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眩惑 2

 ……結界か……厄介だな……

 

 ……そこまでして守るものがある……

 

 ……あるいは封じ込めたいものが……やはりあの奥か……

 

 ……さあてね。それよりあのボウヤ、あんたに勘付いたようね……

 

 ……ふん、そなたの方は鈍いようだったな……

 

 ……あの娘かい? ……ふふ、ちょいと面白い娘よ……

 

 ……面白い? ……

 

 ……あの娘、使える……

 

 ……ふん、とにかく戻るぞ……

 

 視線の主は、何処かに消え去った。

 

 

「あ、ティム! センパイ見なかった?」

 

 IN-PSID中枢区画のエントランスホールで、私服に着替え、帰り支度を済ませたサニが、退屈そうにホールの椅子に座り込んでいた。

 

「さぁな。さてはデートか?」ティムも帰り際のようだ。

 

「ンなわけ……んーそんなところ?」

 

「はぁ?」怪訝そうな表情を浮かべるティムに、サニはペンダントに組み込まれたホログラム投影機で、バーチャルネットの画面を表示して見せる。

 

「これよ、これ。アンタ知ってる?」

 

 ティムはその映像を覗き込む。

 

『Eternal Heart 想いは永遠に』のタイトル。そのタイトルからポップな吹き出しが飛び出し、『お・も・と・わ』の可愛らしい字体が浮かび上がる。

 

「あー、これ。一時期社会現象になったよな。俺はやったことねーけど」

 

 想い人から既に故人となった人まで、逢いたい人に会えるという触れ込みで大ブレイクした、バーチャルネットサイトである。

 

 サイトの説明によれば、アクセスした人物の深層心理から逢いたい人物のバーチャルモデルを形成して、仮想現実世界でコミニュケーションを可能とするらしい。要は、"臨場感のある、好きな人の夢"を観ることができるようなものである。

 

 一時期、サイトにハマり込んだユーザーらが、現実とバーチャルの区別がつかなくなり、問題行動や犯罪にまで発展するケースも発生。

 

 何度か閉鎖の事態に追い込まれながらも、熱心なユーザーに後押しされ、規制やセーフティーを整備しながら、約三年程運営継続されて来た。

 

 現在、バーチャルネットユーザーらには、初期に比べ物足りなさは指摘されてはいるものの、かなり安全に使えるようになったと評価されており、バーチャルネットのライトユーザー層にも浸透してきている。しかし、一般的にはまだ"怪しい"サイトとの認識も根深い。

 

「で、その『オモトワ』がどうしたわけ?」

 

「センパイ、真世さんの話になると思い詰めちゃうでしょ。アタシ、昼余計なこと言っちゃったみたいだから……まぁ罪滅ぼし?」

 

「なるほど。あいつにこれで真世とデートさせようってか?」

 

「気晴らしくらいにはなるでしょ。それに……」サニは悪戯な笑みを浮かべる。

 

 あー、コイツ、『オモトワ』使った直人の反応を見たいだけだろ。ティムはサニの思惑を読みとった。

 

「でもこれ、専用機で予約制だろ? 激混みって聞いたぞ。それに、ウチらこーゆーの、ちょいマズくない?」

 

 インナーノーツは職務上、『オモトワ』のような心身負荷の高いヴァーチャルネットサービスは、禁止こそされていないものの、自粛、自制の指導を日頃からされている。

 

「ちょっとくらい平気よぉ!」もっともサニには、そのような殊勝な心がけはない。

 

「ウチのゼミでも流行っててさ。たまたま今夜予約してたコが、キャンセルするってんで、アクセス権譲渡してもらったの。で、センパイ探してたんだけど……」

 

 指輪型の小型光学投影機(光形成ディスプレイ)に映し出された、メールボックス画面を眺めながら、口を尖らせて呟く。

 

「センパイ、テレ・メ(テレパス・メール:脳波感応式メール)も返事くれないしさ。いつも早いくせに……」

 

 ティムはそれを聞いて状況を理解し、ほくそ笑んだ。どうやら彼の作戦は、功を奏したようだ。

 

「残念だったな、サニ。ナオにはそんなサイト、必要ないってことさ」「はぁ? それどういう意味?」

 

「んじゃ、お先!」

 

「ちょっと、ティム!」食い下がろうとするサニに振り向きもせず、ティムは軽く手を頭上で振って、夕闇の中に姿を消す。

 

「必要ない? ……えっ、マジ?」

 

 

 同じ頃——

 

 直人は真世に連れられ、実世の部屋を訪ねていた。ちょうど、実世は早めの夕食を済ませた頃合いであった。

 

 直人は、お見舞いの菓子折りとメロンを置いたら帰るつもりだったが引き止められ、持ってきたケーキを一緒につまんでいた。

 

「活躍は父から聞いているわよ。あの時の直人くんが、こんなに立派になって……」

 

「いえ……そんなこと……」

 

 何を話せばいいのか、戸惑っている直人。反面、実世は珍しい客人に嬉しかったのか、昔の話や直人の母の事、最近の真世の事など、取り留めなく話を続けている。

 

 長い病床生活と闘病でやつれてはいるが、端麗な顔立ちと、透き通るような肌は、幼い頃、直人が目にした姿そのままであった。病さえなければ、真世と姉妹のように見えたかもしれない。

 

「お茶、はいったよ」

 

 真世は、淹れたお茶と切り分けたメロンを配り、自分もテーブルに着く。

 

「もぅ……あまり引き留めちゃダメよ。ママ」

 

「ねぇ、風間くん」と真世は同意を求めるように言うと、お茶を一口啜り、ケーキに手を伸ばす。真世とこうして居られるのは、そう滅多にない。直人にしてみれば、むしろ引き留めて欲しいところではある……

 

「いいじゃない、真世。あなただって直人くんが来てくれて、嬉しいくせに」

 

「えっ!?」意外な実世の一言に、直人は思わず真世を見つめる。真世も同じように直人を見つめ返し、二人の視線がぶつかる。

 

「真世ったら、『直人くんと結婚する〜!』ってしょっちゅう言ってたのよ。そしたら直人君たち、松本に行っちゃたでしょ。それからずっと淋しがってたの、この子」

 

 しばらくの間見つめ合っていたことに気付き、同時に視線を逸らす二人。

 

「ママぁ! もぅ……小さい頃の話はやめてよ」真世は、頰を少し赤らめながら、ケーキを口に運ぶ。

 

「あら、どうして? ママは直人くんならいいわよ」からかってるのか、本気なのかわからない口調で、実世が言う。

 

「風間くんが困るでしょ。風間くんには彼女もいるんだし」「えっ??」何の話だ。

 

「サニって、オーストラリアから来た可愛いコよ。ねぇ?」そうでしょ? と窺い見てくる真世。

 

「はっ!? ち……違うよ! 彼女はタダの同僚……」と言いかけ、直人は言葉を噤む。

 

 たしかに、付き合っているわけではない……のだが。

 

 直人は動揺を誤魔化し、平静を装う。

 

「えっ、違うの?」

 

「う……うん、付き合ってはいない……」何とも微妙な言い回しになってしまったと、俯向く直人。

 

「なんだ、そうなんだ……」そう言う真世の表情は、先程よりいくぶん優しく見えた。

 

「ねっ、メロンまだあるよ。もう少し食べる?」真世は、機嫌良さげに直人に訊いてくる。

 

 直人が答えようとしたその時、実世が少し咳き込んだ。

 

「ママ!?」

 

「……ご……ごめんなさい……大丈夫よ」

 

 実世は、つい楽しくなって喋り過ぎたみたい、と力なく笑った。疲れが顔に滲んでいる。体力が著しく奪われ続ける実世には、小一時間程のたわいもない団欒でも、負担になる様子であった。

 

「すみません、長居してしまって」察した直人は席を立つ。

 

 実世はさらに咳き込み始めた。真世に付き添われながら、ベッドに横になる。

 

「ううん……ゴホ……ゴホ……楽しかったわ。……たまに遊びにいらっしゃい……ゴホ……真世も、ほとんどここに居るから」そう言うと実世は、真世に直人を送らせようと促す。

 

「いいよ、ここで。お母さんについててあげて」

 

 名残りおしいがこれ以上、長居はできない。直人はそのまま部屋の外へと向かう。

 

「う……うん、ごめんね、風間くん」

 

 直人はそのまま部屋を出る。咳き込む母親と、その看護に追われる娘の声が聞こえる。

 

 入れ替わりで、すぐに看護師がやって来て、部屋へ入っていく。真世が呼んだのだろう。心配だが、今自分に出来ることは無いと悟った直人は、そのまま帰宅の途に着く。


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