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魂たちの二重奏 5

 ……未練など……

 

『ネルジーネ』が、祈るように精神を統一していくと、空間のざわめきは一つの氷の刃となって、青年へとその切っ先を向ける。

 

 ……なぜ、拒む! ……この子は、亜夢はきみ自身……

 

 ……そうじゃないのか⁉︎ ……

 

 直人は声を張り上げる。

 

 ……っ! ……

 

 

 ……宿命って何なんだ! なぜ生きる事を拒絶するんだ! ……

 

 カタカタと、氷の刃の切っ先が震えだす。

 

 直人は『メルジーネ』の方へ近づく。その手に『亜夢』を抱きしめながら……

 

 ……く……来るな……

 

『メルジーネ』は後ずさる。口元が戦慄き、凍りついた顔相に微かなヒビが走る。

 

 ……我が命は貴方の……貴方ために! ……

 

『メルジーネ』の暗く沈んだ眼孔が潤みだす。

 

 ……おのれ、我を惑わす幻影よ! 消えよ! ……

 

 氷の刃が直人へ飛びかかると、一瞬にして、直人の胸を貫いていた。

 

 ……‼︎

 

 確かな手ごたえを感じとる『メルジーネ』。直人は膝をおり、胸元に抱いた命の灯火を守るようにしながら、その場に倒れ伏した。

 

 ……ま……まさか……

 

 ……うぅ……苦しげに呻く直人。

 

『メルジーネ』は恐る恐る、その直人の顔を覗き込む。

 

 ……あ……貴方……貴方、なのですか……なぜ……

 

 直人の方へゆっくりと近づく。その身体から氷の破片を、ハラハラと砕き落としながら。

 

 ……我は……我は一体……

 

 直人は『メルジーネ』を仰ぎ見た。氷の顔が半分割れ落ち生身の人の顔が覗いている。亜夢とそっくりだ……。

 

 ……うっ……ぐっ……

 

 直人は絞り出すように『メルジーネ』に語りかける。

 

 …………死ぬために……生まれてくる命なんて、無い……

 

 腕の中の『亜夢』は、それに応えるように再び熱を帯びてくる。

 

 ……命は……命は、生きるためにあるんだ……

 

 直人の胸へと突き刺さった氷の刃は、一層燃え上がる『亜夢』の炎によって、次第に溶け出していく。それと共に、『メルジーネ』の身体の氷解が加速する……

 

 ……生きよう……アム……ネ……リア……

 

 ……‼︎

 

『アムネリア』……何度も胸に込み上げてきた、その謎の名で呼びかけると、『メルジーネ』の表層は崩壊し、慟哭に打ち震える亜夢に酷似した一人の女性が姿を現わす。

 

 ……うぅ……う……我は……貴方と共に……

 

 ……あぁ……

 

 直人はそっと彼女を抱きしめる。そのまま彼女は倒れこむように、直人の胸元へと泣き崩れると、直人のもう一方の手の『亜夢』、すなわち『セルフ』が一段と光を放ち、その光の中に、直人と彼女を包み込んでいく。

 

 

「‼︎」直人が不意に目を開くと、そこは<アマテラス>の赤い警告灯に包まれたままのブリッジだった。充満していた大量の水は、跡形もなく消え失せている。

 

「ティム!」横の席でうな垂れている、ティムの肩を揺すりながら呼びかける。

 

「うぅ……う……ん……」ティムは、意識を取り戻したようだ。直人は空かさず、ブリッジ後方に目を向ける。

 

「隊長! ……副長! ……サニ!」

 

 直人の張り上げた声に応じるように、ブリッジ後部の三人も次第に意識を取り戻していった。

 

 振り向いた直人の視界に、亜夢の『セルフ』を投影したホログラム映像が入り込む。先程まで赤ん坊の姿をしていたその映像は、青や赤などの色彩を放つ光球に変容していた。

 

「亜夢……」

 

「……ぅっ……いっ……一体何が……」鈍い痛みが残る頭を押さえながら、カミラは顔を上げた。

 

 すると、機関の始動音が、ブリッジ後方から聞こえてくる。<アマテラス>の各部機能が、意思を持っているかのように、次々と稼動ランプやモニター類に火を灯していく。

 

「……おっ! いけるぞ!」操縦桿を左右に回しながら、ティムは、<アマテラス>が、かけられた戒めから解放された事を確かめる。

 

「……第一、第二機関其々が……『セルフ』と"アンノウン"の各PSI パルス同調しながら均衡している? ……相乗効果によるエネルギー供給……機関通常出力に対し……二百五十パーセント⁉︎ 何だこれは⁉︎」

 

 復旧した機関モニターに弾き出された、理論限界値を軽々とオーバーしている数値に、アランは驚愕した。普通なら、機関が暴発するレベルであるが、機関内圧は正常値のままである。

 

「そんな事って……」カミラにも、<アマテラス>の状況が普通ではない事は容易に理解できた。「……ありえない……だが……」アランもそれ以上、状況を説明することはできない。

 

 <アマテラス>外周の心象風景からは、先程までの青空も、『メルジーネ』を生み出した雨雲も消え去り、青や赤などの光彩に揺らいでいる。

 

 ブリッジ中央に映し出された、光球のホログラムの揺らぎと同期しているようだ。

 

「サニ! ここは何処なの?」

 

「わ……わかりません……全ての時空間パラメーターが、変動しまくってて……」カミラの問いに、サニも答えることは不可能だった。

 

「またも……時空間断層?」「いや、PSIパルスの同調がマックスレベルだ……むしろ、無意識域変容の真っ只中……」カミラの最悪の予測に、アランは仮説で返す。

 

 ……亜夢……アムネリア……

 

 直人は、『二人』にPSI-Linkシステムを通して呼びかける。モジュールに乗せた手に、力がこもる。直人は変性意識のイメージと、肉眼で見えるモニターの画像をすり合わせるようにして、空間に"目"を凝らす。

 

「サニ! 座標1-2-2! 拡大投影!」

 

「えっ……」「いいから、早く!」

 

「はっ……はい!」

 

 サニが、直人の指定した座標へ、ビジュアル構成の焦点を当てていくと、微かではあるが、肉体とのコネクション変異場の煌きが見えてくる。非常に不安定な煌きであり、亜夢の肉体が、風前の灯火であることは明らかであった。

 

「ティム! 針路1-2-2! 全速前進!」「了解!」

 

 <アマテラス>は、目標座標を目指し針路をとる。

 

「くっ! 駄目だ! 時空間変動が激し過ぎる! 針路設定不能!」ティムは、何度も航路修正をしながら、船を目標へ向けるが、その度に時空間乱流の波に、針路を狂わせられる。

 

「ここまで来て!」カミラは、口惜しげに片手を握りしめ、唇を噛みしめる。

 

 ……何か手があるはず! 何か! ……

 

 直人は、懸命に思考を巡らせる。

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