試練 1
「とぉ……様……」
二人の男に引きずられてきたのは、咲磨の父、慎吾だった。昨夜もられた薬がまだ残っているのか、意識が朦朧としているのは、誰の目にも明らかだ。暴行を加えられた顔面は腫れ上がり、別人のような面構えになっていた。
咲磨も動揺を隠せない。
自身の命を奪う役目を、実の父に負わせるというのか……咲磨は、この瞬間、自分の中に、これまで生きてきて、一度も感じた事のないどす黒いものが、首を擡げるのを感じ取っていた。
「森部!これは!」
咲磨は思わず叫ぶ。しかし森部は聞く耳を持たない。
「森部!!だめだ!!」
境内にも混乱と恐怖が伝い来る。俄かに信徒らが騒然となり始めた。だが、森部は一向に解することなく、粛々と儀式を進める。
儀式に使用する白鞘の日本刀を両手で支え持ち、傍らに控えていた神官は、もはや腰が引けてしまっていたが、森部の恫喝には抗えず、刀を差し出す。
森部は、奪い取るように刀を取り上げると、恭しく頭上に掲げ一礼し、白鞘から刀身を抜き出す。刀身の冷酷な煌めきに、恐れ慄く神官は、震える手でその刃を清めた。
「須賀よ、これを」
朦朧としている慎吾に、森部は刀を両手で握らせる。
「その刀をあれへ突き立てるのだ……良いな。お前の神への忠誠を示せ。さあ!」
慎吾の視界は、霧に包まれていた。
遠くで聞こえる"神の声"に従い、ふらつきながら刀を構え、咲磨の方に歩み寄っていく。
————
「シールド、船首最大展開!このまま突撃!!」覚悟を決め、カミラは命じる。
「イェッサー!!」ティムは、舵を握りしめ、開かれた古代人の顔をした蛇頭の口、中央を狙う。
「アムネリア!」直人はPSI-Linkモジュールに目一杯働きかけ、アムネリアとの同調を上げる。
アムネリアの力を得たシールドが、<アマテラス>の二股状の船首ブレードに輝きを与ていた。<アマテラス>は、怯む事なく、真っ直ぐに飛ぶ。
古代、物部氏と蘇我氏が覇権を争った、丁未の乱で、勇猛なる物部守屋は、敵対した蘇我馬子を散々苦しめたが、蘇我氏についた聖徳太子の祈りの加護を得た、迹見赤檮が放った鏑矢に射抜かれ、呆気なく討ち取られたという。
<アマテラス>はまさにその一筋の矢となっていた。勢いのまま古代人の姿をした蛇頭の口腔を貫く。
『……おの……れぇ……神は……死なぬ……神はぁぁぁ……』
蛇のうめき声が聞こえなくなるのに合わせ、あたりを覆っていた朴の木、守りを固めた城、そして巨大な蛇首が一つ、闇の中へと溶け去って行く。
「へ、おあいにく!相手が悪かったなぁ!なんせこっちは最高神だぜ!」ティムは声を張って、肩を上下させながら興奮を吐き出していた。
「しかも、ホンマモンの女神付き、ってな!」気勢のままに言い捨て、隣の直人とアイコンタクトで、お互いの仕事を讃え合う。
直人とティムがアムネリアのホログラムへと視線を送ると、アムネリアも小さな微笑を浮かべてみせた。
だが、すぐに彼女の顔は厳しさを取り戻す。
『……数多の時が重なる……引き合い、一つとなる無念……何をも赦さぬ澱み……まだ、来ます!』
アムネリアの言葉と共にレーダーに再び無数の反応点が浮かび上がる。
「波動収束フィールド、目標感知!!有効収束数……百を超えます!!」
————
「ったく、警部補殿!ここまで来たんでお付き合いしますが」「何もなかった、じゃさすがにすまないですよ」
厳つい顔と、人当たりのいい顔の刑事、成田と新見の二人は、準備されたPSI防護服を着用しながら、事情説明も曖昧に連れてこられた不満を漏らしている。
「殺害計画の通報って言っても、あの母親の話したことだけなんでしょ」新見が、既に防護服を身につけた、年齢のわりに爽やかな面持ちの刑事、葛城に耳打ちする。
「まっ、それだけじゃあないっすよ、ね、上杉さん?」上杉も防護服の着用を終え、動作の具合を確認している。葛城も詳しい説明は後と、とにかく連れてこられたクチだった。
「いえ、それだけです」「えぇ?」
「ただ、IN-PSIDからの説明では、地震によって現れた、この諏訪地方全域のPSIシンドロームによる、一瞬の集団ヒステリーのようなものが介在していると。無論、インナースペース次元だけの状況証拠なので、捜査の根拠にはなりません」
インナースペースは、可能性が折り重なる世界であり、そこに証拠を求める事は、確率論的な話になってしまう。
『オモトワ』の時のように、現象界との関連がはっきりと示されれば、証拠にもなりうるが、警察の捜査は、この時代においても、現象化された『現実』のみが対象なのである。
「ですが、現行犯となれば話は別です。明らかに殺害の動機を持った現場を抑えれば……」
「まあ、そうなんですけどねぇ……」成田は、舌打ちを誤魔化して呟く。
「それに、今回の教団、森ノ部真理教団とあの郷……遺跡の発掘……調べてみたら、ちょっと興味深い事もわかりましてね」「えっ……なんです?その『興味深い事』って」
「おぅ!刑事さん方!準備はいいか!行くぞ!!」離陸準備の整ったヘリから如月が、大声で呼びかけてくる。
「まだ僕の憶測ですがね。案外、あの『オモトワ』と、関係あるかもしれませんよ」
上杉は言いながら、ヘリへと駆けつけ、その後に三人の刑事も続く。彼らを乗せると、すぐにヘリは上昇を開始した。




