前夜祭 2
「遅くなりました!……ほら、入って」言いながら、真世が入室してくる。後ろからグズグズと涙ぐむ声がする。
「さくまぁ……亜夢が、ちゃんとみてなかったから……うぅ……」
「亜夢ちゃん!?」幸乃は、思わず腰を浮かせた。
目を真っ赤にした亜夢が、真世に促され入室する。
「さくまのママ……ごめんなさい。亜夢が……」
駆け出した亜夢は、幸乃に泣きつく。
「亜夢ちゃん……うんん、あなたのせいじゃないわ。それに、これからみんなで咲磨を助けにいくから……ね?」
幸乃は、亜夢を抱きしめて宥める。不思議だ……亜夢を宥めているはずが、自分の気持ちが慰められるようだった。その感触は、最愛の我が子を抱きしめるのと同じ……
「……助けに?ほんと……?さくま、死なない?」
その場の一同に驚きの色が浮かぶ。
「亜夢ちゃん、咲磨君が死んじゃうって、ずっと泣いてて……やっぱりあの子……」
亜夢に詳しい事情は、誰も伝えてはいない。だが咲磨の危機を、彼女は何かしら感じ取っていたようだ。
「真世……」藤川は、孫娘を近くに呼び寄せると、亜夢が落ち着くまでの間、事情を掻い摘んで説明した。真世は、驚きと恐怖で顔を青ざめさせている。
「大丈夫……きっと……大丈夫……」
亜夢を抱きしめたまま、自分に言い聞かせるように、亜夢に答える幸乃。幸乃の温もりが、亜夢を次第に落ち着かせていった。
「亜夢も……亜夢も行く……さくま助けに……」
「……亜夢ちゃん。うぅん……ここの皆さんが、行ってくれるのよ……」「嫌!!……亜夢も一緒に!」
すると、亜夢の身体が急に大きく揺れる。様子を窺っていた皆にも動揺が走った。
「亜夢ちゃん!?どうしたの!?」頭をふらつかせる亜夢に、幸乃は動揺する。
「……さくま……助けに…………亜夢……も……」
亜夢の意識の混濁がしている。次第に、動揺する気配が消え、静寂が亜夢の身体を支配していく。
その場の一同も、亜夢の変容を感じ取り、驚きを隠せぬまま見守る他なかった。
「アムネリア……」直人は、亜夢に立ち上がる気配を具に感じ取っていた。
幸乃は、体温すら明らかに変化した、異質な感触に目を丸めて亜夢を覗き込んでいる。
「温かい……これが……人の親の温もり。母の想い……」
『アムネリア』は、驚きを隠せない幸乃から、そっと身を離した。
「……えっ……あ、亜夢……ちゃん……なの?……」幸乃は身を硬くしたまま戦慄く。
「ありがとう……この温もり……生ある者にしか伝えることはできない……」
そう呟くアムネリアはどこか寂しそうだ。
「直人……今一度、我をお連れください……」
「アムネリア……」
アムネリアの澄んだ瞳が、直人をじっと見据える。
「咲磨を救うは"この子"の願い……"この子"の願いは我が願い……そう心に決めました……」
アムネリアのせせらぎのような声色と共に、清浄なる息吹が皆の心を撫でていく。アムネリアの想いは、雨水が地へと浸透していくように、皆の胸の内へと染み込んでいった。
「亜夢……ちゃん……」亜夢とは対照的な、アムネリアの、何もかも包み隠してしまう、凪いだ海を感じさせる微笑みに、幸乃の動揺もいつの間にか消えていた。
カミラが立ち上がり、アムネリアの傍に寄って語りかける。
「『アムネリア』……そう呼ばせてもらって良いかしら?」アムネリアは、カミラに微笑み返した。
「船には乗れなくても、貴女は<アマテラス>六人目のクルー。歓迎するわ」そう言ってカミラは、そっと手を差し出す。
アムネリアは、不思議そうにカミラの手を見つめる。
「ま、仲間ってことよ!」ティムはそう言うと二人を握手させ、その上に自分の手を重ねた。
「よろしく」アランも珍しく笑顔を見せて、自身の手を重ねる。
「はは、副長も意外と乗るねぇ」とティムが嗾けると、アランが「副長、だからな」と返すので、ティムは苦笑いだ。
「ほら、センパイも!」「う、うん……」
こんなシチュエーションには不慣れな直人。サニは躊躇している直人を引っ張ってくると、手を重ねさせ、その上に自分の手を重ねた。
「仲間……」嬉しそうに微笑み、インナーノーツを見回すアムネリア。直人は、そっと微笑みかけた。
すると、最後に武骨な手が乗る。
「チーフ!?」その場の一同は、目を白黒させて驚いていた。
「……他者の力を借りるのは、決して悪い事ではない……その事に少し気づいただけだ」自嘲気味に呟く東。モニター越しに、アイリーンが暖かな眼差しを向けている事には、誰も気づいてはいない。
「アムネリア、君の能力、私も信じてみる。よろしく頼む」
アムネリアは頷いて答えた。
「じゃあ、皆!」「ちょ……ちょっとぉ!」
カミラの声を遮って、最後に気後れしていた田中が、乗り遅れたとばかり駆けつけ、手を重ねるので皆の笑いを誘う。
「じゃ、改めて……必ず咲磨くんを助けるわよ!」「はい!」
カミラの檄が、インナーノーツ、スタッフ、そしてアムネリアの心を一つにする。その雰囲気を真世は、黙したままじっと窺うしかできなかった。
……素直じゃないねぇ……
心の底で、一瞬、何かがそう呟いたと思ったが、それを掻き消すような藤川の温かな手が、そっと肩に添えられていた。
「真世、アムネリアとシステムの同調も成否をわける……しっかり頼むぞ」
逆の肩にも、手が添えられた。貴美子だった。
祖父母の優しい眼差しに、真世は頬を少しだけ赤らめて俯いた。
「みなさん、どうか咲磨を……頼みます」幸乃が静かに、絞り出すような声で懇願する。
「必ず救ってみせます」カミラが短く応え、一同は、意志の灯る目で母親に答えた。
「では、ミッションは明朝○七○○より準備に入る!」いつもの厳しい顔つきを取り戻した東が、声を張る。
「各自、今夜はしっかり休んで英気を養っておくように!解散!」




