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旭日昇天 5

 森ノ部真理教団一宮本殿では、純白の着物に身を包み、身支度を整えた咲磨に対し、森部が最期の祓いの儀式を執り行っていた。


 祝詞を奏上し終えた森部は、咲磨に語りかける。


「これで祓いの儀は終いじゃ。御子神様、覚悟はよろしいか?」


「案ずるな、森部。戻ると決めた時から、すでに決めている」


「天晴れな心意気にございますなぁ……さあ、これを。痛みが和らぐ薬にございます」


 その時になって取り乱されては困ると考えた森部は、モルヒネを準備していた。


「必要ない。僕の魂はすぐに離れる」


「わかりました……何か言い残すことはございますかな?」


「父と母に……ありがとうと……」


「しかと……承りました」


 目の前に微笑みを絶やすこと無く静かに座る少年を、森部はじっと見据える。すると森部は、ふと自らの目頭が熱を帯びていることに驚き、頭を垂れしばし沈黙した。


「森部……よい、これは僕が選んだこと……」


「……御子神様……」


 森部は首を二、三度振ると顔を上げる。その顔には、すっかりと厳格さと冷徹さが戻っていた。外から和太鼓が鳴り響き、雅楽の演奏がそれに続いて聴こえてくる。


「では、参りますぞ……」「うん」


 立ち上がる咲磨は、背に重い空気を感じ振り返る。本殿奥の祭祀場に、咲磨を引き込もうとする強烈な霊気が充満していた。


「……すぐに行くよ……」


 本殿から拝殿へ進み、いよいよ境内に出る扉が見えてくる。巫女らが扉をゆっくりと開ける。扉の間を縦に割き、陽の光が暗がりの拝殿に差し込んできた。太陽はまさに生命力の絶頂にあるのだ。


 御子神が姿を現す。


 日を浴び、純白の着物が輝く、その神々しい姿を目にした信者らの歓声が、境内を包み込む。続いて現れた森部が、場を静める。


 咲磨の向かう先には三本の御柱がそそり立ち、その手前、境内のほぼ中央に、大きく井桁型に組まれた薪へと火が入れられる。


 柱に、既に何者かが縛り付けられているのに気づいた咲磨は、森部の方へ振り向いた。咲磨は、生贄が他にもいるとは、聞いてはいなかったのだ。


「賊にございます……償いに御子神様のお供をさせまする。お気になさいますな」


 森谷は咲磨の動揺を感じ取り小声で諭す。


「……そうか」


 咲磨は、心の中で……許せ……と呟くしかできなかった。気を取り直し、顔を上げると、拝殿の階段を降りてゆく。


 雅楽が止み、今度は和太鼓のみが打ち鳴らされる。


 打音は太古、自ずと自らを鼓舞するべく打ち鳴らした、原始の音楽の一つでなのであろう。その躍動する律動が、境内に集まる信徒らの鼓動を否応なく突き動かし、心を一つに集約する。


 咲磨は、太鼓の打音に合わせてゆっくりと前に進み出た。森部に先導されながら、境内を一歩また一歩と練り歩いて行く。



 ————


 諏訪湖湖畔の結界車両が唸りを上げ、青白く輝く結界は、白銀の微粒子を空へと撒き散らす。ここ一番、最大出力の稼動だ。時折、結界の表面には、アメンボウが作るような波紋状の反応痕が現れ、危険値を可視化した反応光の黄やオレンジ、赤といった彩りが花開く。


「<アマテラス>の信号、現象境界次元予定座標へ転移確認!」「誘導ビーコン送信!突入座標、多元量子マーカー信号へ接続1—2—1固定!双対時間軸重なる!」「信号コンタクトまでカウント5!」


 結界車両には、対PSI現象化防護服に身を包んだ、如月、松永、IMSメンバーで<アマテラス>の突入管制を担当するジョンと松永の部下一人が詰めている。彼らの見詰める空間模式図は、結界を支える全車両にリンクされ、IMSメンバーは固唾を飲んで、<アマテラス>突入を見守っていた。


「2……1!コンタクト!」


 諏訪湖余剰次元、多元量子マーカー近傍の空間を歪め、二本の衝角のような物体がその歪みを広げてゆく。切り裂かれた空間から青白く輝く<アマテラス>の船体が姿を現した。


「こちら<アマテラス>。誘導座標へ突入完了!進路クリア、このまま進みます!」


「了解。こちらでも強い反応を感知している。警戒を厳とせよ!」ジョンが応答する。突入成功の報告を受け、皆も安堵の表情にかわる。


<アマテラス>の突入を見届けると、多元量子マーカーは、自らの役目を終えた事を悟り、インナースペースの情報の海へと煌めく光を撒き散らしながら消えてゆく。同時に<アマテラス>と各拠点の通信が乱れ始めた。


「新しいマーカーを打っておきましょう。ナオ」「はい!」消えた多元量子マーカーに変えて、新たなマーカーを投下した事で、通信が回復する。


「さて、ここからが本番だ。教授!」如月の濁声に、松永が顔を上げる。


「これより、結界班の指揮を譲る。大事な部下達の命、あんたに預けるんだ。ヘマすんじゃねえぞ」如月は、そう言いながら、下車の準備を整えている。


「私と、この結界は完璧です。任せなさい」「けっ!いちいち気にいらねぇヤツだぜ」二人はにやりと笑みを交わし、如月は、車両から勢いよく飛び出していった。


「如月さん!」「リーダー!」


 如月が声の方を見やると、<イワクラ>からのヘリが既に到着していた。ヘリの外へと出ていた貴美子と、齋藤の姿が見える。


 如月と、結界チームから二人、咲磨救援に向かう事になっている。三人が、ヘリへと向かいかけた時、一台の車が乗りつけてきた。


 スーツ姿の男が二人、運転席と助手席から降りてくる。さらに後部席から、人相の良くない男と愛想の良さそうな笑みを浮かべた男が降りてきた。


「IN-PSIDの方々ですね。その節はお世話になりました」助手席から降りた、オールバックに髪をまとめた古風なイギリス紳士風の男が語りかけてくる。


「ども!」運転席から降りた軽い印象の男は、爽やかな笑顔を喜美子に向けていた。


「あぁん、何だ、あんたら?」怪訝に顔を歪める如月を「助っ人さん達よ」と軽く往なしながら、貴美子は彼らの前へと進み出た。


「本当に来て頂けるなんて……頼もしいわ」貴美子は、彼らを快く出迎えていた。

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