魂たちの二重奏 3
水流が集まるその先に、黒々とした、巨大なモニュメントのような影が現れる。
ブリッジに警報が鳴り響く。
「ティム! 正面‼︎」直人が声を張り上げた瞬間、正面のモニターを、巨石の壁のような像が覆う。
「チィ!」ティムは、操縦桿を思い切り手前に引き倒すと、<アマテラス>の船首が垂直方向に持ち上げられ、巨石の壁ギリギリを伝うようにして、そのまま海面を目指して突き進む。
<アマテラス>が上昇すると、その巨石が、祭壇のような構造物の一角を成している様子が、モニターに捉えられた。
その中心部に惹きつけられる直人。
……誰かいる? ……
変性意識の直人の目は、下方に遠ざかる祭壇の中央に、人らしき影を認める。
……! ……
不意に感じた左手に、チリチリとした痛みが、記憶を呼び覚ます。<アマテラス>起動試験の時に感じた、あの感覚だ。
……まさか⁉︎ ……
次の瞬間、その者の視線をはっきりと受け止める。
……ァム……ネィリ……ァ……
込み上げる、何か別物の感情と共に、意識の中に登ってくる何かの名前——
……生きたい……
……貴方と……でも……それは……それは! ……
先ほどから感じていた左手の痛みは、腕を伝わり、全身へと激しい熱量となってなだれ込む。
……亜夢⁉︎ ……
その者の発する、強力なPSIパルスと感応したのか、『セルフ』が再び炎を纏い始め、『サラマンダー』の様相を帯び始めていた。その様子は、ブリッジ中央のマルチ投影ホログラムにも現れる。
「ティム! 急いで!」焦りを感じ始めた直人は、ティムを急かす。
「これでいっぱいだ!」そう言いながらも、出力を上乗せしようと試行するティム。<アマテラス>の機関が、キュルキュルと軋めく叫びをあげる。
垂直方向に急速上昇中の<アマテラス>。ようやく目の前に、海面の光を捉えたその時。
「……ううっ……あっ!」何とか気力を持ち直したサニは、レーダー盤が捉えた反応に目を見張る。
「こ……後方! 海底に巨大な収束反応! 昇って来ます!」
「回避行動!」カミラは応じて、即座に指示を出す。「間にあわねぇ‼︎」ティムが叫び返す。
「シールドよ! 急いで!」カミラの発令にアランが応じ、シールドが<アマテラス>の全体を包み込む。
……亜夢! 力を借して! ……
PSI-Linkシステムを通して直人は、『サラマンダー』の炎のエネルギーをシールドに流し込む。
「来ます‼︎」
下方の祭壇から、蛇が螺旋を描くように昇り来るエネルギーの奔流が、<アマテラス>に襲いかかる。シールドは「ファイヤーウォール」と化し、そのエネルギー流の直撃から<アマテラス>を守る。エネルギー流はそのまま、<アマテラス>を飲み込みながら海上へと突き抜けていった。
船体を突き抜ける衝撃に揺さぶられながら、その流れに押し上げられ、<アマテラス>は海上の空へと弾き出された。
「全スラスター解放! 姿勢制御!」
「ぬぉぉぉぉ!」振り回される船体に持っていかれる舵を懸命に支えながら、ティムはなんとか船体の安定を取り戻していく。
そこには、暴風雨に荒れ狂う外界とは打って変わり、立ち込める雲に覆われた、晴れ渡った青空が、天高く拡がっていた。
「『低気圧』の目……」モニターに映し出される鮮やかな空の青さに、思わずカミラは呟く。インナーノーツの一同も大自然の営みの如く広がる世界に、そこが亜夢の心象世界である事を、しばし忘れてしまう。
その先の頭上に、太陽の如く輝く、時空間変位場がモニターにもハッキリと顕れていた。
「あそこが……目標地点か?」ティムが、期待を抑えながら口を開く。
「サニ! 座標照合!」「はい!」手早くサニは、IMCのマッピングデータの座標と、変位場の座標を照合していく。
「……間違いありません! あの変位場が目標座標です!」レーダー盤で最終目標座標を確認したサニは、一同の予測を裏付ける。
「よし、あの変位場で『セルフ』をパージする。いくわよ! 全速前……」
「まっ……待ってください! 変位場一帯にフィールド波打ち現象発生‼︎」カミラの発令をサニの報告が遮る。
「先ほどの上昇エネルギー流⁉︎ ……PSI パルスパターン、表層無意識データに一致!」
素早く解析を終えたアランの報告を待つまでもなく、集まりだした雨雲が、正面モニターに捉えた目標変位場である太陽を覆い隠す。
……定めこそ、我が本懐……
……鎮まれ……我が心に宿いし、叛逆の炎よ……
……我と共に、永遠の眠りへ……
『あの者』の声が、直人の変性意識に響く。腕の中の『セルフ』は、さらに熱量を増す。
雨雲は更に凝縮し、次第に『その者』の形を創り出していた。
「総員、第1種警戒態勢! PSIブラスター全門、及びトランサーデコイ準備!」
呼吸、血流、鼓動……亜夢の肉体から徐々に生命活動が失われていく……。IMCでは、何とか亜夢の命の灯火を維持すべく、真世は貴美子と連携しながら、対処を続けている。
「身体がどんどん衰弱していく……治療光も……もう……」真世と貴美子の懸命の処置にも関わらず、表情には苦悶の色一つなく、穏やかさを保ったまま、亜夢の肉体はひたすら死へと向かう。
「……あとは彼らに託すしかない……か」東は、口渋く呟くと、IMC中央の卓状モニターに、視線を落とす。IMCに送られてくる<アマテラス>の捉えた、亜夢の心象世界の映像は、刻一刻と変化していた。
天空に集まった暗雲は、先ほどまで見えていた青空と、太陽を覆い隠しながら、蛇の如く"とぐろ"を巻き、海面から、尾のように伸びる水柱を巻き上げている。
暗雲の中央が、次第に垂れ込めて来ると、それは次第に異形の人の形を形成し始めた。
「人……女……なのか?」ティムは、その光景に身を凍らせながら呟く。
暗雲の中に、冷徹な女性の容貌が浮かび上がり、それを頭にしながら、直下に滞空する<アマテラス>の頭上へと向かってきた。
「前方、アンノウン、収束率六〇パーセント突破! 相対速度一五!」サニはレーダーを通して、『その者』の動向監視を続ける。
収束が高まるに連れ、『その者』の実体形状が確かなものになっていく。その上半身は女性であるが、下半身は蛇か、或いは魚のような姿をしている。全身は半透明の氷細工のようであるが、黒々とした闇を随所に内包している。
モニター越しにその姿を認めた藤川は、驚きに声を震わせ呟いた。
「この姿……『メルジーネ』か……⁉︎」




