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旭日昇天 1

 本殿の奥は、教団でも許可を得たものでなければ入れない聖域だ。


「祈りたいのです」


 この世を旅立とうとする、幼き御子神の望みを、森部も無碍にはできなかった。


 この聖域は、崖に面しており、本殿からここへ至る通路は、結界と城壁のような壁が廻らされている。


 月明かりが照らし出す岩肌。そこに、切り出した不揃いの階段があるだけの、足場の悪い通路を咲磨は慎重に降りていく。森部の信頼厚い部下が一人、灯りをともしながら先導していた。


 十年前に咲磨の母らが発掘調査をした遺跡だったと聞いている。咲磨も立ち入るのは初めてだ。


 母に遺跡の話を尋ねたことがあった。だが、母は詳しいことはよくわかっていない、とだけ告げて何も語ろうとはしなかった。


 だが今、咲磨はこの遺跡について、母が語りたくなかった気持ちがよくわかる。


 生々しいばかりの、人肌のような温く重たい空気が身体にまとわりつく。無惨に命を散らした、その無念、悲しみ、怒り……


 それらの生の感情の群れが、待っていたとばかりに咲磨を包み込む。


「こちらにございます……私はこれ以上は先に進めませぬ」「わかった、ありがとう」


 先導してきた男は、深々と頭を下げ、その場に留まる。


 人工的にくり抜かれたらしき横穴は、坑内支保で支えられ、坑道のようになっている。二十年前の地震で崩れた後、掘り出され拡張されたのであろう。この細い通路を進むと、奥から赤々とした光が漏れていた。


「うっ……」思わず、血の匂いに鼻と口を覆う。怯む気持ちを押し留め、咲磨はゆっくりと奥へ分け入った。


 円形の祭祀場に出る。護摩焚きの火が揺らめいていた。祭りの間は、火を絶やさないようだ。


 頭上から剥製にされた蛇の頭が見下ろしている。


 ……やっぱり……ここだったんだ……


 数日前に、夢か何かで見たままの光景が広がっていた。


 辺りは、森部が行なった、動物を使った生贄儀式の痕跡が生々しい。つい先ほどまで、死の儀式を行っていたのであろう。常人には耐えられない空間だ。そこにのしかかる重い淀んだ空気。幾重もの魂の重みがそこに充満している。


 再び痣がうずきだす。


 蛇が見下ろす祭壇には、生贄にされたのであろう動物達の剥製が並び、その中央には三宝に乗せられた小さな蛇神の像がある。その周りには生贄の動物から集められた、血を湛える土器が並ぶ。


 咲磨はその蛇神の前にすわり目を閉じる。


 心を研ぎ澄ましていくと、様々な怨嗟の呻き声が聞こえてくる。咲磨を引きずり込もうとする声、助けを求める声、生者への恨み、無実の訴え……。


 ……安心して……あなた方の苦しみ……僕が引き受けるから……


 咲磨はそれらの声に向かって静かに祈ると、彼らの声は落ち着き出す。咲磨はさらに意識を深く落としていく。


『……やはり……戻ってきおったか……』


 ……じぃじ……ここに来れば、また会えると思ったよ……


『……なぜじゃ?おまぁが贄になるこたぁないと、ゆうたろうに……おまぁにゃ、もっとその身で世の中を見てもろうたい……それがわしらの願いじゃ……』


 ……ごめんなさい……僕は……


『……よい…それがおまぁの答えなんじゃな……』


 ……僕は……ここに生まれて、ここで生きて……


 ……それが嬉しかった……


 ……とぉ様、かぁ様と……郷のみんなと出会えたこと……それが全てなんです……


『……人として生き、人と共にありたいと願うか……』


 ……はい……


『………』


 ……わしが必ず迎えに参る……心を鎮め、わしの声を聞け……よいな……』


 ……はい……



 静かに目を開ける咲磨。


 護摩の火が一瞬、大きく燃え上がり、また元に戻る。


「ありがとう……ミシャクジ様……」



 長い夜が明ける。IMCには主だったメンバーが既に集っていた。


「どういうことだ?」東は、苛立っている。


「すみません……わたしの監督不行き届きです……」カミラが答えた。


「ま、いーじゃないの。整備バッチリ、心置きなく出かけられますって」ティムは特に気にかけてない。あくびが溢れる。


「お前が一番問題だ、ティム。<アマテラス>(船内)で仮眠とっただけなどと!」


 三十分ほど前、出勤してきた東は、格納庫のほうから、アルベルトらとエレベーターであがってきたティムとバッタリ遭遇した。他のメンバーはカミラの指示で、皆、所内の宿直室で休んだが、ティムは最後まで残って作業していたらしい。


 メンバー全員がいたことは、アルベルトがその時、「だからカミラ達が切り上げた時に一緒に帰っとけば……」とうっかり口を滑らせ、発覚した。


「……全くお前たちときたら……大事なミッション前に……」「おはようございます、チーフ。昨夜も遅かったですが、眠れましたか?」


 ちょうど<イワクラ>のアイリーンが、東の小言を遮る様に、卓状パネルに現れた。


「あれぇ、チーフも昨夜は遅かったんですかぁ〜?」アイリーンの言葉に真っ先に噛み付いたのはサニだ。


「えぇ。あなた方の突入進路のシミュレーションとか、タイミングの計算とか……こっちも一時頃までかかりましたっけ?チーフ?」


「あ……あぁ……まぁ、その……」


「チーフどうぞ。今度はいい具合かと?」そこに今度は田中が割って入り、お茶を差し出した。昨晩の再チャレンジのつもりらしい。


「あ、ありがとう」田中の気遣いに、東の溜飲もいくらか下がる。そっと口をつけるが……


「……べっ!こ……濃いぃわ!」「え、ええ?」


「田中くん、もう、お茶もろくに淹れられないの?はぁ……ヨーコちゃん、苦労するわぁ〜」「ちょっと、アイリーン先輩!カミさんを引き合いに出さないでくださいよ!」「はいはい、帰ったら特訓ね」東の苛立ちもその場のやり取りでどうでも良くなってきた。


「チーフ、すみません、私達のために……」カミラが、本当に申し訳なさ気に言う。


「口ではなんだかんだ言っても、やっぱりあたし達のつおぉい味方ねぇ!チーフは」サニが持ち上げ、ティムもそれにわざとらしく同意する。


 何とも言えず、口ごもり、田中のまずい茶を流し込む東。だが、持ち上げられたからか、ちょっと嬉しそうな表情を浮かべていた。


 そこに、突如自動ドアが開く音がして、一同は振り返った。皆の目が見開いて、入り口の方へと集中する。


「わぁお……」真っ先に感嘆の声をあげたのはティムだった。「へぇ……いいじゃん」サニも思わず声をあげる。直人は唖然となって声も出ない。


 藤川と真世に連れられた亜夢が、姿を現わしたのだ。意外にも彼女は、予備のインナーノーツのユニフォームを身につけていた。


「<アマテラス>とのPSI–Link向上と、身心保護には、これを着てもらうのが一番だろうということでな」


 ユニフォームは既に亜夢のPSIパルスデータに合わせてパーソナライズされていると、藤川は付け加えた。


 皆、自分の姿に目を奪われている。照れていた亜夢も、進み出ると嬉しそうに一回りして、その姿を披露した。だが亜夢は、すぐに何かに気づいて駆け出した。


「まよ!行こ、早く!」


 亜夢は、ミッション保護カプセルへと真世を急かす。ここで自分のすべき事をわかっているかのようだ。『アムネリア』であった時の記憶も、無意識に、微かに残っているのかもしれない。


「あ、ま……待って!まだよ!」


「だめ!早くしないと、さくまが!」亜夢は咲磨の身に危機が迫っていることを感じている。


「亜夢!」駆け出す亜夢にとっさに駆け寄って引き留める直人。


「待って!亜夢!」


 直人に腕をとられた亜夢は、抜け出そうともがく。


「なおと!どうして!?さくま、助けに行くんでしょ!」亜夢は、剣幕を隠す事なく叫ぶ。


「行くよ。でも、みんなで力を…….合わせないと、咲磨くんを助けることはできないよ」


 直人は、亜夢の瞳をじっと覗き込み語りかける。


「力を……合わせる?」亜夢は大きな丸い目を見開いて、直人を見つめ返す。


「そう……わかるよね?亜夢?」


「……う……うん……」亜夢は、小さく頷くと、落ち着きを取り戻していった。直人は、そっと腕を離してやった。


「な、お、と。の言うことはよ〜く聞くのね、この子」サニが皮肉たっぷりに茶化す。


「サニ!だから、そんなんじゃ……」


「ご……ごめんね。風間くん」亜夢を制しきれない真世がすまなそうに言う。直人は、モヤっとした空気を感じてしまう。彼女との間にできてしまったわだかまり……当分解消されないのだろうか……


「い、いや……」直人はそう返すのでいっぱいだった。


「真世……ミッション開始予定まではまだ時間がある。休憩ブース(向こう)で亜夢と待っていてくれ」


「はい、亜夢ちゃん、向こうで好きなもの、飲んでいいよ」


「う……うん……」亜夢は咲磨への心配をそのままに、真世に連れられてしぶしぶと休憩ブースに入っていく。


 ……この子のことは任せて……


 直人は、何度か振り返る亜夢の瞳の奥から、アムネリアがそう告げたような気がしていた。


「大丈夫かぁ?姫は?この作戦、あの子の能力ありきなんだけどねぇ……」様子を見ていたティムは心配そうに亜夢の後ろ姿を目で追う。


「大丈夫……出動の時には必ず出てくるよ。アムネリアは……」

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