サルベージ 6
直人は感じていた。PSI-Linkシステムから、微かに伝わってくる鼓動のようなものを……直人は、その鼓動を慈しむように、心の中で語りかける。
……そう、大丈夫だよ……一緒に行こう……
それに呼応するかのように、その鼓動は、少しずつ強まっていく。
……わたし……きたい……なたと……
直人の脳裏に、またあの声が木霊する。
……あなたと……
……でも……
………………
………………
……死してのみ生きる……
……それが我が宿命……
「亜夢!!」直人が思わず声を上げるやいなや、瀑布の只中へ、身を投げ出したかのような暴流の衝撃が、直人の頭上から全身を貫いていった。堪らず、直人が苦悶の叫びを上げたかと思うと、それに呼応するかのように、インナーチャイルドの黒き塊が、激しく身悶えを始めた。
「いかん! 同調シフトが!」
アランが監視するモニターの中で、表層意識とインナーチャイルドの同調比率表示グラフが変調を見せ、各々のメーターが入れ替わり、急激な増減を示す。時空間変動の様相が、ブリッジのモニターにも現れ始め、有機質な生命体のように、モゴモゴと蠢きを見せ始めた。
「波動収束フィールド全域に、波打ち現象発生!」焦りを隠せないサニの声音が、ブリッジに響く。
「サニ! フィールド安定域まで感度下げ!」「ダメです! フィールドコントロール不能!!」
<アマテラス>の船体も、その空間変動に抗しきれなくなり、大きく流され始める。ブリッジはアラートに包まれ、激しい衝撃がインナーノーツを襲う。
その様子は、IMCのモニターにも映し出されている。衝撃のたびに画像が乱れる。カミラが、何とか体勢を立て直そうと必死に指示を飛ばしている。
「バ……バイタル変動! 脳波乱れてます!」真世が、急変した亜夢の生体反応に動揺しながら報告する。カプセルの中の亜夢は、苦しみから逃れようと悶え始めた。
「所長! これ以上は!」東は事態が急変し、インナーノーツが危険に晒される可能性を直感した。
「うむ……」藤川は瞑目し、状況打開策に頭を巡らせる。
「所長!」
「……やむを得まい……」東の促しに、藤川も腹を決める。現状は、東の直感の方が正しい。
「田中! 帰還誘導ビーコンセット! アイリーン! 強制時空間転移コードを送信!」東の緊急帰還命令を受け、田中とアイリーンは作業にかかる。
「<アマテラス>! ミッション中止だ! こちらで帰還を誘導する! インナーチャイルドをパージし、帰投せよ!」
東は、乱れる通信モニターに映る<アマテラス>のブリッジへ懸命に呼びかける。カミラは、それに答える余裕がない。アランと切羽詰まったやり取りをしている。
「どうした!? インナーノーツ!」「PSI 同調、波動収束フィールド共にコントロール不能! チーフ、帰還体勢に入れません!」モニター越しのカミラが、焦りを見せる。
「なに!」
「表層、深層、両無意識域で時空間歪曲が続いています! これでは、<アマテラス>の回収は無理です!」田中が悲痛な叫びを上げた。
「落ち着け! 田中、アイリーン、緊急回収プログラムを一番から順に実行! 何としても回収するんだ」「はい!」田中とアイリーンは、東と共に<アマテラス>の回収に全力を尽くす。
真世は貴美子を呼び出し、亜夢のバイタル安定処置を試みる。IMCは、各々の出来うることに、皆が全力を投じていた。
インナーチャイルドを巻き込んだ、時空間の歪曲は更に進み、全てを高次の集合無意識域へと還元させようと、空間全体が蠕動のような動きを始める。
「ティム! 推力上昇! 全速離脱!」「やってますって!」
時空間転移も出来ない以上、何とかその空間の動きに逆らい、この場から離れる他ない。しかし、<アマテラス>は、完全にこの動きの中に捕らえられていた。
空間全体は次第にその形状を、さながらナイアガラ瀑布のような姿に変えていく。エネルギーの奔流は、一つの方向へと滔々と向かい、その先に、無限の闇が広がる奈落が口を開ける。
切り離しのコントロールが効かないインナーチャイルドに引き摺られ、<アマテラス>は、インナーチャイルドと共に、奈落の方へと共に押し流されていく。
藤川は口を閉ざしたまま、卓状モニターに急激に広がっていく、奈落の口を見つめ続ける。
東が必死に、インナーノーツへ呼びかけを続けているが、<アマテラス>のブリッジを映す、モニターの映像は乱れ続け、言葉は届かない。そして、唐突に、映像は途絶える。
——NO SIGNAL——
モニターに現れた無機質なサインが、東の叫びを遮った。
「<アマテラス>……信号ロスト……」田中の戦慄く口から漏れた言葉が、IMCを凍りつかせた。
卓状モニターに描き出された闇は、ゆっくりと回転運動を見せながら、更にその広がりを拡大している。
「インナーノーツ…….」
微動だにせず、<アマテラス>の消えた、虚空の中心を見つめ続ける藤川。左手が固く握り締める補助杖が、カタカタと震える。感覚が麻痺しているはずの左脚が、熱を帯び、ウズウズと脈動するのを感じていた。堪らず片膝を落とす。
「お……おじいちゃん!?」藤川の異変に気付いた、真世の動転した叫びは、IMCの時の流れを堰き止めてゆく。




