑制する拳銃型医療器具。IN-PSIDユニフォームに標準装備されている)を構える。

 

 PSI現象化を強制的に抑圧する、オーラキャンセラーは、対象者に心身的な負荷を強いるが、真世に躊躇している余裕はなかった。

 

「ごめんね、亜夢ちゃん!」

 

 視覚効果の発光を伴う抑止波が、亜夢のオーラに向かって放たれた。

 

「うぅ……う……ぐぁあああ‼︎」亜夢は自身を締め付ける感覚に一瞬怯む。

 

 真世は出力ボリュームを徐々に上げていく。

 

「グゥゥ! ……ウゥゥ……!」亜夢は、自身を縛り付けようとする、不快な感触の出所を認めると、それを手にした真世を、鋭く睨みつける。

 

 PSI現象化の現れの一つであろうか? その眼光は赤く憎悪に満ちた光で満たされ、目にしたものを焼き尽くさんばかりに燃えたぎっていた。恐怖に慄きながらも真世は、さらにオーラキャンセラーの出力を上げるが、既にその目盛は、最大域に達していた。

 

 亜夢のオーラは、抑制されるどころか、益々燃え上がり、その眼は獲物を捉えた狼の如く、真世を見据えていた。

 

「……あ……亜夢……ちゃん……やめて……」

 

 真世は、ガクガクと膝を震わせるだけで身動き一つできず、助けを呼ぶ声も出ない。殺気の塊となった亜夢は、見境なく真世に飛び掛る。反射的に真世は、目を閉じ、身を屈めた。

 

 一瞬、激しい閃光が、閉じた瞼の隙間から、入り込んだような気がした。

 

 ……その娘を下がらせろ……

 

 ……はぃ……

 

 頭の中で、何者かの会話を聞いたような気がしたのと同時に、すっと意識が遠く……

 

 ……わたしは……亜夢ちゃんに? ……亜夢ちゃん……

 

 神取は、破邪の結界を展開し、亜夢と真世の間に立ちはだかる。神取の結界は、目には見えないが、亜夢のオーラが触れると、両者が反応し激しい閃光を放つ。

 

「……強大だが……荒々しい……こんなものか? 神子の力とは?」

 

 亜夢は、獣のように歯をむき出し、爪を突き立てるようにして、結界に向かってくる。だが結界は、その炎が如く燃え上がったオーラに反応し、亜夢が、自身の炎を燃え上がらせるほど、抵抗度を増す。

 

 ……まったく、だらしのない娘だよ! ……

 

 硬直しきっている真世の身体を乗っ取り、彩女はその身体を、内側からなんとか動かす。ぎこちない足取りで、壁づたいに真世の身体を後退させると、そのまま真世の身体を、壁際にへたり込ませた。

 

 ……旦那様! ……

 

 彩女は、指示どおり、真世を安全圏に導いたことを告げる。

 

「よし……」神取の指先が、空を切り、切れ長の細い両目が見開かれる。

 

「鎮まれ‼︎」

 

 そのまま結界は、獣を拘束する網のようになって、亜夢を包み込んでいく。激しく抵抗する、亜夢の放つオーラとの摩擦が、周辺に閃光を伴う衝撃を巻き起こし、施設の壁や床の表面に、細かな亀裂を走らせた。

 

「ぅがあぁ……ががぐが……‼︎」

 

 亜夢は、神取の拘束に、その場にひれ伏すが、なおももがき続ける。神取が"鎮魂"の呪禁の言葉を唱えながら、容赦なく結界の拘束を強めていくと、亜夢のオーラから、次第に炎の気配が消えていく。

 

「んっ?」その時、神取は、ふと亜夢の内なる気配に、微妙な変化を感じる。同時に、亜夢の発するオーラは、体内へと吸収されるかのように、みるみる終息していった。

 

「……まさか……」亜夢の身体を、次第に清浄な気配が包み込んでいった。

 

 神取は、呪縛を徐々に緩めながら、様子を伺う。

 

 彼は知っていた……この気配を……

 

 亜夢の放つオーラは、小川の清流の如き様相へと変化している。獣のような形相も、いつのまにか、穏やかな、気品に満ちた表情へと変化していた。縋るように神取を見つめる瞳は、静かな湖の、水鏡の如き光を湛えている。潤んだその瞳は、精一杯の感謝の意を伝えているかのようだった。

 

 神取はしばし、魅入られていたが、程なく亜夢は急激に脱力し、その場に崩れる。亜夢は、そのまま眠りへと落ちていった。

 

「神子……」神取は、目の前の少女こそ、追い求めていた『存在』なのである事を、改めて確信していた。

 

 

 ****

 

 ……また灯りだ……

 

 ……ちょっと、何なの……眩しいよ……

 

 ……あ……っ……頭ガンガンする……

 

「……さん、……くさん!」

 

 ……もう、なに? ……うるさいなぁ……

 

「お客さん! ……しっかりしてください!」

 

 ……はぁ? ……あたしは何とも……

 

「お客さん‼︎」

 

「‼︎」サニが目を開けると、店のオーナーらしき中年の男が、懐中電灯片手に、サニの顔を覗き込んでいた。

 

「よかったぁ……大丈夫ですか?」オーナーは、ホッと肩を落とす。

 

 部屋の外は、何やら騒がしい。どうやら、この部屋の異変に気付いた野次馬達が、覗き込んでいるようだ。他の部屋のシステムにも影響が出ているらしく、「どうなっているのか」だの、「早く復旧させろ」だの、文句の声も聞こえてくる。

 

「……あたし……」状況が飲み込めないまま、サニはあたりを見回す。そうだ、ここはオモトワのセッションルーム。センパイとここに入って……

 

「……あれ? ……センパイ?」

 

 サニの隣には、直人が腰掛けていたはずだが、姿が見えない。

 

「センパイ‼︎」

 

 焦りをあらわに、立ち上がってあたりを見回すサニ。先ほどまでのヴァーチャル体験が、徐々に蘇ってくる。

 

 ……まさか『神隠し』!

 

 オーナーも、もう一人いた事に気付いていなかったらしく、照明が回復しないその部屋を、くまなく懐中電灯で探し始める。

 

 オーナーの顔にも焦りが見える。どうやら彼も、あの噂は知っているようだ……だが、自分の店でそんな事があっては、たまったものではない。二人は部屋の隅々を探し回るが、直人の姿は何処にも見えない。

 

「もう、どこへいっちゃったのよぉ!」

 

 その時、部屋を覗き込んでいた野次馬達が、にわかにざわつき始めた。部屋の外で、何かあったようだ。先ほどまで、こちらを覗き混んでいた野次馬達も、そちらへと引き寄せられていった。

 

「! ……センパイ⁉︎」

 

 サニは、直感的に走り出す。オーナーもそれに続いた。

 

 システムエラーで、部屋から追いやられた利用者らは、次々と野次馬達に加わり、廊下は人でごった返していた。

 

「ちょっと! どいてよ!」と、その人垣を押し分けて、サニは騒ぎの輪の中心に割り込んでいく。

 

「大丈夫ですか! しっかりしてください!」

 

 若い利用客らの、懸命に呼びかけている声が聞こえる。

 

「センパイ‼︎」

 

 サニは、廊下の壁にグッタリと寄りかかり、倒れ込んでいる直人の姿を認めると、救護にあたっていた若者らの間に、身を押し込んだ。

 

 直人は口から泡を吹き、半目を見開いたまま、俯き、身体を時々ピクつかせている。

 

「しっかりしてください! センパイ!」

 

「なんか、フラフラ歩いてるなってみてたら、急に痙攣を起こして倒れたんです……」

 

「……ホント、マジ、ビビったわぁ……」

 

 サニを連れと認めた若者らは、口々にその時の状況を述べた。

 

「きゅ……救急車をっ……」「待って!」

 

 サニはオーナーの申し出を遮ると、小型の携帯オーラキャンセラー(IN-PSID所内で携行しているものより、出力は劣るが、オーラ整調機としても使用でき、応急処置キットとしてIN-PSIDスタッフは持ち歩いている。市販もされている)をハンドバッグから取り出すと、直人の身体の上を、舐めるように照射していった。

 

 救急車を呼ぶ方が最適であったろうが、十中八九、IN-PSIDの救急に運ばれてしまうだろう。そうなれば、事の経緯を隊長やら、所長らの知るところとなり、大目玉を食らうのは目に見えている。日頃から、こうした高負荷のヴァーチャルネットサービス利用を、禁止とまではいかないが、特にインナーノーツのメンバーは、仕事柄、自制、自粛を求められているのだから……

 

「ん……ぅんん……」

 

 直人の痙攣は、携帯オーラキャンセラーの柔らかな光の中で、次第に癒されていった。幸い、症状は軽いようだ。

 

 静かに目を開ける直人。

 

「……サニ……」

 

「センパイ! ……よかった!」サニは思わず、直人に飛びつき、安堵の溜息を漏らす。周りで見守っていた、若者達やオーナー、野次馬達もほっと肩をなでおろす。

 

「立てますか?」「う……うん……」

 

 サニの肩を借り、直人はヨロヨロと立ち上がる。野次馬達は、観賞の対象が一つ消えた事で、また口々に、各部屋のシステムエラーの早期復旧を訴え始める。オーナーにそれ以上、直人らを気遣う余裕はなく、直ぐにトラブル復旧へと駆り立てられていった。

 

「……もぅ……なんでこんなところに?」

 

 直人の顔にも生気が戻ると、安心したサニは、いつもの棘のある口調で問う。

 

「わからない……ただ、何かにずっと呼ばれているような気がして……」

 

「!」システムがエラーを起こして、止まらなかったら……もしかしてセンパイは……

 

 サニは急に、背筋が寒くなる。

 

「ねっ……今夜も一緒に居てあげる……」

 

「い……いや、いいよ……」「ダメ!」サニは、直人に腕を絡めると、その腕にキツく力を込めていた。


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