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無明の夜 2

「かんっぱぁい〜〜!」

 

 三つのビールジョッキが打ち合い、軽やかな音色を奏でる。

 

 ここは、鳥海まほろば駅近郊の、小さな繁華街にある、和洋創作料理を売りにする居酒屋。IN-PSID関係者御用達の店だが、地元の食材をふんだんに使った料理が好評で、遠方からの来客も多い。この日も満席で賑わい、個室を確保できたのは幸運だった。

 

 乾杯の勢いでサニはビールを流し込む。一口飲み終えたティムと直人は、みるみるうちに、ビールが消えていくサニのジョッキに、目を見張る。

 

「ぷはぁぁ‼︎……おかわり‼︎」あっという間に、空になったジョッキを高らかに掲げながら、先ほどビールを運んできたばかりのウェイターを呼び止める。ウェイターは目を丸くしてこちらを振り返った。「は、はい! 只今〜!」そう返事を返しながら、厨房の方へ駆けて行った。

 

 AI化が進み、サービス業もアンドロイドや自動システムに置き換わり、こうしたウェイター業種も一時激減したが、人同士のコミュニケーションが見直され、最近ではウェイターのアルバイトやパートを置く店も増えてきている。特に学生の社会奉仕活動(無から有を産むことを可能にしつつあるPSI テクノロジーは、経済の在り方も変えつつあった。その技術によって、ライフライン、衣食住などは、居住地の国籍を持つものであれば、最低限の保障が可能となり、 ——世界的な傾向であるが国家間、地域間格差はある——労働の義務も大幅に軽減されている。仕事は、生活を支える為より、むしろ、一部の職種を除き、社会への奉仕や、個人の自己実現、趣味の意味合いが強まっている。無論、仕事の内容に比して相応の対価は、支払われる)の一環として、こうした労働の機会が、再整備されてきていた。彼もおそらく、IN-PSID附属大学の学生であろう。

 

「のっけから飛ばすねぇ。それに比べてナオのかわいいこと」対照的に、ほとんど減りのない直人のジョッキを覗き込み、ティムは、からかい混じりの口調で評した。

 

「あ……うん……構わずやってよ」直人は、気の無い返事を返す。

 

「真世、誘い損ねたもんなぁ〜。やっぱ女っ気無いと、盛り上がらんよなぁ」冷ややかな視線をサニに送りながら、ティムは嘯く。

 

「はぁ⁉︎ティム、なにそれ、セクハラ! ここにいるでしょ! か・わ・い〜い女子が!」反応が薄い直人を差し置いて、サニがお約束どおり息巻いたその時、「ビール追加! お待ち!」と、タイミングよく追加のビールジョッキが運ばれてきた。サニは、やにわにジョッキをトレイから取り上げると、再び飲み干し「おかわり!」と、ウェイターの運んできたトレイに戻す。ウェイターは、空いた口が塞がらない。

 

「……ゲプッ……やっぱビールじゃなくて、楯野川、ボトルで。グラスは3人分! それと料理、早くね!」だんだんと据わってきた目付きで、サニはウェイターを睨めつけるように見上げた。「た……只今!」と、ウェイターは、脱兎の如く、厨房の方へ舞い戻る。

 

「あーあ、かわいそうに……お前にすっかりビビってるぞ、あの子」「どーゆー意味よ。ヒクッ……」立て続けにビールを呷ったサニは、すっかり酔いが回ってきたらしい。

 

「ってゆーか、せんぱぁ〜い。センパイが飲まないから、ティムがあんなこと言うんですよぉ! 飲みましょうよ!」「そうそう、今日は、最近凹みっぱなしのナオ君を、元気付けようの会、なんだからさ!」サニとティムは、揃って直人に迫る。

 

「さぁさぁ!」サニは、直人にジョッキを持たせると、強引に口元へと運ばせる。

 

「うっ……わっわかったから!」気圧された直人は、ジョッキ半分ほどを一気飲みし、一息つこうとするが、「まだまだ足りないですよぉ〜」と、サニは、直人がジョッキをテーブルに置くのを遮り、その手を掴んで、さらに畳み掛ける。

 

「ま、待って、ちょっと!」「ほらほら!」「おい、加減してやれよ、サニ」3人が絡み合っていると、直人のジョッキを持つ左手に、微かな振動が走る。サニが思わず手を離すと、直人の指輪型端末が発光し、電話の着信を知らせていた。(脳波感応を好まない直人は、五感通知機能に設定している)

 

 直人は、反射的にジョッキを持ち替えると、手を広げ、親指をスワイプするジェスチャーをする。指輪が、光ディスプレイを掌の上に形成する。

 

「あっ……」直人はディスプレイを確認すると掌を閉じ、ディスプレイをシャットダウンしようとするが「待って待って待って!」と面白がるサニは、無理やり閉じかかった直人の手をこじ開けた。ティムも、興味本位で覗き込むと、直人より幾分年下の若い少女が、ディスプレイ越しに睨みをきかせていた。

 

「誰、この娘?」「おいナオ、いつの間こんな可愛い娘と?」

 

「い……妹……だよ」そう言うと、直人はもう一度、掌を閉じようと試みる。しかしその試みは、サニにあえなく阻止された。ディスプレイの向こうで妹がイラついている。

 

「出てあげなよ」「いや、いいから!」

「ポチッとな」「あ、おいティム⁉︎」

 

 ティムは、ディスプレイの通話ボタンを押すと、グッと身を乗り出し、ディスプレイを覗き込む。

 

「あ、やっと出た。お兄ちゃん? ……って誰?」

 

 脳内音声設定をしていない直人の端末は、外部スピーカーモードになっており、ティムとサニにも彼女の声は聞こえてくる。

 

「兄です」真顔で返事するティム。彼女は画面に逆さ吊りに映り混んだ、得体の知れない西洋人に引きつっている。 「こら、初対面の娘に変なもん見せないの!」ティムの顔を押しのけて割り込む。「へ……変なもんって……」

 

「ハロー! ごめんなさいね。オーストラリアから来た、サニちゃんデ〜ス。妹ちゃんにかんっぱぁい〜!」サニは直人の飲み残しているジョッキを掲げて見せると、ディスプレイの前で飲み干した。ますます顔をひきつらせる妹。

 

「あの……兄に代わってくれます?」怒りを端々に漂わせたその声に、ティムとサニはあっさり引き下がる。二人とも、引き際は心得たものだ。二人の頭が引っ込むと、静かな怒りに打ち震えている妹の顔が、映し出されていた。

 

「や……やあ沙耶……」

 

「お兄ちゃん……お母さんに心配かけておいて、酒盛りとは、いい気なものね」

 

「い……いや、これはその……」さっきまでの騒ぎは嘘のように、そっぽを向いて、二人は運ばれて来た料理に、粛々と箸をつけ始めている。

 

 ……フォローくらいしろよ! ……

 

 直人が苛立ちを露わにする間もなく、沙耶は静かながらに、明瞭な口調で話し始めた。声楽家を目指し、ドイツへ留学している妹の、良く通る声には、流石に重みがある。

 

「お父さんの命日、どうするつもりなの?

 年忌法要の年じゃないけど、お母さん、ちょうど二十年目だし、皆んなで集まりたいっていうから、私も帰国する予定なのに。……お兄ちゃんに連絡取れないって、お母さん、心配してるのよ!」

 

 ティムとサニは、食事に集中するふりをしながら、兄と妹の会話に、耳をそばだてる。

 

「ご……ごめん。仕事で色々あって……」

 

「返事くらい、できるよね⁉︎」「……ご、ごめん」

 

 沙耶は、溜め息混じりに、やや口調を和らげて続ける。

 

「とにかく、お母さんに連絡してあげて。だいぶ気を揉んでるわよ」「……わ、わかったよ」「私も久しぶりに、お兄ちゃんに会いたいし……それじゃね……」「うん……それじゃ」

 

 通話を切り、顔をあげる直人。

 

「……」箸を止めた、二人の視線が突き刺さる。

 

「な……何だよ?」

 

「まあ、なんだ? その……うまくいってないのか?」「えっ?」

 

「そーそ、お母さんに会いたくないんでしょ? 妹ちゃんもキツそうだしねぇ……」「はぁ?」

 

「会いたくない家族に会わなきゃならんのは、確かにストレスだ。ひょっとして、最近のお悩みはこれかぃ? ナオ?」同情したように声をかける、ティムとサニ。

 

「いや、そんな事ないよ。そこまで家族仲悪くないし」

 

「でも、お母さんに連絡とってないんでしょ?」「ま……まぁ……」

 

「ナオ、何にしても話してみろよ。少なくとも、オレらは聞く権利、あるはずだぞ」「そーよ。今日みたいな事、本番であったら、たまったもんじゃないんだから!」

 

 二人の言う事は、正論だ。直人としても、話したくないわけではない……ただ、どう話してよいのか、考えあぐねていた。

 

 二人は、静かに自分の言葉を待っている……話さなきゃ……

 

「……自分でもよく分からなくて……うまく話せないかもしれなけど……」意を決して、直人は静かに口を開いた。

 

「……たぶん……父さんのことなんだと思う……」


登場人物らの飲酒に関しては、「一応」、この世界、この時代の法律には抵触していない……ということになっています。また、「アルハラ」に近い行動が見受けられますが、気心知れた間柄で、幾分羽目を外した、ということで大目にみてください(~_~;)

本作品の表現において、「アルハラ」を擁護する意図はありません。

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