魂たちの二重奏 1
第1章最終話に突入です!
ここまでお付き合い頂いた皆様ありがとうございます。よければ感想など頂けると嬉しいです!
<アマテラス>下方の海原は、荒波を掻き立てながら『低気圧』へと引き込まれている。
まるで、蚕が繭を作るかの如く、『低気圧』は荒波を纏っていく。
周辺領域は最大、百キロメートル相当に達する波動収束フィールドを軽々と凌駕し、中枢領域だけでも直径五〇キロメートル程の巨大な雲柱が聳え立つ。
<アマテラス>は、海面への突入角度を維持しつつ、高度を下げる。
「三時の方向に高波! 七時方向からも接近中!」
「ティム、針路を波間に沿わせて。突入角二〇度!」「ヨーソロー!」
「船首にシールド集中展開! 対衝撃防御!」
<アマテラス>ブリッジの正面モニターに、荒波の海が迫ってくる。
直人は、亜夢の『セルフ』が身震いするのを感じていた。
……大丈夫、きっと助けるから……
……オレたちを信じて、一緒に! ……
亜夢の『セルフ』を引き上げてから、直人は、PSI-Linkモジュールに乗せた手を一瞬も離さず、心の中に浮かぶ、赤ん坊の姿をしたその存在を、抱きしめ続けていた。
「高度三〇! ……二〇! ……」
サニはレーダーを睨み、海面との相対距離をほぼ秒刻みでカウントし続ける。ティムは降下スピードをそのままに、高波の谷間に<アマテラス>を滑り込ませるように誘導する。
モニターに激しく水しぶきが打ち付けているのが見える。
「高度一〇!」「突入するぞ‼︎」ティムは声を張り上げるとそのまま海面に<アマテラス>の船首を一気に潜り込ませていく。
水面を突き破る衝撃が、ブリッジを揺さぶる。インナーノーツは身を硬くして、その衝撃に耐えた。
「下げ舵、五! 増速黒十! 量子スタビライザー起動!」
激しく揺さぶられるブリッジの中で、カミラは指示を飛ばす。スタビライザーが稼働し始めると、数秒足らずで振動は徐々に弱まっていく。
ブリッジのモニターには、海中の様相が拡がり始める。藤川の読みどおり、海上の荒波とは打って変わり、静けさに包まれる。
「……潜航、完了」船が落ち着きを取り戻し、ティムは深く溜息をつく。
「船体に損傷認めず。シールド解除。上出来だ、ティム」「トーゼンっしょ」余裕ぶりながら返答するティムに、アランは軽く微笑み返した。
「IMC、海中への侵入に成功した」
「了解。こちらで観測している座標マッピングデータを、リアルタイム転送する。航路リンケージを設定されたし」ティムと田中は何度かやりとりし、移動する『低気圧』直下の海域への、追尾針路を設定していく。
海中は確かに穏やかではあったが、『低気圧』に向かういく筋もの潮流が重なり合う。
その合流域は、大小の渦を形成し、そこに嵌り込めば、身動きが取れなくなるばかりでなく、船を損傷する可能性もある。追尾針路を頼りに、それらを回避しながら<アマテラス>は、海中を慎重に進んだ。
「インナーノーツ、海中の様子はどうだ?」
モニター越しに、<アマテラス>のブリッジを覗き込む東。海中の様子は、IMCからは観測できない。
「『低気圧』に、海水全てが引き寄せられているようです。海中にも速い水流が形成されていますが、航行に支障ありません。このまま目標へ……」
すると、ゴウゥン、ゴウゥンとブリッジに響く鈍い音が、カミラの報告を遮る。
「どうした?」東は空かさず確認を求める。
「後方より漂流物多数! ……あ! 上方、船尾四時方向からデカイのが!」サニの報告に、ティムは咄嗟に判断し、さらに下方へ回避行動をとる。ブリッジのモニターには、大小様々な建造物の瓦礫状の物が、<アマテラス>の頭上を掠め、過ぎていく様が映し出された。
「何なんだよ、おい?」現実の海ならともかく、心象の海中に漂う漂流物を、ティムは訝しむ。
鉄筋、梁状の構造物、外壁らしき、剥がれおちた建材……建材として、よく目にするものが大半である。
だが、カミラはその中に、見慣れない異物が入り混じっているのに気づく。
「何かしら……サニ! ビジュアルモニター拡大投影!」「はい」
瓦礫群が拡大されていく。見慣れた瓦礫に混ざっていたのは、大量の樹木が、根っこから掘り起こされたような漂流物……その中に、光り輝く巨石や、巨大な彫像のようなものの一部、結晶体と樹木の合成されたような物が、入り混じっている。
「遺跡かしら……? しかしこんなものは……」
その映像を目にした直人は、ハッとなる。どこかで見たような感覚……そんな感覚が、チリチリと胸を刺すように込み上げてきた。
さらに目を凝らすカミラ。しかし次の瞬間には、見慣れた建材の瓦礫しか見えない。
モニターに映し出される瓦礫の映像が、水流に揉まれながらその姿形を変えているようだ。
「海中のタイムパラメーター変動率四〇パーセント! 『低気圧』中心方向に近づくほど、波動収束フィールドの時間軸が、安定してません!」
レーダー盤のサイドに表示される、波動収束フィールドパラメーターの、かつてない変動に驚くサニ。焦り交じりで報告をあげる。
「何ですって! サニ、変動最大振れ幅は?」
「……データ計測中……お、およそ一万五千年!」
「一万……不味いわね……」
「ああ、PSI バリアが耐えられるうちは、船内時間も保護されるが……この振れ幅では、PSI バリアの消耗も著しい……」ミッション開始から約三時間、その上、想定外の事態対応の連続……『セルフ』との同調による、エネルギー供給があるにせよ、活動限界が近づいている事を、アランは憂慮していた。
「どのくらい保つんだ、副長!」
「現状の同調率、エネルギー損耗率を維持できたとして、およそ一時間、だが、あの『低気圧』の内部で、シールドを併用したとしても、どこまで持つのかは……」ティムの問いに、アランは、わかり得る限りの解答を示す。
「やってみなきゃ、わからない……」直人は、自分に言い聞かせるように呟く。
「急ぐしかないわね。サニ、目標まであとどのくらい?」
「現座標基準で、相対距離およそ二〇キロメートル! ……ですが時空間の伸縮が著しく、特定困難です」
「厄介ね」カミラは、モニターに映る瓦礫群を静かに睨める。
「仕方ない……サニ、航路探索をPSI-Linkモードに。随時修正を加えながら進むしかない」
「えぇ⁉︎」カミラの指示に、サニは不満の声を漏らす。
「負担が大きいのは承知よ。けど、このままでは目標に辿り着くことすら叶わなくなるかもしれない……」カミラはサニの方へ向き直り、まじまじとカミラを見つめる、彼女の瞳を見つめ返す。
「貴女が頼りよ。皆んなの目になってちょうだい」
PSI-Linkダイレクト接続によるナビゲーションは、オペレーターの潜在意識に、波動収束フィールド観測可能全域情報を展開し、オペレーターによる直接観測によって波動収束効果を高める。オペレーターの力量にもよるが、<アマテラス>の機械観測では観測不可能な時空間情報を、フィールド内に収束させる事も可能だ。サニも直人と同じく、高変性意識活動能力を有し、特にこのナビゲーションシステムはサニにしか扱えない代物であった。
「もぅ……。五分が限界よ! ティム、その間に目標にたどり着いてよね!」「任せろ!」
サニは、自身の席に設けられたPSI-Linkモジュールに左手を乗せ、軽く目を閉じて深呼吸から呼吸を整えると、静かに変性意識状態へと落ちていく。モジュールがその反応を捉え、青白く輝き出す。
意識の中に、大量の情報がなだれ込む感覚を覚えるサニ。すると次の瞬間、知覚が急速に拡大していく。フワリと宙空に浮き上がり、心の目を開けると<アマテラス>の外界へと飛び出している。いや、<アマテラス>と一体となっているのか?




