無明の夜 4
「確か、ナオのオヤジさんって、所長やチーフがJPSIO(ジェサイオ:Japan PSI-development and Initiatives Organization——全日本PSI開発推進機構)にいた頃、所長の部下で、オレたちの乗ってる、PSIクラフトの基本設計を完成させた人だろ? 二十年前の震災で、その試作機を建造中に亡くなったって、聞いてるぞ」
ティムは、インナーノーツ加入時の頃、聴かされた話を思い出す。
「うん……二十年前のあの震災の日、PSIクラフトの試作機を守ろうとして、亡くなったらしい……」
「ふーん、センパイは、パパの後を継いだんだねぇ」
「そんなカッコいいもんじゃないけど……」直人は、並々と注がれた盃を一気に空ける。応じて、サニは注ぎ足す。
「あの日……オレ達は、家族で父さんに面会に行ってたんだ……四歳の頃だから、ほとんど記憶ないけど、ボンヤリ残ってる。……けど、父さんには、なかなか会えなくて……」
直人はもう一口、注ぎ足された酒を啜ると、話を続けた。「オレは父さんに会いたくて、一人で研究室の方に向かったんだ。何回も行ってたから、場所は知ってた。けどその時、揺れに襲われて……」
ティムとサニは身を乗り出して、直人の話を伺う。
「……そこで記憶が途切れている……次に覚えているのは、病院で目を覚ました時の事……」
そう、そこで真世に初めて会ったのだ。けれどその話を出せば、ネタにされるのは見えている。直人はそこで、言葉を区切った。
「……まぁ、災難な話だが……もう二十年も前の話だし……記憶も無いんだろ? なのに何故、そのことが? ……」ティムは、直人の話がどうも腑に落ちない。確かに、被災者らが未だにPTSDや、PSIシンドロームに苦しんでいる話は良く聞いている。だが、話から察するに、直人は父親を亡くしたとは言え、その現場に立ち会ったわけでもなく、度々の検査でも、直人からそういった症状は確認されていない。
「だから、オレにもよくわからないんだよ……。ただ父親の事を思い出そうとしたり、あの日の事を意識すると、何かこう、モヤモヤするっていうか……強烈な自己嫌悪だったり、落ち込んだり……とにかく、すごく嫌な気分になるんだ……」
今もそうだと言わんばかりに、グラスに残った焼酎を飲み干す。
「……どうしてか……死んでしまいたいとすら……思うこともある……」哀しげに呟いた直人の言葉が、サニの脳裏でリフレインする。
「……慰めて、あげよっか? セ・ン・パ・イ?」サニは、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら、直人の腕に自分の腕を絡める。いつもなら、何かしら抵抗する直人が、すんなり自分を受け入れていた。酔いのせいだけではないだろう、よっぽど精神的に参っているのだと、サニにはわかる。
「行こ……」「うん……」直人は、サニに導かれるまま、その身を彼女に任せた。
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謁見の間の御簾の奥が、威厳に満ちた空気に打ち震える。老翁は平伏し、その御身が着座するのを、ただ静かに待つ。
「『苅り』は……順調のようで……あるな」
御簾の奥から、秋の木の葉のカサつくような声が、問いかけてくる。
「……万事滞りなく……」
「うむ……うむ……」
老翁はひれ伏したまま、喋るのも大儀そうに、もぞもぞと口を動かす気配を感じ取る。
「……神子はどうなっている? いつ、ここに連れてくるのだ……と仰せです」
御簾の脇に控えた、うら若き青年が、彼らの主人の言葉を伝えた。前回謁見した時とは、声が異なる。また別の青年であろう。感情というものは何一つ感じさせない、いや感情は、剥奪されているのだ。老翁は、彼らの境遇を知っている。選ばれた者のみが存在を許され、選ばれなかった者は棄て去られる。全ては御所様のご意向のままに……
この世界も同じこと……老翁は、その厳格な掟を噛み締めた。
「は、神取からの報告では、彼の地にて、現在接触の機会を伺っているとの事……あれには、六ヶ月の時間を与えております。その内には必ずや……」
「……そうか……」枯葉が、御簾の奥で乾いた音を立てる。
「夢見共の申すには、『草』はこの日の本に、よく根付くと申します。目標の半数ほどは、此度の『苅り場』で苅りとれましょう……」
「うむ……うむ……」
「……憐れ……憐れよ……」青年が主人の言葉を伝える。
「……御所様のご慈悲なれば、どうか御心を安んじられませ」
「其方に全て任せる……良きに取り計らえ」御簾の奥の陰は、青年の口を借り、意向を伝える。
「ははぁ……」老翁は、更に深々と頭を下げた。
その間に、御簾の奥の空気は、元の落ち着きを取り戻していった。老翁は、その気配の変化を感じとり、静かに頭を上げる。程なくして、老翁は、謁見の間を後にした。
「長、例の苅り場……どうやら警察の方でも嗅ぎつけたようです」
廊下の影に控えていた男が、老翁に声をかける。黒のシャツと黒のスラックスという、シンプルな服装に身を固めて正座し、夜陰と一体となっている。
「そうか……想定より早いな……ふふ、連中の中にも、知恵の回る者が居るようだ」
「主な捜査員は、特定できています。圧力をかけますか?」
「いや……よい、捨て置け」「よろしいのですか?」
警察を意のままに動かすなど、彼らにとっては、造作もない事であった。老翁の命が下れば、直ちに、警察の動きを抑える準備も整えている。
「彼らは、劇を締めくくる大事な役者だ。なに、幕引きの筋書きは、できておる。お前達は、手筈どおり事を運べ」
「はっ!」男は、老翁の計略に敬服するように頭を垂れると、夜陰に紛れ姿を消した。
老翁は廊下を伝い、そのまま縁側へと出る。
月明かりのない夜空に、無数の星々が散りばめられていた。
それは、幾多の命の煌めき……たとえ、悠久の時を生きる星々であろうとも、この無限に広がる漆黒の闇は、貪欲にその命の炎を飲み込んでゆくのだ。
「……所詮、一夜の宴……」静かに目を伏せ、自嘲する様に吐き捨てる。
「なれば、酔いしれようぞ」
全身が、闇に呑み込まれてゆく。老翁は、再び目を見開くと、その大いなる闇の福音を、身体中に巡らせていた。
※ 全日本PSI開発推進機構(Japan PSI-development and Initiatives Organization 通称:JPSIO)
22部「初夏のプレリュード 5」参照ください
https://ncode.syosetu.com/n6474gn/22/




