幻夢は囁く 4
「<アマテラス>、PSI 波動砲発射シーケンスに入りました! データレコーディング、開始します」アイリーンの報告に、IMC は緊張に包まれた。
アルベルトは、アイリーンの操作するコンソールパネルに表示されたデータログを、彼女と共に覗き込む。藤川と東、田中は、無言のまま、メインモニターに映し出されるシミュレーション空間模式図に、目を見開いた。
「船首共振フィールド展開、ターゲットPSIパルス、データリンク!」「……データリンク開始……PSI-Link、コンタクト確認よし。放射管制システム……起動」カミラの指示に続けて、直人は事前訓練で覚えたての手順を、一つ一つ進める。不慣れな手順に声が浮つく。
「ナオ、焦らず、一つ一つ確実に」「はっ……はい!」
直人の座席のコンソール中央に、拳銃型発射装置が迫り上がる。アルベルトの説明では、船首に固定された砲の照準のため、船の姿勢制御機構と連動している発射装置らしい。(技術課員の間では、その仕組み、ネーミングからして、とある古典アニメ作品のパクりだと、もっぱらの噂だが、設計、開発したアルベルトは「たまたまだ」とか、「シンクロニシティだ」とか曰うばかり……真相は定かではない)
PSIブラスターのように、PSI-Linkシステムによる完全照準コントロールも不可能ではないが、メインパイロット(ティム)用操縦系統のPSI-Link機能との干渉を避けるため、あえてマニュアルコントロールを組み込んでいる。そのため、直人には変性意識状態と肉体感覚、両方のバランスによる、高度な操作が要求されていた。
「ティム! 気流の流れが速い。直人への操船スイッチは、ギリギリまで充填してからだ、いいな⁉︎」「任せてください、副長!」
ティムは左右のスラスターと、スタビライザーを巧みにコントロールし、気流の流れの中で、確実に<アマテラス>をPSI波動砲の有効射程圏へと導く。
「PSIパルス同調率八〇パーセント、ナオ、同調コントロールを渡すぞ!」「はい!」
アランが、同調コントロールの切り替えを行うと、直人は、発射装置に設けられた、PSI-Linkモジュールを通して、ターゲットのPSIパルスが、身体と意識に流れ込んでくる感触を覚える。亜夢の中にいたメルジーネと似ているが、どこか無機的だ。
「PSI-Link……目標感知! ターゲットスコープ、オープン」
直人は、変性意識へ自らを導こうと、呼吸を整えていく。ざわざわとした感触が、胸のうちで蠢いているのが気にかかる……
「相対距離三〇! 有効射程圏に入りました!」
「回頭! 左二〇度!」「回頭左二〇度!」気流の流れの中で、スラスターとスタビライザーを連携させながら、ティムは、<アマテラス>の船首を、積乱雲の中央へと向けていく。
「エネルギー充填百二十パーセント! ティム、直人にかわるんだ」アランが、PSI波動砲の発射準備が整ったことを告げる。
「了解! 渡すぞ、ナオ!」「りょ……了解」
発射装置に、船の重みがのしかかったかのような感触が伝わってくる。発射装置のPSI-Linkモジュールが反応し、仄かな熱を発する。直人は発射装置と一体となるように、意識を集中させていく。
「ターゲット中央部、波動収束率上昇! 九〇パーセントに達します!」
「良いわよ、ナオ。その調子!」
モニターに映し出された積乱雲の一角に、メルジーネの形状が浮かび上がってくる。自己の心象に浮かぶ、メルジーネの像に、モニターの光景を重ねながら、発射装置で照準を絞り込む直人。
「安全装置解除……射線誤差修正、右一度、上下角三度……。発射一〇秒前……」
直人の心象に映るメルジーネは、無表情のまま的となることを受け入れている……ハズだ……。
「九……八……」
メルジーネとの同調を高めれば高めるほど、心象のざわめきは、声ならぬ声となって、直人の胸の内に響く。
……消し去るか……我を……
……⁉︎
心象の中の、無機質なメルジーネの目が、直人を見据え、心を見透かすかのように、声を発したように感じた。
「……七……六……」
直人はその声を打ち消すように、力を込めカウントを続ける。
……一緒に……生きるなど……嘘……
……そう……貴方は……誰ともいられない……
……自分が……生きるために……
「……くっ……五……四……」
……オマエは……他を滅ぼす……
「⁉︎ どうした、直人! 同調コントロールが乱れているぞ!」同調率をモニタリングしていたアランは、真っ先に異変に気付き、直人に警告を飛ばす。インナーノーツの一同は、固唾を飲んで直人を見守る。
「……三……二……一……」直人の額には汗が滲み、発射装置を握る腕が、痙攣したように笑いだす。
「PSI 波動砲、発射!」
しかし、カミラの発令に、直人は反応しない。
「ナオ⁉︎ 発射よ!」カミラは、念を押すようにもう一度、直人に命ずる。だが、直人は肩を震わせ、固まるばかりだ。
その時、同調率のグラフが、反転を始める。「同調率反転⁉︎ まさか!」アランの顔が蒼ざめていく。
「いかん、カミラ! PSIパルスの逆流だ! 今撃ったら暴発するぞ! すぐ発射中止だ!」モニターに現れたアルベルトが、まくし立てる。「何ですって⁉︎ アラン! 非常弁閉鎖! 全排気口開放、エネルギー放出!」
……消しちゃえ……消しちゃいなよ……
直人の胸の鼓動が高まり、激しい衝動が、全身を駆け巡る。その熱の塊が、身体のうちから飛び出しそうになるのを、直人は必死に堪える。
「撃ち方止め! ナオ! 聞こえているの! ナオ!」
「ナオ!」「センパイ‼︎」仲間の呼び掛けは、まるで耳に入らない。
メルジーネの瞳が、直人をじっと見据えている。
「うわぁぁぁぁぁ‼︎」
目を血走らせた直人は、衝動のはけ口を探るように、発射装置を前後左右に激しく揺さぶる。その度に<アマテラス>は、激しく揺れ動く。
「や……止めなさい! ナオ!」カミラの制止も、直人の耳に届かない。
直人の心象に描かれたメルジーネは、次第にその姿を変化させていく。その姿は直人によく似ている。
「お……お前なんかぁぁぁぁ‼︎」錯乱した直人は、トリガーに置いた指先に力を込める。
……ダメ‼︎ ……
……‼︎
何者かの声が、身体の裡で響く。
「止めろ! ナオ‼︎」直人の、一瞬の戸惑いに割って入ったティムは、発射装置の安全装置をロックさせ、姿勢制御をホールドに切り替えると、強引に直人を引き離した。
「うぁぁぁぁ!」「ナオ! おい、しっかりしろ!」
シートの後ろから羽交い締めにして、直人を抑えつけるティム。だが、錯乱した直人は、何度もティムを振り払い、発射装置に取り付こうともがく。
「ナオ!」
不意に直人は、胸ぐらを掴まれ、席から立たせられた。
次の瞬間……
乾いた音が弾けるとともに、カミラの右の平手が勢いよく宙に舞う。
「いい加減になさい‼︎」
左頬に熱が広がる。直人は、その反対側に視線を落としたまま身動ぎ一つできなかった。カミラの怒声に、一同は目を丸くしながら、ただただ呆然と二人を見守る。<アマテラス>のブリッジは、いっ時の静寂に包まれた。




