無明の夜 3
広域特捜部には、ここ一、二週間の間に日本各地で寄せられた捜索願の全情報が、列島地図とともにスクリーンいっぱいに展開されていた。そのプロット数は五千近くに上る。捜索願自体は、年間を通して一定数あるが、この短時間に常時の倍ほどに膨れ上がった捜索願の数は、何らかの事件性を帯びている事は明白だった。
「上杉さん、またですよ」葛城は、部屋に飛び込んで来るなり、新たに寄せられた届出のデータを、自身の端末から地図に追加した。
「そうですか……」上杉は、それを確認することなく、黙々と自分の端末で、バーチャルネットの掲示板サイトのページ(旧世紀のテキスト中心のページも、匿名性の高さから、変わらず存在している)を淡々と読み進めている。
「やはり『オモトワ』ですか?」「ええ……限りなく黒、なのですがねぇ〜」
上杉は、光ディスプレイ上で、指を上にスワイプし、怪奇現象系の噂話投稿ページを、次々と送っていった。スレッドのタイトルは、『オモトワのヤバい裏事情。死人召喚で神隠しにあう件』となっている。バーチャルネット内では、どこでどう知り得たのか、ただの憶測なのか、既にオモトワが、失踪事件の主犯になっていた。
「……最近、向かいの老夫婦の姿が見えない。一週間ほど前に挨拶をした時に、「孫に会ってきた」と笑顔を見せていたけど……確か、震災で娘さん一家、亡くなってたんじゃなかったかなぁ……」
上杉が指差す投稿を、葛城は声に出して読み上げる。
「職場の同僚なんだけど、無断欠勤四日目。二〇年前の震災孤児で、似た境遇だったから時々話することもあったんだけど……突然、死んだ家族に会えるとか言い出して。私も誘われたんだけど、なんだか怖くて断った……その翌日から出社してないんだ……上杉さん、これって?」
「ええ、二十年前の震災……そして故人と逢えると……」
上杉は、ディスプレイの映像を切り替える。
表示されたのは、オモトワの公式サイトである。ポップなタイトルの下に、『世界同時多発地震二十周年 被災者キャンペーン実施中』のテロップが浮かび上がる。
「偶然にしては、出来過ぎです」
キャンペーンの開始時期は、ちょうど失踪事件が発覚した頃と重なる。
「しかし決定的な証拠が、まだ何も掴めてませんからねぇ……失踪者が利用したという、明確な痕跡は……」
「ええ、我々もあの彼の証言がなければ、オモトワにすら、辿りついていなかったかもしれません」
振り返る事一週間ほど前——
関東郊外のとある神社の階段下で、四十代前後の男性が、頭部から出血して倒れているとの、近隣住民の通報があった。彼は、近くの救急病院に搬入される。これを受け、警察は、事件、事故の両面から捜査を行っていたが、やがて意識を回復した彼から、事情を伺うことができた。彼が、九州からの訪問者であったことから、広域特捜部の二人も立ち合ったのである。
調べに対し男は、二十年前の震災で死別したはずの交際相手が、当時二人が暮らしていたこの近辺でまだ生きており、暮らしているという情報を得て、着の身着のまま、訪ねて来たらしい。だが、相手の住所も、連絡先もわかるはずもなく、震災前に、度々二人で訪れることのあった、その神社までやって来たのだが、急に眩暈を起こして、階段から転げ落ちたということであった。
まるで何かに突き動かされるように、ここまで来たものの、その間の記憶ははっきりしなかった。何故か彼女の生存を頑なに信じていたため、広域の捜査官も、彼の証言に基づいて生存確認を行うも、やはり二十年前に彼女は、家族とともに震災で亡くなっていた。
何度かの心理療法を通して、ここへ来る少し前にオモトワというサイトにアクセスし、そこから記憶が途切れているという証言をし出す。
彼らがオモトワの調査を始めた同じ頃、捜索願いが頻発し出し、何らかの事件性があると睨んだ警察は、捜査本部を設置。広域も調査応援に駆り出されるが、捜索願いの調査で得た行方不明者らの身辺情報や、彼らに関する証言と、この事故男性の証言との共通点から、もしやオモトワによる繋がりがあるのでは、との目星を付けていた。
上杉は、急に席を立つ。
「あれ、これからお出掛けですか?」
「食事の約束がありましてね。直帰しますよ」「はぁ……お、お疲れ様です……」
人と食事の約束など珍しい。しかも、事件でごった返している最中に……まさか、女性? いやいや……まずあり得ない。
葛城は、首をかしげながら、上杉の背中を見送った。
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「ふぅ〜、食った食ったぁ」ティムは満たされた腹をさすってみせる。
「よぉ〜し! 次行こ! 次!」「悪りぃ、オレはここで」まだまだ呑み足りないと言わんばかりのサニを、軽くあしらうティム。
「はぁ? これからでしょ? やっとセンパイも、エンジンかかってきたところなのに」「あれがか?」直人は、居酒屋の店先でうずくまっている。父親の話を始めた直人は、急に呑むピッチがあがり、肝心の父親の話は漫ろに、普段からの愚痴やら真世への気持ち、劣等コンプレックスの曝露大会となってしまった。普段、感情を表に出すことが苦手な直人は、酒が入ると、溜め込んでいた想いを吐露してしまい、いつも後になって後悔する。何より歪みと回転に支配された視界は、気持ち悪さに拍車をかけていた。
「じゃあ、あとは二人でごゆっくり〜」ティムは二人に背中を向けると、そのまま夜の街へと歩み出す。
「あっ! もぅティム!」その背中を見送るサニ。しかし無理に呼び止める事は、それ以上しなかった。
「はぁ……しっかりしてくださぁい、センパイ」サニは直人の目を覚まさせようと、身体を揺する。「や……やめ……うぇっぷ」揺すられて、酔いが更に回る。気持ち悪さから逃れようと、直人はよろけながら立ち上がる。
「ほら! もう一軒、付き合ってくださいよぉ〜」サニは直人の腕を掴むと、強引に引っ張る。「わ……わかったから……やめ……」
サニに引きずられて歩き出したその時、回る世界の中に、淡くポップなカラーに彩られた、大型広告ディスプレイが飛び込んできた。
——オ・モ・ト・ワ 想いは永遠に——
——会えなくなったあの人
——亡くなった想い出の人
——逢いたい想いは変わらない
軽妙な音楽に乗せ、次々とテロップと音声が流れていく。直人は思わず、そのフレーズに見入って足を止めた。
——ここで逢える……きっと——
「オモ……トワ……?」直人の視線が、一点に集中する先を、サニも追う。
「あー、アレ? センパイ、知らないんですかぁ? 誰でも逢いたい人に会える、バーチャル体験ができるんですよぉ」
「誰でも……?」「うん、もっぱら好きな人とか呼び出して、バーチャルでアレやこれやするのが一番だけどねー。あ、わかった。真世さんでしょ?」サニはニヤニヤしながら、直人の慌てふためく様を期待する。
「……死んだ人でも逢えるって、ホントかな……」「えっ?」
「……父さんに会えれば……」
伏せ目がちに呟く直人の横顔は、深い哀しみのような陰を帯びている。サニは、小一時間ほど前の会話を思い返した。




