生と死の狭間で 6
「真世、インナーチャイルド、いや『セルフ』の生体側の受け入れポイントは特定できているか?」
「え……ええ」モニターに見入っていた真世は、藤川の不意の確認に戸惑いながら解析結果をモニターに投影する。
「おばあちゃんがいうには、最初のミッションで、インナーチャイルドの反応が顕著だった子宮のあたりに誘導するのがベストだと……」
「うむ……。田中くん、すぐに無意識域の該当座標を割り出してくれ」
「了解しました」田中は自分の席に戻ると、即座に作業を始める。
「おじいちゃん、もしかしてこれって……この子の生まれる前の……」臨床心理士でもある真世は、生体の反応と心象風景から推察する。
「胎内記憶……か?」「ええ」
「施設を転々とした為か、亜夢の出生の記録は散逸してますからね……」腕を組みながら東は、藤川に調べてみる価値はありそうだと私見を述べた。
「ま……マジ!?」不意に田中が声をあげた。
「どうした、田中?」
「該当座標特定……できましたが……」田中の顔に躊躇の色が浮かぶ。
「何ですって!?」カミラは動揺と抵抗の入り混じった声音で声を張り上げた。
「危険なのは百も承知だ。だが、生体とのコネクション座標は『低気圧』の内部を示している。亜夢を救うにはあの『低気圧』の中心に飛び込んでもらうほかない……」
<アマテラス>ブリッジのメインモニターに映し出されている東は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、苛酷な指令を伝えていた。
「簡単じゃん!時空間転移でピョイインと……」サニが手振りでその様子を見せながら、あっけらかんとした口調で提案した。
「『低気圧』は常に移動している上に、この水流と気流では転移先座標情報が転移中に撹乱されてしまう。それこそ危険だ」東はサニの提案を退ける。
「んー、じゃ同調率を落として波動フィールド内の現象化を弱めるとかぁ……?」
「ダメだ!そんなことしたら"この子"はまたあそこに落ちる!もう助からないよ!」
サニが最初のミッションでカミラがとった危機回避策を思い出し、ぼんやり口にしたアイディアを今度は直人が強い口調で却下した。
亜夢の『セルフ』は<アマテラス>と一体となっていることで、かろうじてこの荒れ狂う表層無意識域に留まっていられるのだ。同時に<アマテラス>の周辺に広がる心象世界は『セルフ』が感じ取っている世界でもあり、『セルフ』との同調によって波動フィールド内に現象化したものである。『セルフ』との同調を抑えれば、確かに<アマテラス>が心象世界から受ける影響は少なくなるが、それは同時にこの嵐の中でかろうじて『セルフ』を繋ぎ止めた命綱の結び目を緩めるような行為に等しい。
「……だよね〜」サニは溜め息混じりに呟くと視線を宙に浮かせる。
「かといって正面突破?そいつも無茶な話だぜ」吹き荒れる暴風に吹き飛ばされないよう、船を懸命に維持しながら、ティムは悪態めいた口調で言い放つ。それはパイロットとしての的確な判断であった。
「ティムのいうとおり……正面からぶち当たったのではそもそも<アマテラス>の船体は持ちません……いったいどうすれば……」カミラが不安げに問う。
沈黙に包まれるIMCと<アマテラス>のブリッジ。その問いに皆口を閉ざした。 その間にも爆弾低気圧状のエネルギーの渦は勢力を増し、<アマテラス>も荒れ狂う風雨に態勢を維持するのがやっとであった。
「海へ潜るのだよ」
いっ時の静寂を藤川の言葉が打ち砕く。
「しょ……所長、それはどういう……」
<アマテラス>は暴風によって巻き起される荒波の海からやっと脱出したばかりだ。東は藤川の思惑を図りかねていた。
「もし、この心象世界の海が自然の海と同等であるなら、荒波は海面のみ……海中は比較的穏やかなはずだ」
暴風による高波の影響が少ない深度まで潜航し『低気圧』に接近。その中心で海上に出る。そのまま上昇気流に乗って特定された生体とのコネクション座標に到達、そこで亜夢のセルフと生体の同調確立を試みる。
「……しかし所長。海中の状況はまるで掴めていません。よもや海中も……」東はリスクを指摘せずにはいられない。
「他に良い手があるかね?」藤川は穏やかな口調の中に静かな覚悟を忍ばせる。
東はそれ以上、言葉は出なかった。<アマテラス>のブリッジを映し出している通信ウィンドウに向き直る。
「……インナーノーツ。聞いた通りだ。やってくれるか?」東が生硬い表情のままインナーノーツに問う。
海中を進む……確かにそれが一番最良の策ではありそうだ。だが、かろうじて脱出できた時空間断層といい、このミッションをこのまま継続するのは、危険が大き過ぎるのではないだろうか……隊員達を無闇に危険には晒せない……カミラは、東への返答を渋る。
「隊長!」
力強い声音にカミラは顔を上げた。
振り向いてカミラを促したのは直人だった。意志の灯る強い眼差しがカミラを見据えている。
カミラは直人のその強い意志に圧倒された。
普段はどこか他人と距離を置き、心の内を明かすことのない直人が必死に亜夢を救おうとしている……何がそこまで直人を突き動かすのだろうか……。カミラは不思議にすら感じた。
「やるも何も、やるっきゃないっしょ」
「ティム、上手いこと潜ってよね。波は嫌いよ」「はは、酔いたくなけりゃ、突入時の海面トレース抜かりなく」
「ティム、サニ……」直人の気概に便乗したティムとサニは、着々と次の行動の準備を始めた。
「センパイが珍しくやる気だもんねぇ〜。付き合いますって」そう口にしながら彼女の方へ振り向いた直人に目配せする。彼女なりの覚悟を直人に伝えた。すぐにレーダー盤に向き直り、海面の波のトレースを開始、突入ルートの選定に入る。
「『この子』だって。ふふ、なんか面白いもの見れそうだし」何を考えたのか、ひとりほくそ笑むサニ。
「前に使ったシールドも、改良してシステムに組み込んでいる。『セルフ』との同調さえ保てれば、 そう簡単に沈みはしないさ、カミラ」アランも若手3人の意志を後押しする。
「アラン……」カミラの口元から小さな笑みがこぼれる。
「まったく、こういう時だけは結束するんだから……」
カミラは顔を上げ、正面のモニターに映る東を見据えた。
「チーフ!<アマテラス>はこれより目標『低気圧』の中心への突入を敢行します!サポートをお願いします」
「うむ……突入から帰還まで全面的にバックアップする。必ず、生きて戻れ!」
「了解!」カミラの凛とした声がIMCに鳴り響く。




