サルベージ 5
直人は、どうしても昨夜の幻覚が、頭から離れない。なぜ、あの炎は消されようとしているのか……その問いが、胸の奥で何度も繰り返される。
……あれはキミじゃないのか? ……
………………
……オレに何かを伝えたかったのか? ……
………………
……お願いだ……何か応えてくれ……
………………
何かが一瞬、PSI-Linkシステムを通して、直人の身体へと流れ込む感覚を覚える。
その刹那。<アマテラス>ブリッジに警報が鳴り響き、警告表示がモニターを赤く染めていく。
「来たか!? 総員、第1種警戒態勢!」
「波動収束フィールドに感! <アマテラス>下方、0-2-1.3!」
「アラン、時空間解析!」「了解!」
「ティム! 量子スタビライザーエネルギーコンタクト! ナオ! 誘導パルス増幅黒ニ!」「はい!」ティムと直人の返事が重なる。
直人が誘導パルスの強度を上げると、時空間が揺れ動き<アマテラス>にもその振動が伝わってくる。その振動は、徐々に船体下方への引力に変わっていった。<アマテラス>もそれに抗しながら、上昇運動を開始する。
「船体姿勢の維持を最優先! 飲み込まれないように!」
「データ解析完了! 『サラマンダー』のPSI パルス確認。当たりだ!」
亜夢の肉体も、それに反応したのか、亜夢の顔に僅な苦悶の表情が浮かぶ。
「<アマテラス>、『サラマンダー』を捕捉!」田中の報告にIMCは色めき立つ。
「田中、ビジュアル投影できるか?」「やってみます!」
「真世、亜夢の生体反応に注意してくれ!」「はい!」
東の指示に従い、田中はビジュアル投影処理をした映像を、卓状モニターに転送した。映像は、現象界からの観測限界域である為、非常に不鮮明であるが、ぼんやり白く浮かぶ<アマテラス>の船体と、それを取り囲むように赤黒く光るモヤのような存在が映し出される。藤川と東は、その映像を覗き込む。
<アマテラス>と『サラマンダー』の引き合いは、徐々に拮抗してくる。
「ティム、ナオ、いい感じよ。そのままキープして」
ティムと直人は、お互いの仕事を認め合うように、アイコンタクトを交わす。
「アラン、『サラマンダー』のPSIパルスから、インナーチャイルドのパルスを特定急いで。サニは『サラマンダー』との相対距離を監視! プラマイ一〇で報告」矢継ぎ早に指示を飛ばすカミラ。
空間が波打ち、徐々に黒々とした存在が、姿を形作っていく。それは、あの「赤ん坊」の背中のような形状を示し始める。全身に纏っていた炎は消えているが、その残り火が、黒々とした身体の至る所で燻っているように見える。まるで炭と、その残り火のようだ。
「大丈夫だ、今ならあの炎は、殆ど消えている。もはや『サラマンダー』ではない」
アランの報告に安堵するカミラ。
「そう、ならば引き揚げ作業と並行して、インナーチャイルドへの同調シフトを進めてちょうだい」「了解した」アランは短く返答すると、早速、準備に取り掛かる。
「IMC。同調シフトフェーズに入ります」
「カミラ、インナーチャイルドから、の表層意識への急激な反動も予想される。双方の同調バランスに注意しながら進めてくれ」
藤川は、作業の懸念点をカミラに伝える。
「了解しました」モニター越しに、カミラが短く返答する。
「真世、生体を次元モニターして、インナーチャイルドの受入ポイントを見つけてくれ。貴美子先生と連絡を」「はい!」真世は、東の指示を受け、さっそく最新の、亜夢の生体データ採取にかかる。肉体側で最も受入やすい部位を特定し、その情報を元に、表層意識レベルの次元へ展開する。
「田中。真世の作業が完了したら、直ぐに時空間転移座標の割り出しだ」「了解です」
指示を出し終えた東は、卓状モニターに向き直る。
「ここまでは順調ですね」
「うむ……」想定していたよりも、事が上手く運んでいる……何か見落としているのではないだろうか? 卓状モニターに映る<アマテラス>の作業を見守る藤川は、一抹の不安を拭いきれない。
<アマテラス>下方向の空間には、山のように盛り上がった黒々とした塊が姿を現した。
インナーチャイルドは、その背中を持ち上げられたような状態で、暗闇の中から引き摺り出されながら波動収束により、形を形成しつつある。
「引き揚げ率五〇パーセント、同調シフト二〇パーセント」
作業の進捗をモニタリングしながら、アランが報告する。
「ようやく半分ね。あと半分、慎重に」
作業開始から約一時間、ミッション開始からは一時間半ほどが経過していた。
<アマテラス>のインナースペースでの活動可能時間は船内時間で最大六時間であるが、ミッション内容やエネルギーの消耗でその時間は大きく変わる。このまま順調に作業を進めても、あと二、三時間であろう。
カミラは、少しずつ焦りの色が見え始めたクルーらの意識を、今この時の作業に引き戻す。
ブリッジ天井部のメインモニターに、ビジュアル構成されたインナーチャイルドは、黒々とした塊にしか見えない。
「おいおい、こんな"消し炭"で、本当に亜夢を助けられんのかぁ……」
<アマテラス>がその"消し炭"の方へ引き込まれないよう、巧みに船体を維持しているティムは、その変わり果てた姿に不安を覚える。
「大丈夫……この子は生きている……」
「えっ?」確信に満ちた目でそう応える直人に、ティムはしばし言葉を奪われていた。




