表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/232

無明の夜 3

 広域特捜部には、ここ一、二週間の間に日本各地で寄せられた捜索願の全情報が、列島地図とともにスクリーンいっぱいに展開されていた。そのプロット数は五千近くに上る。捜索願自体は、年間を通して一定数あるが、この短時間に常時の倍ほどに膨れ上がった捜索願の数は、何らかの事件性を帯びている事は明白だった。

 

「上杉さん、またですよ」葛城は、部屋に飛び込んで来るなり、新たに寄せられた届出のデータを、自身の端末から地図に追加した。

 

「そうですか……」上杉は、それを確認することなく、黙々と自分の端末で、バーチャルネットの掲示板サイトのページ(旧世紀のテキスト中心のページも、匿名性の高さから、変わらず存在している)を淡々と読み進めている。

 

「やはり『オモトワ』ですか?」「ええ……限りなく黒、なのですがねぇ〜」

 

 上杉は、光ディスプレイ上で、指を上にスワイプし、怪奇現象系の噂話投稿ページを、次々と送っていった。スレッドのタイトルは、『オモトワのヤバい裏事情。死人召喚で神隠しにあう件』となっている。バーチャルネット内では、どこでどう知り得たのか、ただの憶測なのか、既にオモトワが、失踪事件の主犯になっていた。

 

「……最近、向かいの老夫婦の姿が見えない。一週間ほど前に挨拶をした時に、「孫に会ってきた」と笑顔を見せていたけど……確か、震災で娘さん一家、亡くなってたんじゃなかったかなぁ……」

 

 上杉が指差す投稿を、葛城は声に出して読み上げる。

 

「職場の同僚なんだけど、無断欠勤四日目。二〇年前の震災孤児で、似た境遇だったから時々話することもあったんだけど……突然、死んだ家族に会えるとか言い出して。私も誘われたんだけど、なんだか怖くて断った……その翌日から出社してないんだ……上杉さん、これって?」

 

「ええ、二十年前の震災……そして故人と逢えると……」

 

 上杉は、ディスプレイの映像を切り替える。

 表示されたのは、オモトワの公式サイトである。ポップなタイトルの下に、『世界同時多発地震二十周年 被災者キャンペーン実施中』のテロップが浮かび上がる。

 

「偶然にしては、出来過ぎです」

 

 キャンペーンの開始時期は、ちょうど失踪事件が発覚した頃と重なる。

 

「しかし決定的な証拠が、まだ何も掴めてませんからねぇ……失踪者が利用したという、明確な痕跡は……」

 

「ええ、我々もあの彼の証言がなければ、オモトワにすら、辿りついていなかったかもしれません」

 

 振り返る事一週間ほど前——

 

 関東郊外のとある神社の階段下で、四十代前後の男性が、頭部から出血して倒れているとの、近隣住民の通報があった。彼は、近くの救急病院に搬入される。これを受け、警察は、事件、事故の両面から捜査を行っていたが、やがて意識を回復した彼から、事情を伺うことができた。彼が、九州からの訪問者であったことから、広域特捜部の二人も立ち合ったのである。

 

 調べに対し男は、二十年前の震災で死別したはずの交際相手が、当時二人が暮らしていたこの近辺でまだ生きており、暮らしているという情報を得て、着の身着のまま、訪ねて来たらしい。だが、相手の住所も、連絡先もわかるはずもなく、震災前に、度々二人で訪れることのあった、その神社までやって来たのだが、急に眩暈を起こして、階段から転げ落ちたということであった。

 

 まるで何かに突き動かされるように、ここまで来たものの、その間の記憶ははっきりしなかった。何故か彼女の生存を頑なに信じていたため、広域の捜査官も、彼の証言に基づいて生存確認を行うも、やはり二十年前に彼女は、家族とともに震災で亡くなっていた。

 

 何度かの心理療法を通して、ここへ来る少し前にオモトワというサイトにアクセスし、そこから記憶が途切れているという証言をし出す。

 

 彼らがオモトワの調査を始めた同じ頃、捜索願いが頻発し出し、何らかの事件性があると睨んだ警察は、捜査本部を設置。広域も調査応援に駆り出されるが、捜索願いの調査で得た行方不明者らの身辺情報や、彼らに関する証言と、この事故男性の証言との共通点から、もしやオモトワによる繋がりがあるのでは、との目星を付けていた。

 

 上杉は、急に席を立つ。

 

「あれ、これからお出掛けですか?」

 

「食事の約束がありましてね。直帰しますよ」「はぁ……お、お疲れ様です……」

 

 人と食事の約束など珍しい。しかも、事件でごった返している最中に……まさか、女性? いやいや……まずあり得ない。

 

 葛城は、首をかしげながら、上杉の背中を見送った。

 

 

 ****

 

「ふぅ〜、食った食ったぁ」ティムは満たされた腹をさすってみせる。

 

「よぉ〜し! 次行こ! 次!」「悪りぃ、オレはここで」まだまだ呑み足りないと言わんばかりのサニを、軽くあしらうティム。

 

「はぁ? これからでしょ? やっとセンパイも、エンジンかかってきたところなのに」「あれがか?」直人は、居酒屋の店先でうずくまっている。父親の話を始めた直人は、急に呑むピッチがあがり、肝心の父親の話は漫ろに、普段からの愚痴やら真世への気持ち、劣等コンプレックスの曝露大会となってしまった。普段、感情を表に出すことが苦手な直人は、酒が入ると、溜め込んでいた想いを吐露してしまい、いつも後になって後悔する。何より歪みと回転に支配された視界は、気持ち悪さに拍車をかけていた。

 

「じゃあ、あとは二人でごゆっくり〜」ティムは二人に背中を向けると、そのまま夜の街へと歩み出す。

 

「あっ! もぅティム!」その背中を見送るサニ。しかし無理に呼び止める事は、それ以上しなかった。

 

「はぁ……しっかりしてくださぁい、センパイ」サニは直人の目を覚まさせようと、身体を揺する。「や……やめ……うぇっぷ」揺すられて、酔いが更に回る。気持ち悪さから逃れようと、直人はよろけながら立ち上がる。

 

「ほら! もう一軒、付き合ってくださいよぉ〜」サニは直人の腕を掴むと、強引に引っ張る。「わ……わかったから……やめ……」

 

 サニに引きずられて歩き出したその時、回る世界の中に、淡くポップなカラーに彩られた、大型広告ディスプレイが飛び込んできた。

 

 ——オ・モ・ト・ワ 想いは永遠に——

 

 ——会えなくなったあの人

 

  ——亡くなった想い出の人

 

  ——逢いたい想いは変わらない

 

 軽妙な音楽に乗せ、次々とテロップと音声が流れていく。直人は思わず、そのフレーズに見入って足を止めた。

 

 ——ここで逢える……きっと——

 

「オモ……トワ……?」直人の視線が、一点に集中する先を、サニも追う。

 

「あー、アレ? センパイ、知らないんですかぁ? 誰でも逢いたい人に会える、バーチャル体験ができるんですよぉ」

 

「誰でも……?」「うん、もっぱら好きな人とか呼び出して、バーチャルでアレやこれやするのが一番だけどねー。あ、わかった。真世さんでしょ?」サニはニヤニヤしながら、直人の慌てふためく様を期待する。

 

「……死んだ人でも逢えるって、ホントかな……」「えっ?」

 

「……父さんに会えれば……」

 

 伏せ目がちに呟く直人の横顔は、深い哀しみのような陰を帯びている。サニは、小一時間ほど前の会話を思い返した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ