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初夏のプレリュード 4

「コーヒー、いかが?」

 

 声をかけてきたのはアイリーンだ。淹れたてのコーヒーを配って回っている。

 

「あ、ありがとう」直人が受けとると、ティムとサニもそれに続いた。

 

「美味い! やっぱアイリーンのコーヒーが一番だぜ」一口啜ったティムが大げさにリアクションする。

 

「ティムはアルベルトのところに入り浸りだから、いつも美味しいコーヒー飲んでるでしょ?」

 

「いやいや、おやっさんのはなんかこう……こだわりが強すぎて。あ、でもアイリーンのは、おやっさんも認めてたぜ」

 

「あら、そう。ありがとう。でもコレなんだけどね」そういうとポケットからインスタントのフィルター付きコーヒーの袋を取り出す。

 

「えっ……まじ?」呆気に取られるティムに、悪戯な笑みを返すアイリーン。一時期凝った時期もあったが、忙しかったり、大勢に出すときはインスタントらしい。ただ、インスタントでも、美味しく淹れるコツがあるのだとか……

 

「おやっさん……インスタントだってよ」

 

 ティムは、アルベルトの『こだわり』には、甚だ疑問を持たずにはいられなかった。否、インスタントでも、上質な味わいにするアイリーンの腕がいいのか……

 

「う〜む……」神妙な面持ちで、あたかも哲学的な思索を重ねているようなティム。「何考えてんの……」そのわざとらしい表情に、冷たく突っ込むサニ。

 

 遮光ガラスの窓が暗転し、強く射し込んでいた昼下がりの日の光が徐々に遮られ、ラウンジが薄暗くなっていく。

 

「皆、飲み食いしながらで良いので、こちらを見てくれ」

 

 東が、おおよそ食事の終わった頃合いを見て切り出した。大型スクリーンに、いくつかのグラフやデータが表示される。会場の一同の視線が、一斉にスクリーンへ向く。

 

「先週のファーストミッションから一週間あまり、インナーノーツには訓練を兼ねて、インナースペースの調査、データ収集を行ってもらっていたが、昨日までのデータから、インナースペースの現状が少し見えてきた」

 

 インナーノーツにとってもこの一週間の仕事の結果だ。指示に従い、訓練がてらデータ収集を行ってきたが、そのデータから何がわかるのかは、非常に関心があるところだ。

 

 東は3つの切り口からデータを説明する。

 

 ひとつは、<アマテラス>起動実験と、立て続けに起きたIN-PSID重管理区で発生した亜夢の異変。この二つは、IN-PSIDの多元制御システムへの、何らかの干渉が原因である事までは判明したが、その原因となり得るインナースペースの変動の可能性について、調査データとの整合性の分析結果を示す。

 

 インナースペースLV3『個体無意識域』の深層より更に高次元のLV4〜5 『霊魂基層域』〜『前集合無意識域』までを試験的に、調査訓練範囲としてデータ採取を行った結果、更に高次元の領域からの強力なPSIパルス輻射が、数パターン検出された。その時空間の帰納的展開分析によると、ここ1〜2年の間に、その反応値が高まって来ており、IN-PSIDの基幹システムに集積されたログを洗い出し、誤動作、動作遅延などのバグや、ノイズと考えられて来た現象と照らし合わせた結果、PSIパルス輻射との時空間同期が六割程確認できたという。つまり事象結界で幾重にも防御されたIN-PSIDのシステムも、この未知なる高次元PSIパルスの影響を微弱ながら受けていたのである。

 

「しかし、この程度の影響で、起動試験や、亜夢のような異常事態が?」カミラは腑に落ちない。

 

「うむ、通常、このようなノイズに関しては、いく通りもの緩衝機構を設けており、今回のケースは『想定外』であった……」

 

『想定外』と認める藤川の表情は硬い。

 

 インナースペース、PSI 技術……未だ全容が計り知れない、強大な力への『想定』とは、実に頼りないものだ。わずかな変化で人の想定など、いとも簡単に凌駕していく。人の考え出した科学も技術も、その程度のものだ。そのような『力』は本来、人が持つべきではないのかもしれない。しかし、一度手にした『力』を簡単に手放す事など、人にはできないのだ……

 

「もちろん、今回と同等のケースに対して、システム側の対策は進めている。だが、我々としては、今回のケースは、特殊な要因が重なった結果とも考えている」

 

「特殊な要因?」東の説明を繰り返すようにカミラは問いかけた。

 

「ああ。亜夢だ」東はそう言い切ると、二つ目の切り口の説明に移る。

 

 今回のケースの原因を、何らかの高次元から発せられたPSIパルスの影響を受けたことを認めた場合、IN-PSIDのシステムが強く影響を受ける状況をシミュレートしたという。プロセスを模式的に示した、ホログラムのグラフィックが、スクリーンから浮き出てくる。

 

 東がまとめた考察は、亜夢が『PSI特性有能力者』であることが原因としている。

 

 PSI理論が進みインナースペースの認識が深まると、それまで超能力、所謂『サイキック能力』と言われてきた未知の能力に関しても、その存在とメカニズムが明らかにされてきた。インナースペースのPSI に働きかける力が、平均的な人のそれを上回る事で、様々な現象を引き起こす。広義ではPSIシンドロームの一つであるとみなされており、二十年前の世界同時多発地震以降、PSIシンドローム羅患者の中に、有能力者とみられる事例が、多く見られるようになった。中には、亜夢のように、意識コントロールができないために、PSIシンドローム羅患者とみなされ、彼らに適さない治療を施され続けている場合も少なくない。

 

 亜夢は、こうした『有能者』の中でも、特に強い力を持つことがわかっていた。その為、どのPSIシンドローム受入施設でも手に余り、IN-PSIDへとたらい回しにされてきたのである。

 

 高次元PSIパルスを知覚した、彼女の個体無意識領域に隠されていたインナーチルドレン、ミッションコードネーム『サラマンダー』がこれにより次第に励起されていた。東は、これが亜夢の強制覚醒を引き起こすと同時に、IN-PSIDのPSI制御系統に"何らかの形"で入り込み、起動試験中の<アマテラス>のPSI-Linkシステムと感応したのではないか、との推測を述べる。東の説明に合わせ、ホログラムのグラフィックは、その有様を動的に表現していた。

 

「残念ながら、この状況を証明することは困難だ。起動試験緊急停止前後のデータが、復元できないからな」

 

 東は、あくまで状況分析からの推測であり、またこのことで亜夢を非難し、責め立てるつもりではないことを念押しする。

 

「最後になるが……」東は声のトーンを若干落として、三つ目の説明を始める。一同は東の声により傾聴する。

 

「今回のようなPSIパルスとよく似た輻射は、過去にも観測されている。そこで、今回の輻射パルスのデータを、インナースペース観測記録のある、過去60年間のデータと照らし合わせてみた」

 

 東は、スクリーンの操作をしている田中に手で合図を送ると、田中は画面を切り替えた。

 

 スクリーンには、スペクトル解析されたPSIパルスの波形が二つ、表示される。非常に似通った波形パターンであることは、見た目でもよくわかる。

 

 過去のデータに関しては、現象界からの観測記録しかなく、今回、<アマテラス>がインナースペースで採取したほどの精度はない。そのため「集合無意識領域」のPSIパルスと特定することは不可能であり、アルゴリズム解析を加え、インナースペースLV3域までの混在パルスを除去、加工したデータである事を断った上で、東は説明を続けた。

 

「この間に一度、よく似たパターンが観測されていた」

 

 二つの波形パターンが重なり合い、適合率が表示される。七十七パーセントと表示され、ほぼ同一のパターンである事を強調する。

 

「これは……まさか?」カミラはおおよそ察しがついた。

 

「そう、二十一年前。あの世界同時多発地震の一年前だよ」藤川は静かにカミラの予想を認めた。一同はその言葉に息を呑む。

 

「もっともPSIパルスはあくまでも時空間確率であり、これからまだ変動する可能性はある。だが……」藤川はスクリーンの波形パターンをじっと見つめながら言葉を続ける。

 

「我々は最悪の事態に備えていかねばならん……」

 

 インナーノーツの一同はスクリーンに注視したまま、改めて自分達とIN-PSIDの使命を噛みしめる。

 

 再び一陣の生暖かい風がラウンジに舞い込み、彼らの頬をそっと撫でる。

 

 世界は穏やかな優しさを湛えていた……


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