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生と死の狭間で 2

「諦めるな」

 

 藤川は毅然と顔を上げ、短く言い放つ。IMC一同は、その言葉に顔を上げる。胆力を備えた彼の言葉は、皆の諦めに傾いた心に、歯止めをかけるのに十分であった。

 

「真世、亜夢の生体反応は?」「バイタル、極度に低下していますが、まだ……」

 

「よし、アイリーン、先程と同じく生体反応をPSIパルスに変換。田中くん、これを最大限に増幅して誘導ビーコンに乗せ、あのホールへ発信。できるな?」

 

「はい!」アイリーンと田中は、早速作業に取り掛かる。

 

「所長……もしや……"あの時"のように……?」「うむ……コレがヒントをくれた」

 

 動かない左脚を軽く叩いて、微笑む藤川。

 

「し……しかし、"あの時"は……」

 

「"あの時"があればこそ……だ。大丈夫、"今度の船"は、この程度で沈みはしない」

 

「所長……」東には、その言葉が重くのし掛かってくる。そうだ、このような事態は既に"あの時"に経験した。今のこのミッションは、それを基に積み上げてきたものだ……だとすれば——

 

「あとは彼らと、亜夢の生きようとする意志……ということですか?」東も所長の狙いを理解する。

 

「うむ。カミラなら、必ず決断する」

 

 

 ****

 

 バン! という鈍い音が、<アマテラス>の閉塞したブリッジに響く。

 

「もう!! なんなのよ、ココ!!」

 

 一切の反応を示さない、レーダー表示盤を睨みつけながら、苛立つサニは、コンソールを叩きつけていた。

 

「おいおい、大昔の映画じゃないんだ。叩いて治ったりしねーよ」ティムは、諦観したかのような落ち着きぶりだ。

 

「くそっ、こっちも全く反応しないや……」

 

 ついさっきまで、熱を帯びた反応があった、直人のPSI-Link システムインターフェースモジュールも、今は完全に冷え切っていた。

 

「ここへ落ちてから、船内時間でも三十分は経つわね。アラン……何かわかった?」

 

 <アマテラス>の固有PSIパルスを探知波とした、急拵えの時空間ソナーで空間探知を続けていたアランも、首を横に振る。

 

「ソナーの反応が返って来ない。ボイド空間、時空間断層にハマってしまったようだ」

 

「何それ!? ってことはあたしたち……」いつも飄々としているサニも、この時ばかりは唇を震わせ、蒼ざめている。

 

「差し詰め……『瀕死の狸』、と言ったところかしら」「た……タヌキ??」自嘲気味に応えたカミラの台詞に、サニは複雑な表情を浮かべた。どこかで聞いた台詞……と直人は思う。

 

「けど、このままじゃ埒があかないわね。やむを得まい……副長。やるわよ」カミラの碧眼に、静かな覚悟の色が宿る。

 

「危険だが……他に手はない……か。よし」

 

 アランは、カミラの覚悟を受け止め、早速準備にかかる。

 

「どうするんです? 隊長?」ティムが問う。

 

「緊急脱出コード、『999(トリプルナイン)』を使用する」「えっ!?」一同に緊張が走る。

 

 ——緊急脱出コード999——

 

 インナースペースから脱出困難な状況を想定して、<アマテラス>に組み込まれている、非常用強制エントリーアウトの為の、PSIバリアパラメーターコードである。

 

 アウト座標への誘導無しに、PSIバリアの次元パラメータを、このコードで設定した現象界次元に強制偏向させることにより、インナースペースからの脱出を図る。

 

 出現時空は、保存された船内時空情報(出発時の時空座標情報を原点とする)と同期して算出されるものの、PSIバリアが脱出経路として検出する、全ての時空情報の干渉を受けること、また現象界との時空間差による誤差を調整しきれないことにより、何処に出るのか、特定が困難である。

 

 そのため、下手をすると次元アウト時に、現象界の物体との接触、あるいは地球上の危険地帯だけでなく、宇宙空間などの想定外の場所への飛び出し、さらにはタイムワープ、パラレルワールドへの、次元シフトの可能性もあると想定されている。

 

 直人、サニ、ティムも、この緊急脱出コードのリスクは理解している。起動試験の際、直人が使用したシミュレーション用の非常停止システムとはわけが違う。

 

「マジっすか……?」隊長の意志を確認するように、ティムは問い返した。

 

「このままここにいても、稼動限界を超えた時点で全員、インナースペースの藻屑と化すだけよ」カミラは、皆が薄々感じながらも、口に出せずにいた危機的状況を、あえて言葉にする。

 

 反論の余地はない。

 

「……やるっきゃないのね」ティムは、自分に言い聞かせるように呟く。サニと直人も覚悟を固め、シート深く身を預ける。

 

「準備オッケーだ、カミラ!」

 

「よし、総員緊急脱出態勢! シートベルト着用、ブリッジプロテクトモードへ移行!」

 

 全シートのホールドアームが肩に降り、通常、ブリッジ内の視界確保の為、アームで持ち上げられているキャプテンシートが、床面に下がり固定される。ブリッジの入り口は耐水、耐圧隔壁で閉鎖され、壁面の大型モニターは、破損した際の飛散防止の為、シャッターで保護された。通常空間に出た際の、何かとの衝突に備えた機能である。

 

「アラン! 目標座標は、IN-PSID沖合い三キロメートルに座標補正! 重力ジャイロ連動確認!」「了解」

 

「ティム! うまく出られれば海上よ。次元アウトと同時に、緊急フロート展開!」緊急フロートのレバーを開放し、握りしめるティム。

 

「じゃ、行くわよ。コード999、起動!」

 

「起動!」アランがスタートキーを回す。

 <アマテラス>のPSI バリアが、虹色の発光を伴いながら偏向を開始する。

 

「時空間自動検出を開始した! 転移まであと二分!」

 

 急激な時空間変動が、結界防御されているブリッジ内にも、衝撃や振動となって伝わってくる。一同は息を殺し、硬直してその時を待つ。

 

「八〇秒前!」アランが、カウントを読み上げる。

 

「七〇秒前!」一層の振動が、ブリッジを揺さぶっていた。

 

「六〇秒前!」

 

 その時、サニのレーダー盤に、強力な信号反応が現れる。

 

「た……隊長! レーダーに感あり!」

 

「何ですって!? アラン!」

 

 即座に解析にかかるアラン。「こ……これは、誘導ビーコン!?」

 

「所長だわ! 緊急コード停止! 直ちに誘導ビーコンへハーモナイズ!」

 

「了解!」アランは緊急コードを停止させると、即座に誘導ビーコンとのチューニング作業を開始。ビーコンの座標を辿れば、緊急コードより安全に、帰還が可能だ。

 

 緊急コード停止後も、ブリッジの振動は続いていたが、ビーコンへのチューニングが整うのに従い、振動も終息していく。すると、呼応するかのように、サニの目の前のレーダーに新たな反応が立ち上がった。

 

「波動収束フィールドにも反応! 微弱なPSIパルスも感知! ……パルスパターン……インナーチャイルドです!」

 

「亜夢!」直人は、シートの拘束を解除すると、身を乗り出してPSI-Linkモジュールに手を掛け、そのまま誘導パルスを再起動させた。

 

「ナオ! 何をするの!?」直人の行動を全く予期していなかったカミラは、目を丸くする。

 

「生きてる! まだ生きてるんだ! あの子!」

 

「だめよ! この状況では危険過ぎ……!」カミラの制止より早く、<アマテラス>に強い引力が働く。

 

「波動収束フィールド、さらに反応! インナーチャイルド、実体化率四〇パーセントを超過!」

 

「インナーチャイルドとのPSI パルス同調率も、回復してきているぞ! どうする、カミラ!?」アランは、カミラに次の指示を促す。

 

 現状、<アマテラス>は、誘導ビーコンにより辛うじて脱出の糸口を掴みかけた。だが、同時にインナーチャイルドの救出の可能性も高まった。

 

 未だ、時空間断層にある<アマテラス>が、より確実な生還を果たすには、集合無意識次元に引き込まれかけているインナーチャイルドとの同調をカットして、脱出を優先させるべきなのだが……

 

「ティム!」直人は、カミラの指示を待たず、ティムと連携してインナーチャイルドのサルベージを継続するつもりだ。

 

「よし!」ティムも腹を据え、<アマテラス>の機関をフルパワーで回し始める。推力が回復した<アマテラス>と、インナーチャイルドの引き合いがまた始まった。

 

「カミラ、この誘導ビーコンの信号……見てくれ」アランはカミラのシートモニターに誘導ビーコンに乗せられた信号の波形データを転送する。

 

「これは。もしや……」

 

「ああ、俺たちがサルベージに使った、亜夢の生体パルスだ」

 

「ということは……。アラン!」「ああ、おそらく」カミラとアランには、藤川の思惑が見えつつあった。

 

「って、どういうこと??」カミラの指示を待ちながら、二人の会話に聴き耳を立てていたサニは、問い掛けずにいられない。

 

「ミッションはまだ、活きてるってことよ」

 

 そう言いながらカミラは、サニへ微笑み返した。


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