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眩惑 3

 夜の帳が下り始めた廊下は、静まり帰っていた。直人が暗がりへと足を進めた、その時。

 

 ……!?

 

 背後に何者かの気配を感じ、振り向く。

 

 長い髪を前に垂らし、虚ろに佇んだまま、直人をジッと見つめる人影……

 

 薄明かりの中、その顔ははっきりと見えない。だが、直人は、その人物を知っているような気がした。この、無意識の奥の方から見つめられているような感じ……

 

「あ……亜夢……さん?」

 

 長い前髪の奥から覗く、漆黒の瞳。

 

 直人はその瞳の中に、空間ごと引き込まれるような感覚を覚える。

 

 足元に激しい水流が打ち付け、廊下の窓が破られると、一気に大量の水が流れ込んできた。

 

「うわぁぁぁ!」直人はなす術なくその水流に押し流され、亜夢も同じように、その水流の中に飲み込まれていく。

 

 直人は薄れゆく意識の中、水流の中に、微かな灯火を見る。

 

 水流に翻弄されながらも、その炎は、僅な希望を持って生きようとしている……

 

 この炎を消してはならない。直人は、何故かそう直感し、必死に水流を掻き分けて、炎へ近づこうとする。だが、進んでも進んでも、水流はその行く手を阻む。

 

 ……なぜ、なぜなんだ……

 

 ……ぁむぅ……ぃ……り……

 

 直人は、無意識のうちから込み上げる言葉を口にしていた。

 

 直人の言葉をかき消すように、一層の水流が直人を襲う。身構えたその瞬間……

 

 

 あたりは、何事もなかったかのように、元の廊下に戻っている。

 

 亜夢は、何かを訴えかけるように直人の方を見つめたまま、その場で膝から崩れ落ちた。

 

「!」咄嗟に直人は駆け寄り、亜夢の上体を抱きおこし、身を揺すった。

 

「亜夢さん! しっかり! 亜夢さん!」

 

 声をかけるが、反応はない。半目のまま意識を失っている。呼吸は浅く、苦しげだ。

 

「亜夢さん!」

 

「どうしたの!?」背後から、真世が声をかけてきた。先程、病室前ですれ違った看護師も一緒だ。実世の容態が落ち着き、部屋から出てきたところで、直人の声に気づいたようだ。

 

「わからない、急に倒れて……」

 

「どいてちょうだい」その短髪の女性看護師は、短く言うと、素早く直人と入れ替わり、脈拍、呼吸、瞳孔確認の後、PSI パルスチェッカーで身体スキャンを行う。

 

「真世、ストレッチャー持ってきて!」チェッカーの波形をにらみながら、真世に指示を出す。真世は、フロア毎に備え付けてあるストレッチャーをとりに走る。

 

「PSIパルスに対する、身体の過剰反応が出ているわね。検査室に運ぶわ」

 

 真世がストレッチャーを転がして、すぐに戻ってきた。

 

「手伝って」亜夢の上体を抱えながら指示する看護師に従い、直人は亜夢の脚を抱え、看護師と共に亜夢をストレッチャーに乗せる。

 

 看護師はそのまま、亜夢を連れて検査室へと足早に去っていく。

 

「何があったの? 風間くん?」

 

 看護師の後ろ姿を見送りながら、真世は尋ねた。直人にも、今起こったことが何だったのか、全くわからない。

 

「風間くん?」

 

「……」直人は、心配げに窺う真世に、無言で答える他なかった。

 

 

 IN-PSID附属病院のエントランスは、先程までとは打って変わり、間接照明が幽玄な空間を作り出している。

 

「……お引っ越しでお疲れのところ、遅くまでごめんなさいね。神取先生」

 

 病院内の案内に、予定以上の時間がかかってしまったと、エントランスまで、神取を見送りに付き添ってきた貴美子は、神取を気遣う。

 

「いえ、ありがとうございます。やはり世界最先端を行くIN-PSID……大変刺激的でした。明日からしっかり学ばせて頂きます」

 

 貴美子は、案内でのやり取りから、神取が考えていた以上に優秀な人材である事を感じ取っていた。

 

「こちらも、先生のような優秀な方に来て頂いて、助かります。研修という名目ですが、一スタッフとして業務に入ってもらうつもりでいますので……」

 

 話の途中で、『テレパス通信』のコールが、貴美子の頭の中で響いた。神取に「失礼……」と短く断りを告げ、貴美子はすぐに通信に応じる。軽く手を広げると、指輪状の通信機が、手のひらに通信相手を映し出す。

 

 相手の音声は、脳内に響く仕組みである。(テレパス通信は、完全に脳波のみで会話する事も、技術的に可能であるが、メッセージの発信は、声音を用いる。声に出した方が伝えるべき内容を吟味できる為、この方式を採っているものが一般的。結界場や特殊PSIエネルギー場では、通信確立が困難である事もあり、そうした場には、従来の脳波非介在型通信が用いられる事もある)

 

「先生、亜夢が倒れました!」

 

「えっ!?」思わず大声で反応する貴美子。

 訝しげに窺い見る神取に手で詫び、その視線から逃げるように、通信に応じ続ける。

 

「それで……ええ……わかったわ……」

 

「急患ですか?」通信を切った貴美子に、神取が訊ねる。

 

「え……ええ。患者の容態が急変したようで……ごめんなさい。ここで失礼させてもらいます」

 

「わかりました。それではまた明日……」

 

「ええ」短く挨拶をやり取りすると、貴美子は踵を返し、エレベーターに駆け込んだ。

 

 吹き抜けのエントランスからは、貴美子の行き先が良く見える。神取は貴美子を目で追う。貴美子は神取の視線に気づく事なく、二階の療養棟へ向かう渡り廊下の方へと姿を消した。

 

 ……あの先は結界領域だ……

 

 エントランスの照明が届かない、影の一角から語りかける声。

 

 ……もう戻ったのか? ……

 

 神取は、その声を的確に聴き取り、無言のまま心の声で応じる。

 

 ……あの二人も、あの結界の先……

 

 ……そうか、で……おめおめと引き下がって来たと? ……

 

 ……うっ……

 

 男のような声が、言葉に詰まっている間に、今度は女の声が聞こえてくる。

 

 ……旦那様、急いては事を仕損じます。妾に策が……

 

 声は、神取に擦り寄るような声で持ちかけた。

 

 ……ほう……そなたの方は、何か収穫があったか? ……

 

 ……はい……旦那様、妾を、あの娘にもう一度……

 

 ……ふむ……よかろう。で……そなたは如何する? ……

 

 ……では、拙者も再びあの小僧に……

 

 その時、二階から話し声が聞こえて来た。

 

 先程の医院長の孫娘と、風間と呼ばれた青年だ。それを認めた神取は、二つの影の存在に命ずる。

 

 ……よし、行け! ……

 

 影は壁面を伝い二人の来る方へと向かう。それを見送ると、神取は二人に気取られないうちに、病院を後にした。

 


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