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残滓 1

「エネルギー充填百二十パーセント! 総員、対ショック用意! 発射十秒前!」

 

「九……八……」

 

 握りしめたPSI波動砲発射装置のグリップは、鉛のように重く、微かな振動を両手に伝えてくる。

 

 身体の内側から湧き上がる衝動は、動悸へと変わっていく。直人は、自分の鼓動と発射装置の振動が同調しているのを、徐々に感じ取っていた。

 

「……七……六……」照準に映し出されるメルジーネは、冷酷な微笑みを湛えたまま、直人を挑発するように見据える。

 

 ……撃っちゃえよ……

 

 ……そうすれば、楽になれる……

 

 ……ほら、ほら! ……

 

 直人に囁きかけるその声は、自分の声にそっくりの声色で、笑い転げるように、直人に語りかける。

 

 気付くと拳銃型の発射装置の先端が、自分の方へと向き、今にも破裂しそうな風船の如く膨れ上がり、赤黒い、マグマのような発光を漏らしている。

 

 ……これを撃ったら……撃ったらダメなんだ‼︎

 

 咄嗟に直人は、発射装置から手を離そうとするも、磁石のように吸い付く発射装置から、手が離れるどころか、より一体となっていく。

 

「センパイ! どうしたの?」「何やってんだ? 早く撃てよ!」横に立つサニとティムが、嗾ける。

 

「同調率百パーセント! ナオ、今なら!」「そうよ。今度こそいける!」アランとカミラも、直人を励ますように言葉をかけてくる。

 

「駄目だよ! これを撃ったら! 皆んな、死んじゃう!」直人は、必死に抵抗する。

 

「何言ってんだ? 手伝ってやるぜ!」「あたしも!」ティムとサニは、発射装置に取り付き、直人にトリガーを引かせようと、力を込めてくる。

 

「やめ……やめろよ!」

 

 ティムもサニも、その手を引くことはない。

 カミラとアランまで、いつの間にか直人の両側に立ち、ティムとサニに加勢する。

 

「ぁわぁあぁ!」直人は、声にならない声をあげながら、絡みとられた手を、必死に抜き取ろうともがく。

 

 ……撃っちゃえ……そうすれば楽になれるよ……

 

 また、声が木霊する。

 

 揉みくちゃにされ、薄れゆく意識の中、メルジーネの、変わらぬ冷酷な眼差しを感じ取る直人。

 

「た……助けて! ……あむ……アム……ネリア!」

 

 直人は『あの名前』を思い出し、呼び掛け叫ぶ。メルジーネのその瞳から、一筋の涙のような煌めきが、流れ落ちたようにみえた……

 

 

 はっとなって目を開け、体を起こす直人。

 

 自分の置かれた状況がすぐに把握できず、辺りを見回す。次第に意識がはっきりしてくると、この場所が何処なのか、わかってきた。何度か訪れたことのある、見慣れた部屋だ。

 

 あちこちに、ブランドもののカバンやら靴、化粧品……それが入っていたであろう箱が、乱雑に、部屋の脇に寄せられている。

 

 部屋の中央のテーブルの上には、ウィスキー、焼酎の瓶が2、3本立ち並び、残った乾き物と、グラスの中身から立ち込める臭気が、鼻に付く。その臭いに、昨夜の記憶がだんだんと呼び起こされてくると共に、はたとベッドの上で、何も身につけていない自分に気付いた。

 

 二日酔いの気持ち悪さと共に、自己嫌悪の感情がふつふつと湧き上がってくる。

 

「……また、やっちゃったのか……」

 

 直人がベッドから出ようとしたその時、閉まった部屋のドアの向こうから、パタパタと足音が聞こえてくる。咄嗟に直人は布団に潜り込み、寝たふりを決め込んだ。

 

 ドアノブを回す音に続き、ドアが開く音がする。

 

「あれ……まだ寝てるの……?」ボソッと呟いたサニは、そのままベッド近づき腰を下ろすと、直人の寝顔に顔を近づけて、舐めるように見回す。

 

「もう……自分ばっかり、さっさと果てちゃうんだから」

 

 ジッと見つめる、サニの視線を感じながら、直人は寝たふりを続けた。

 

 昨晩、直人は誘われるまま、繁華街からほど近いマンションに、独り住まいをしているサニの部屋に立ち寄り、二人で飲み直し、そのまま一夜を共にした。

 

 二人の関係は、サニがIN-PSID附属大学の特別研究科に後輩として入って来て以来、断続的に続いている。

 

 その新入生歓迎会で、最初に声をかけて来たのはサニの方だった。無意識の感覚に、似通ったものを直感で感じとった二人は意気投合し、その夜、彼女に誘われるままに、関係を持った直人。直人にとっては初めての女性であり、その後、何度か身体を重ねるうち、サニに情が移った直人は、一度、彼女に交際を申し込んだ事もあった。

 

 しかし、サニは特定の恋愛に縛られる事を嫌い、直人との交際を拒む。さらに直人以外にも、身体だけの相手が何人かいる事を暴露。彼女にとってそれは、スポーツや食事のようなものだという。

 

 直人はサニのその感覚についていけず、程なく彼女が、インナーノーツのメンバーに抜擢された事も相まって、彼女との関係を、次第に遠ざけるようにしていた。

 

 もともと、真世の事が気になっていたこともあり、彼女との秘めた関係を、断とうとしている……が、その試みは、彼女の気まぐれな誘いの度に打ち砕かれている。直人は、自分の意志の弱さを、毎度の事ながら呪わずにはいられない。

 

「はぁ……バーチャルみたいには、いかないかぁ〜」サニがうわ言のように呟く。

 

 ……バーチャル? ……

 

 直人は、薄目でサニの様子を伺う。

 

 シャワーから出たばかりなのだろう。バスタオル一枚を身体に巻き付けた姿の、彼女のブルネットの髪には、まだ湿り気が残っている。褐色の肌に弾かれた水滴が、彼女の背中を滑り落ちる。

 

 ……綺麗だ……と直人は、素直に思う。十分すぎるほど、彼女は魅惑的なのだ……性格以外は。

 

 思わず身体が反応してしまう動揺を、必死になって抑えながら、更に様子を伺う。

 

「パパかぁ……」そう呟きながら、何かを思い描いているようなサニの素ぶりを、直人は薄目越しに認める。どこか、淋しげな表情に見えた。

 

 程なくサニは、思い出したように左の掌を拡げ、指輪型の小型端末を起動させる。左の掌の上に、光ディスプレイが形成されるや、サニはディスプレイ上で、素早く反対の手を走らせ始めた。バーチャルネットにアクセスしている様子だ。

 

「今から予約……とれるかなぁ……」サニは、そのままネットの画面をスクロールしたり、タッチする作業を、手早く繰り返している。

 

 ……何、見てんだ? ……

 

 気になった直人は、そっと身を起こし覗き込む。サニは、直人の気配に気づく事なく、画面の操作を続けていた。

 

「……あ、それ……昨日の?」

 

「! っわ? って、せ……センパイ⁉︎ビックリした!」

 

 ディスプレイに開かれていたのは、昨晩、街中で見かけた広告のサイト、『想いは永遠に。(オ・モ・ト・ワ)』の会員専用ページだった。

 

「へー、サニやってたんだぁ〜」

 

「ちょっ……ちょっと見ないでよ!」掌を閉じて、画面をシャットダウンしようとするサニの手を、直人は無理矢理止める。昨夜の逆襲だ。

 

「いーでしょ? ちょっとだけ」「だ……ダメだって‼︎」引っ込めようとするサニの腕を、両腕でつかまえ、手を開かせながら、画面をスクロールさせていく。

 

「ん、面会履歴? 誰と会ってんの?」「や……やめてよ……もう!」若干、いつも小馬鹿にされている腹いせも混じって、直人は、必死に抵抗するサニを押さえつけながら、画面を追う。

 

「はっ?」

 

 面会履歴の表示に、思わず手を止める直人。その隙に、解放されたサニは、手を引っ込め、画面を閉じて顔を背けた。

 

「ははぁ……バーチャルって、そーゆーこと?」「し、知らない!」サニは顔を赤らめ、頬を膨らませて、口を閉ざす。

 

「オレをネタにして、遊んでたってわけ?」

 

 直人は、意地悪い口調で責め立てる。サニは、顔を俯けて黙り込む。直人は、いつもの立場が逆転した事に、いささか快感を覚え始めていた。

 

「……だって……センパイ……最近、ずっとご無沙汰だったんだもん……」サニはか細く、呟く。

 

 いつになく、しおらしい。そのまま口を閉ざすサニ。微かに、肩を震わせているように見える。

 

 ……まさか、泣いてる? ……

 

 直人の快感は、たちまち焦りに反転する。

 

「……ご……ごめん、やりすぎた……ほんと、ごめん」

 

 背中を向けるサニに、直人はひたすら頭を下げる。

 

「……」「……怒って……る?」

 

「……ぷっ……」「?」

 

「ぷっぷ……ぷははは!」腹を押さえながら、笑いを吹き出すサニ。

 

「えっ?」「センパイってほんと、こーゆーの、弱いよね。安心して、センパイに泣かされるほど、ヤワじゃないの、アタシ。くくくっ!」

 

 ……やられた! また、騙された……

 

「……もう、帰る……」サニにはまるで敵わない。脱ぎ散らかしていた自分の衣服を、いそいそとかき集め、逃げ出す準備を始めた。

 

「やだ、待ってよ! センパイ!」コロコロ笑いながら、引き留めるサニ。

 

「どーせオレは、キミのオモチャだよ。さよなら」着替えもまばらに、ドアへと向かおうとする直人の腕を、今度はサニが捕まえる。

 

「もう! センパイ、パパに会ってみたかったんでしょ⁉︎」

 

 サニのその言葉に、直人は動きを止めて振り返った。


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